今強い企業に未来を賭ける——それは経営政策か、それとも諦めか

Bartolome Ozonas/iStock

中小企業庁が動いた。

5月20日、中小企業政策審議会で新たな方針が示された。売上高100億円を目指す「100億宣言」に続き、今度は売上高1億〜10億円の企業を対象とした「成長経営宣言」制度を新設するという。成長への本気度が高い企業に地域銀行や信用金庫が伴走しやすい環境を整え、政策支援を集中的に投下する——。

聞こえはいい。

しかし中企庁自身のデータが、この政策の向かう先を静かに告げている。

売上高1億〜10億円の中小企業約16万社のうち、収益力という観点で「厳しい状況にある企業」は6割。「成長軌道にある企業」はわずか3割だ。

そして中企庁関係者はこう言った。「この状況を今後3年も放置すれば、経営の足元が崩れる企業が増えるのでは」と。

これは支援の言葉ではない。

淘汰のシナリオだ。

「今強い企業」を選び、残りは時間が解決する——この政策の底には、そういう論理が流れている。

城下町の跡地に、何が残ったか

栃木県矢板市は、かつて「シャープの城下町」と呼ばれた。全盛期には3,100人が工場で働き、人口は2万人台から3万人台へと膨らんだ。しかし2018年、工場が閉鎖された。今、その街はゴーストタウン予備軍と呼ばれている。

北九州市には新日鉄があった。北海道釧路市には日本製紙があった。茨城県日立市には日立の関連工場が連なっていた。

資本が去った後の地域に、何が残ったか。

問いの答えは、すでに日本中に刻まれている。

今回の政策は、補助金という形をとっている。

しかし補助金でかさ上げされた売上と利益は、どこへ流れるのか。設備投資の恩恵は機械メーカーへ、補助金申請事務の報酬はコンサルへ、賃上げの果実は都市部から採用した人材へ。地域の生態系に還流するとは限らない。

大規模成長投資補助金の申請要件を見れば、構造は明らかだ。投資額20億円以上、金融機関の融資確約、プレゼンテーション審査——これに対応できる中小企業が、全国に何社あるのか。1〜2人のコンサルタントがサポートできる仕事ではない。専門チームと相応の財務基盤がなければ、入り口にすら立てない。

制度のアーキテクチャそのものが、選別を前提として設計されている。

「整理統合」という言葉を使わない、整理統合

菅政権が「中小企業の再編・統合」を打ち出したのは2021年のことだ。規模が小さすぎる企業を集約し、生産性を高めよという論だ。中小企業基本法の定義見直しまで視野に入れた踏み込んだ議論だったが、国民から強い反発を受け、政治的には表舞台から退いた形になっていた。

しかし今、同じ結論が別の経路で追求されている。

「支援を集中する」「成長志向の企業を選ぶ」「宣言した企業に資源を投下する」——いずれも前向きな言葉だ。

しかしその裏側では、宣言しない企業、成長軌道にない企業、財務基盤が整わない企業が、静かに政策の射程から外れていく。

企業価値担保権も、100億宣言も、10億宣言も、制度として見れば「選別のインフラ」だ。銀行は蓋然性ある事業計画を持つ企業に融資し、補助金は宣言した企業に集中し、伴走支援は本気度が高い企業に向かう。

残りの企業は、3年後に「足元が崩れる」。

これを政策と呼ぶか、諦めと呼ぶか。

誰のための、シンポジウムか

5月13日船井総合研究所が別途シンポジウムを開催。神戸大学教授、中企庁課長補佐が登壇し、地域銀行の法人担当者や中小企業経営者ら140人が東京ミッドタウン八重洲に参集した。

5月19日、経済産業省と中小企業基盤整備機構が東京都内で「100億企業創出シンポジウム」を開いた。金融庁監督局長、中企庁長官、地銀幹部、大手コンサルのトップが登壇し、約400人が会場に集まり、約900人がオンラインで聴講した。

ここで一つの問いを持ちたい。

なぜ、中小企業の成長を支援するために、これほど多くの中央省庁・監督官庁・政府系機関・大学・大手コンサル・地銀幹部が、東京に集まらなければならないのか。

船井総研がシンポジウムを開く動機は何か。

地銀が「具体的な支援パッケージを検討していく」とはどういう意味か。

補助金の申請要件を満たすために、誰かの専門的なサポートが必要になる——その「誰か」の市場が、今まさに形成されつつあるのではないか。

支援する側の生態系が、支援される側より先に育っていないか。

この問いに答えを持っている人がいるとすれば、それはシンポジウムの壇上にいた人たちだろう。

10年後を、誰が知っているのか

ここで一つの問いを立てたい。

産業レベルで考えてみよう。

かつて「衰退産業」と呼ばれた繊維は、高機能素材として復活した。「斜陽」とされた造船は、LNG船の需要で再び脚光を浴びている。「成熟」と言われた農業が、食料安全保障という文脈で今や戦略産業に変わりつつある。

