インバウンドはもう「来なくていい」では済まされない

「映えスポットに観光客が邪魔だから見えなくしよう」という発想の貧しさ

少し前に、河口湖のローソンが大騒ぎになった。

コンビニの看板の上にちょうど富士山が乗っかって見える、というだけのアングルがSNSで世界中に拡散して、外国人観光客が殺到した、あの店だ。歩道に人があふれ、ゴミのポイ捨て、向かいの歯科医院の駐車場への無断駐車、車道の横断と、たしかにマナー違反は目立った。

それで富士河口湖町が打った手が、道路の向かい側に黒い目隠し幕を張って「富士山が見えないようにする」というものだった。海外メディアまで巻き込んで盛大に報道されたから、覚えている人も多いと思う。

その後どうなったか。黒幕は2024年8月、台風で破損するのを防ぐために一度外された。そして町は、客数もマナー違反も落ち着いてきたことを理由に「もう再設置しない」と判断した。代わりに置いたのは、車道に飛び出さないための横断防止の柵だ。

つまり町は、最終的に「景色を隠す」のをやめて「人の流れをさばく」方向に切り替えたわけだ。最初からそうすればよかったのに。

実は河口湖のインバウンドは今に始まった話じゃない

ここで個人的な話をさせてほしい。

僕は河口湖とはけっこう縁がある。今から35年くらい前、日本でもバスフィッシングのプロが競うバスプロトーナメントというものが始まったんだけど、僕はその初期メンバーとして参加していた。そのメッカが河口湖で、大学時代から数えればたぶん100回くらいは通っている。

当時から、台湾や中国からの観光客はけっこうな数が「雪を見たい」と言って冬に来ていた。閑散期の冬場のホテルを埋めようと、当時の観光協会も必死だった。河口湖のインバウンドは、別に最近わいて出てきた話じゃないのだ。地元はもともとその恩恵で食ってきた面がある。

ちなみに、その河口湖町で当選した新町長元町議の渡辺英之氏。典型的なバラマキ対決で勝った人だ。選挙戦の最終盤、生活支援策について「1人5万円」と訴えを強めた。当選後には「現金支給はしないが、わかりやすさを重視した。ばらまきと受け取られた懸念はある」と記者団に語っている。観光資産の活かし方を考える前に、まずは配る話なんだな、というのが正直な感想だ。

観光資産を自分から捨ててどうする


僕の意見はシンプルだ。

みんな高いお金を払って、楽しみにして日本に来ている。映えスポットに人が集まって邪魔だから見えなくしよう、というのは、自分の手にある観光資産をわざわざ捨てているのと同じだ。努力もせずにたまたま恵まれて観光客が来ると、そのありがたみがわからなくなる。典型的なパターンだと思う。

じゃあどうすればいいのか。

河口湖町なんて土地は有り余っているんだから、撮影をさせないようにするんじゃなくて、富士山をバックに映える場所を公費でちゃんと作ればいい。新しい名所を一つこしらえてやれば、みんなそこで撮る。混雑も分散できるし、町の新たな目玉にもなる。一石二鳥じゃないか。

ほかにいい場所があるなら「こっちのほうがいいよ」と紹介してあげればいい。せっかく楽しみに来てくれた人を、がっかりさせて追い返してどうするんだ。

コンビニに集まってきた外国人には、地図を一枚渡せばいい。いや、チラシすらいらない。映えスポットをまとめたGoogleマイマップのQRコードを店先に貼っておくだけで十分だ。それで人は勝手に動いてくれる。

「言葉が通じないから来るな」という的外れな意見

インバウンドの話をすると、決まってこういう声が出てくる。

「日本にくるなら日本語くらい勉強してこい」と。

逆に聞きたい。フランスやイタリアに旅行する日本人が、フランス語やイタリア語をペラペラ喋れると思っているのか。喋れなくたってみんな普通に行って、普通に楽しんで帰ってくる。今どきは翻訳アプリもQRメニューもある。言葉の壁を理由に商機を逃すなんて、もったいないにもほどがある。

インバウンドのお金は、社会全体を回す

観光客が落としたお金は、みやげ物屋だけのものじゃない。交通機関や宿泊施設で働く人たちの給料になり、そこから先へとぐるぐる回って、社会全体を潤す。当然、税収も増える。

「外国人が来てうるさい」「消費税が上がってもいいから来なくていい」――もしそう言うなら、消費税が40%になる未来を受け入れるという話だ。インバウンドが落とすお金は、それくらいの規模の代替財源になりうる。来てほしくないと言うなら、その穴は自分たちの負担で埋めることになる。

日本はもう内需だけでは生きていけない

ここが本題だ。

GDPの半分を占める家計の消費は、すでにピークを過ぎて縮み始めている。原因ははっきりしている。高齢化と人口減少だ。高齢者はお金を使わないし、そもそも人の数が減っていく。

