先般、鈴木敏夫氏のことをブログに書かせて頂きましたが、その後、日経MJの記事を拝見し目に留まったのは「とにかく、現状に満足することを嫌う人だった」という一言。安泰を好まずともいえるし、この記事のトーンは商品のサイクルが早くなっているのに安穏としてなどいられない、という氏の性格を押し出すものでした。これを読んでふと自分の性格と似ているな、と思ったりしています。

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私も様々な事業を会社勤め時代に経験させていただき、独立してからもいくつもやらせていただきました。もちろん長く続いている事業もあれば売却した事業もあります。長く続けている事業でも少しずつ改善改良を続けて時代の要請にこたえるようにしています。
もちろん、経営者として胡坐をかいている場合ではないという気持ちもあるのですが、何かやっていないと落ち着かない、そちらのほうが案外大きかったりするのです。とにかく、じっとしていられないわけです。いつもビジネスの種を蒔き、肥料や水をやり、ある時、芽が出始めるのを楽しみにしている、そんな表現が一番正しいかもしれません。
ずいぶん昔に私は止めてしまいましたが、素人ゴルフのだいご味はスコアよりも気の合った4人で同じ趣味に興じ、同じ土俵にいることに安ど感を求めるのではないかと思うのです。日本で秘書業務をしていた際、自社所有のゴルフ場から毎日、前日の客の組み合わせリストがマル秘で送られてきました。法人専用ゴルフ場だったので客の社名、肩書、フルネームの情報です。会長はそれを見るのを病的といってよいほど楽しみにしていたのですが、理由はゴルフを通じたビジネスの裏側が透けて見えるからでしょう。A社の社長とB社の社長がゴルフ、なぜだろうと想像力を掻き立てるわけです。
言いたいことは5時間程度のラウンドで時を過ごしながら同じ空気を吸うことが共有できるかどうかは同じ土俵に立たねばならないのだ、ということです。つまりいくらゴルフという共通の楽しみがあっても土俵がまるで違う人と回わればスコアだけにとらわれやすく、気のおけない仲間うちにならないのでしょう。
私がFIREについてあまり興味がないのはお金がいくらあっても無職では自分に刺激のネタがないだろうと考えるからです。
「黄昏の飲み会」と勝手に命名している昔からの仲間との飲み会はもう10年ぐらい前から極力参加を絞っています。会話に発展性がなく、刺激がないからです。それよりも20代とか30代の面白そうな連中に「おごるから一緒に飲んでくれ」とお願いして二世代以上違う現役の若手グループの思想や着想、ビジネスマインドやアイディアをひたすら教えてもらうのです。
数日前、カナダ人の71歳の従業員と車の中で人生についてしゃべっていたのですが、彼の周りがどんどんリタイアする中、なぜ自分は働くのかを人生の哲学のように述べるのです。ポイントは「無職になれば目覚まし時計はいらない」であります。一週間の予定は定常的な作業しかなく、人との接点も減るだろう、それは俺の人生ではない、というわけです。彼は一日の終わりに毎日、缶ビールを飲みながら今日も一日頑張ったと実感しているそうです。私はこの従業員が大好きで、自分への仕事に対する刺激にもなっています。
刺激は別に仕事を通じてのみ得られるものではありません。何でもよいのですが、定常的でルーティーン生活から抜け出すことを意識するのが大事ではないでしょうか?例えばいつも同じ街の同じような店に飲みに行かず、今日は行ったことがない街に行くのもアリです。私はハイキングをしますが、いつも違う山の違うルートを目指します。常に新しい非日常を受け入れる気持ちを持ち続けるのが大事だと思います。
特に年齢を重ねると行動範囲が狭くなる傾向があります。同じスーパーで同じようなものを買っていませんか?ならば全く違う毛色の店に行くのもアリ。デパ地下を覗くのもアリ。高いわー、というのではなく、試してみようという開拓精神を持つのが我々の年代は特に意識すべきことではないでしょうか?
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年5月31日の記事より転載させていただきました。







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