京都教職員組合、文科省調査結果に撤回要求で事故犠牲者を完全無視

沖縄県名護市辺野古沖で起きた船転覆事故で同志社国際高等学校の女子生徒2人が死亡したことを受け、文部科学省が同校の沖縄研修旅行を含む教育内容を教育基本法違反と認定し是正指導を出した。これに対し京都教職員組合執行委員会は27日、指導を「極めて恣意的」と非難し撤回を求める声明を発表した。当然のことながらこの声明に対する批判が相次いでいる。

【参照リンク】 「極めて恣意的、撤回求める」辺野古事故の文科省調査結果に京都教職員組合が声明 産経新聞

  • 声明は事故の犠牲者への十分な哀悼を示さず、ただちに文科省の是正指導を「学校現場を委縮させる」と攻撃した点で、教職員組合として教育の安全や生徒の命より政治的立場を優先しているとの指摘が強い。
  • 文科省の調査では、研修しおりに座り込み参加の依頼文が記載されていたこと、抗議船への乗船認識、多様な見解の提示不足、引率教員の不在などの安全管理不備が明らかになったが、組合声明はこれらの具体的事実をほとんど無視している。
  • 「子供を死なせておいて恣意的とは何事か」「人間の心が欠落している」といった声が上がり、事故の本質である安全軽視と一方的な政治的教育を問題視する意見が多数を占めた。
  • 京都教職員組合は公立学校教職員で構成され、私立の同志社国際高とは直接関係ないにもかかわらず、声明で「平和教育の後退」を強調した。
  • これは日教組系や共産党系労組の伝統的な反基地運動支援の延長線上にあると見られ、教育の中立性を損なうとの批判を呼んでいる。
  • 事故船は旅客船登録のない抗議活動用船舶であり、事前の安全確認不足が明らかになったにもかかわらず、組合は「現地体験と住民証言による学習」を正当化するばかりで、再発防止策への言及が乏しい。
  • 京都府知事も多様な見解に関する提示の不足などを指摘しており、文科省の認定は恣意的ではなく事実に基づくものだと評価する声がほとんどである。

京都教職員組合の声明は、悲惨な事故を政治的プロパガンダに利用するような内容であり、教育者としての責任を放棄したものと言わざるを得ない。生徒の命を守る教育の原点に立ち返り、偏った活動ではなく真に中立で安全な学習環境の構築が求められる。

転覆した「ヘリ基地反対協議会」の船

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コメント

  1. 早川蒼真 より:

    京都教職員組合の声明には、強い違和感を覚えます。記事が指摘するように、生徒二人が命を落とした重大事故への哀悼が形式的にしか示されず、文科省の是正指導を「極めて恣意的」と切って捨てる姿勢は、教育者として本末転倒だと言わざるを得ません。まず問われるべきは安全管理の不備であり、政治的立場の擁護ではないはずです。この点で記事の批判には強く賛同します。

    で、反基地運動に近接した学習・見学ルートが現実に存在することも、公開情報から確認できる事実です。たとえば日本民主青年同盟(民青)は、公式に日本共産党を「活動のアドバイザー」と明記し、学習の柱として科学的社会主義や日本共産党綱領を掲げています。その活動例には沖縄米軍基地フィールドワークが含まれ、嘉数高台、辺野古、嘉手納、南部戦跡を結ぶ典型的なルートが知られています。民青は単なる青年交流団体ではなく、政治的学習と社会運動を一体化した組織であることを自ら公然と示しているのです。

    一方で、日本生協連と沖縄県生協連が毎年実施する「ピースアクション in オキナワ」は、
    戦跡めぐりと基地めぐりを一体化させ、沖縄戦の記憶から辺野古や米軍基地問題へと進む構成は、結果として基地に批判的な視座を育てやすいものになっています。
    過去の戦争被害を学び、現在の基地負担を見て、市民運動への共感へ接続していく三段階の構造が、そこには存在します。

    こうした未成年を対象とする学校教育において、多面的な材料が示されているかどうかです。
    生徒は一方の立場だけを「正解」として洗脳されてしまいます。
    基地反対だけを正解のように提示すれば、それは主権者教育ではなく洗脳です。

    問題の核心は「沖縄を学ぶな」ではありません。「沖縄を一方向からだけ学ばせるな」であり、さらに今回に即して言えば「学習の名のもとに未成年を危険な現場へ動員するな」ということです。
    それが理解できない人は未成年の教育にかかわることから去らせるべきです。