国立社会保障・人口問題研究所の推計では、日本の総人口は2020年の約1億2,615万人から、2040年には約1億1,284万人まで減る。しかもそのときには65歳以上が全人口の35%を占める。働いて稼いで使う現役世代が、目に見えて細っていくということだ。

内需が縮むと、何が起きるか。国内でものが売れない。店に人が来ない。交通機関も使われない。サービスも利用されない。このまま手を打たなければ、地方からマッドマックスの世界にまっしぐらだ。財政破綻した夕張のような自治体が、日本中に増えていくことになる。

「じゃあ輸出を増やせばいい」――ところが日本は実は輸出が小さい

ここで「内需が縮むなら、その分は輸出で稼げばいいじゃないか」と思う人がいるはずだ。日本は「貿易立国」「輸出大国」というイメージが強いからだ。

ところが、これがファクトとぜんぜん違う。

日本の輸出は、対GDP比でだいたい18%しかない。OECD加盟36カ国の中で見ると、なんと35番目。つまり米国に次いで下から2番目の、極めて輸出依存度の低い国なのだ。輸出大国のイメージがあるドイツは47%、韓国は44%、フランスやイギリスでも30〜40%台ある。それに対して日本は18%。桁が違う。

逆に言うと、日本はGDPの約6割を家計の消費が占める、典型的な「内需大国」だ。構造としてはアメリカに近い。総額で見れば輸出はたしかに多いが、経済規模に対しては驚くほど小さい。要するに、日本はもともと国内でぐるぐるお金を回して食ってきた国なのだ。

だから「内需が縮むなら輸出を増やせ」と言われても、そう簡単じゃない。今からドイツや韓国みたいに製造業の輸出をガンガン伸ばして、縮む内需の穴をぜんぶ埋める――というのは現実的じゃない。現地生産化も進んでいて、自動車みたいな花形産業ですら国内からの輸出はむしろ目減りしている。

ここが肝心 ― インバウンドは「外需」、つまり輸出にカウントされる

そこでインバウンドだ。

意外と知られていないが、訪日外国人が日本で落とすお金は、統計上は「サービス輸出」として扱われる。外国人が日本に来て、日本のホテルに泊まり、日本の飲食店で食べ、日本の電車に乗る。これは経済的には、日本がサービスを海外に「輸出」しているのと同じことなのだ。お客さんのほうが日本までやってきて、外貨をその場で落としてくれる輸出、というわけだ。

しかもこの「輸出」、規模がとんでもないことになっている。

財務省の貿易統計と照らし合わせると、2024年のインバウンド消費8.1兆円は、鉄鋼も、半導体製造装置も、半導体・電子部品もすべて上回り、17.9兆円の自動車(完成車)に次ぐ、堂々の輸出産業“第2位”だ。2025年はそれが9.5兆円までさらに伸びている。半導体を抜いて、車の次に稼いでいる輸出品が「日本という旅行体験」だということだ。政府は2030年に15兆円という目標を掲げている。これは自動車産業と匹敵する規模となる。

日本の“輸出”ランキング(2024年)
1位 自動車(完成車)17.9兆円
2位 インバウンド消費 8.1兆円 (2025年は9.5兆円に拡大)
── 半導体・電子部品、半導体製造装置、鉄鋼 を上回る

ここがインバウンドのいちばん美味しいところだと思う。製造業の輸出を伸ばすには、為替や国際競争や工場立地と、コントロールできない要素と延々と格闘しなきゃいけない。でもインバウンドは、こっちが魅力的な場所を用意しておけば、お客さんのほうから来て、外貨を落としていってくれる。内需が細っていく国にとって、これほど理にかなった「外需の取り込み方」はない。

それなのに、せっかく来てくれた人に黒幕を張って追い返す。輸出産業の第2位を、自分の手で目隠ししているようなものだ。もったいないにもほどがある。

それを救う一筋の光がインバウンド

そんな状況で、唯一はっきり伸びているのがインバウンドだ。

コロナで一度ほぼゼロまで激減したあと、回復のスピードがとんでもない。2025年の訪日外国人旅行者数は約4,268万人。前年から約580万人増え、初めて4,000万人の大台を突破して過去最高を更新した。月で見れば350万人前後のペースで、4月には391万人という単月過去最高まで記録している。

4,268万人

2025年の訪日客数
(前年比+15.8%・過去最高)
9.5兆円
2025年のインバウンド消費
(前年比+16.4%・3年連続最高)

国別では韓国が約945万人でトップ、中国が約909万人、台湾が約676万人、米国が約330万人と続く。オーストラリアが初めて年間100万人を超えたのも象徴的だ。

インバウンドがもたらす経済効果

金額のインパクトを見てほしい。

2025年のインバウンド消費額は約9兆4,559億円。前年比16.4%増で、3年連続の過去最高だ。2012年にはわずか1.1兆円だったものが、13年で約8.6倍に膨らんでいる。しかも中身が「爆買い」から、宿泊・飲食・交通といったサービス消費中心へとシフトしていて、いまやサービス消費が全体の7割を占める。お金が現地で広く落ちるようになってきたということだ。

