”若者への場所 ベルト・ヴェイル アヴァン・ガルドのギャラリー”展 オランジュリー美術館(パリ1区)

早起きして「オランジュリー美術館」へ。冬至を過ぎたばかり、太陽が低い。昨日今日、お天気よくて嬉しいな。

”若者への場所 ベルト・ヴェイル アヴァン・ガルドのギャラリー”展。

ヴェイルは、ピカソを最初にパリで売った画商。マティスやドラン、デュフィ、シャルミーらフォーヴの若き画家たちの才を見極め、世に出した画商。モジリアーニの、生涯唯一の展覧会を開いた画商(有名な、ヌード作品が問題となって警察がやってきた話は、彼女が企画したこの展覧会)。

フォーヴから抽象、エコール・ド・パリまで、若い才能を次々と見出して世に出したものの、大手画商に比べて資本がなかったため、次々とお抱え画家を引き抜かれてしまった。お金儲けのではなく才能を紹介することに力を入れていたため、財は成せず最後は窮乏状態に。彼女にお世話になった画家たちが作品を売って資金を貯め、彼女の晩年を支えたのだそう。

私にとっては、大好きなラウル・デュフィの最愛作品、 « Trente ans ou la Vie en rose (30年 もしくは バラの人生) « を売った画商。

このバラ色の美しい作品の棲家はパリ市立近代美術館だけど、数年前からいろんなところに出張中。久しぶりに目の前に立てて嬉しくて嬉しくて、しばしここから離れられなくなる。

この作品が、ヴェイルのギャラリーの30年記念展覧会のために描かれたのは知ってた。その展覧会のテーマが ”La Joie de vivre(生きる喜び)”だったことも。だから、こんな不思議なタイトルが付いているし、タイトル横に、ギャラリーが誕生した1901という年号が入ってる。

作品に見惚れているうちに、ふと、この傑作は誰が買ったんだろう、と気になり、市立近代美術館に寄贈したMathilde Amosという人を調べると、驚きの事実が。

アモスは大金持ちのアートコレクターで、持っていた大量の作品を市立近代美術館に寄贈した。寄贈後もかなりの作品を引き続き自宅に飾っていた。のだけれど、ある日、自宅が火事になり、アモスは大量の絵画とともに犠牲になってしまったのだそう。こんな悲劇があったなんて、知らなかった。胸が傷む…。

どんな作品がこの火事で失われてしまったのかしら。アモスの作品リストを見てみたい。そして、すでに市立近代美術館に引き渡されていた、この歓びあふれる美しい作品をはじめとする災害を逃れた絵画たちは、本当によかった。今度この美術館に行ったら、アモスの寄贈コレクションをじっくり見直そう。


編集部より:この記事は加納雪乃さんのブログ「パリのおいしい日々6」2025年12月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「パリのおいしい日々6」をご覧ください。

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