参考までに、観光大国フランスは2024年に外国人観光客1億人を受け入れて世界一になったが、観光収入は約11.5兆円。隣のスペインは観光客9,400万人で、収入はなんと約20兆円にのぼる。客数で勝るフランスより、1人あたりしっかり稼ぐスペインのほうが収入が多い、という構図だ。

日本の約9.5兆円は、まだ伸びしろが大きい。仮にスペイン並みの20兆円まで持っていければ、消費税収に迫る規模の外貨を稼げるようになる。一方で、国内消費は2040年に向けて確実に縮んでいく。その減少分を埋めようと思えば、いまの2〜3倍の人に来てもらって、ようやく追いつくかどうか、というレベルなのだ。

インバウンドで潤う町、見捨てられる町 ― 自治体財政のリアル


このマクロの話は、すでに「自治体ごとの格差」というミクロの現実になって表れている。

自治体の財政の健全さを測る代表的な指標に「財政力指数」というものがある。これが1.0を超えると、国からの地方交付税をもらわなくても自前でやっていける「不交付団体」になる。逆に言えば、1.0未満の自治体は、足りない分を地方交付税で穴埋めしてもらっているということだ。ちなみに全国の市町村の平均はだいたい0.5前後、都道府県で1.0を超えるのは東京都ただ一つしかない。

ここで観光地の数字を見てほしい。

軽井沢や山中湖にいたっては、財政力が高いとされる都心の港区(1.17前後)や渋谷区(1.0前後)すら上回る。つまり、観光で自前の税収をしっかり持っている町は、23区の富裕区と肩を並べる、あるいはそれ以上の財政体力を持っているということだ。

一方、観光で稼げない過疎の自治体は、財政力指数が0.2〜0.3台というところがゴロゴロある。歳入の半分以上を国からの地方交付税に頼っていて、自分の足では立てていない。同じ「町」でも、土台がまるで違う。

ただし「インバウンド=即・金持ち自治体」ではない

正直に言っておくと、ニセコの倶知安町や白馬村は、土地が爆上がりして潤っているイメージほどには財政力指数が高くない。白馬村は0.45で全国平均すら下回るし、倶知安町も0.5前後で、町の公式資料ですら「全国平均には及ばない」と認めている。

なぜか。理由は3つある。指数が過去3年の平均なので実態に遅れること。インバウンドで人が増えれば、その分だけ行政サービスの需要(=支出の必要額)も膨らむこと。そして何より、儲けの多くが町外や海外資本のホテルに流れてしまって、地元の税基盤に残りにくいこと。観光客は来ても、その利益が地元に落ちきらないという構造的な問題があるのだ。

だからこそ倶知安町は、2019年に独自の宿泊税を導入した。2024年度には年5億円強の税収を見込み、それを財源に無料循環バスを走らせるなど、住民の生活の質を上げることに使い始めている。観光の果実を、ちゃんと地元に「残す」仕組みを自分たちで作ったわけだ。ここはすごく賢いと思う。

地方交付税が細る日に、勝負が決まる

そして、ここからが本当に怖い話だ。

国の財政はもうパンパンで、地方交付税の原資がこの先じわじわ細っていくのは、僕は避けられないと思っている。少子高齢化で支え手が減り、社会保障費が膨らむ一方なんだから、地方に回せるお金が今のままであるはずがない。

そうなったとき、勝負はくっきり分かれる。自前で稼げる町は生き残り、交付税頼みの町は、道路も橋も上下水道も、更新どころか維持すらできなくなる。インフラは待ってくれない。財政破綻した夕張がたどった道を、稼げない自治体から順にたどることになる。

インバウンドは、地方が「自前の財布」を持つための、数少ない現実的な手段だ。来た客を黒幕で追い払うというのは、その財布を自分から捨てているのと同じこと。将来の自分の町の水道や道路を、自分で潰しにいっているようなものなのだ。

結論

日本がこれから食っていくための数少ない柱が、インバウンドだ。

「うるさい」「邪魔だ」「来なくていい」と言うのは簡単だけど、その先に待っているのは、縮んでいく内需と上がっていく税負担だ。観光資産を自分から潰すんじゃなく、どう活かして、どう快適にさばくかを考える。河口湖が黒幕をやめて柵に切り替えたように、答えはもう出ている。

来てほしくないと声高に言う人たちには悪いけれど、僕はこの流れに賭けたいと思っている。

経済・政策ブログ / 2026年 / 数値はJNTO・観光庁・財務省・総務省等の公表データに基づく

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編集部より:この記事は永江一石氏のブログ「More Access,More Fun!」2026年6月3日の記事より転載させていただきました。

 

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