逆に、1990年代初頭に世界を席巻し、フォーチュン・グローバル500に世界最多水準で名を連ねていた日本の電機・鉄鋼・産業機械が、その後の30年でどうなったかは、説明を要しない。

産業という大きな単位でさえ、10年後の姿を正確に予測することは困難だ。

では企業レベルはどうか。さらに困難になる。

S&P500を構成する大企業の平均寿命は、1960年代には60年を超えていた。それが1980年には30年を切り、2012年には20年を割った。たった50年の間に、世界最強の企業群の平均寿命は3分の1以下になった。産業の盛衰よりも速く、個々の企業は入れ替わっていく。

今成長している企業が10年後も成長している、と誰が言えるのか。

今厳しい状況にある企業が、10年後に第二の成長軌道に乗ることを、誰が否定できるのか。

政府は「今の状態」でスクリーニングをかける。産業レベルでさえ予測が困難なのに、個々の中小企業の10年後を、財務データと成長軌道の三分類で判定できると本気で考えているのか。その問いに、政策立案者は答えなければならない。

消えた企業は、二度と戻らない

しかし最も深刻な問題は、予測の精度ではない。

企業が一度消えると、そこに宿っていたものは戻らないことだ。

技術は、機械に刻まれているのではない。人に刻まれている。熟練の職人が廃業すれば、30年かけて培った技は消える。図面は残っても、その図面を読んで製品に落とし込む身体知は残らない。

組織文化も同じだ。誠実に商売をしてきた地域の老舗が消えるとき、その会社が体現していた経営の在りようも消える。「三方よし」を実践し続けた商店が閉じるとき、地域のその記憶も閉じる。

補助金の採択率は数字で測れる。しかし失われた技と文化と人間関係のコストは、どの統計にも現れない。

多様な中小企業が地域に存在することは、単なる「選択肢の多さ」ではない。異なる経営哲学・異なる技術・異なる顧客関係が共存することで、地域は外部ショックに耐える「冗長性」を持つ。均質化した強者だけが残る経済は、一つの変化で一斉に揺れる。

これはリスク管理の問題でもある。

人は変われる。だから会社も変われる

私がコンサルタントをしている理由は、一つだ。

人は変われると信じているからだ。そして人が変われるなら、会社も変われる。

今収益力が厳しい企業の社長が、3年後も同じ状態にあるとは限らない。認識が変わり、数字の読み方が変わり、銀行との対話が変わる。それが経営改善の現場で、30社以上の支援を通じて私が目撃してきた現実だ。

政府の論理は、静態的な人間観に立っている。

現時点の財務データで企業を三分類し、上位に資源を集中する。それは今の状態が未来を決定するという前提だ。しかしそれは経営政策ではなく、現状の追認だ。

稲盛和夫がJAL再生に入ったとき、JALは法的整理直後だった。「今強い企業」ではなかった。

一倉定が向き合い続けたのは、経営の現場で苦闘している中小企業の社長たちだった。成長軌道にある3割ではなく、厳しい状況にある6割の側にいる人間たちだ。

変容の可能性を信じることが、経営支援という仕事の存在理由だ。

今回の政策はその存在理由を、制度として静かに否定している。

多様性は情緒論ではない

地域経済の多様性は、外部ショックへの耐性そのものだ。

生態系と同じだ。単一の強い種が支配する環境は、一つの変化に対して脆い。多様な種が共存する環境は、変化の波を吸収する。

年商数億円の地場の製造業が、町の居酒屋の売上を支えている。その居酒屋が、別の職人の生活を支えている。この連鎖は、数字では測れない。しかし確かに存在する社会的機能だ。

石田梅岩は「商人の利は武士の禄に同じ」と言った。商売が社会的機能を持つという宣言だ。江戸の石門心学が見抜いていたことを、現代の政策立案者は見失っている。

補助金で選ばれた100億企業が地域を豊かにするシナリオは、かつての企業城下町と同じ賭けだ。強い一点に依存した地域経済は、その一点が揺れた瞬間に崩れる。

私は今の政府の方針に反対する。

現実を見ていないからではない。現場を見てきたからこそ、言う。

「今強い企業に未来を賭ける」——それは政策の言葉として成立するかもしれない。しかし経営の言葉としては、成立しない。

経営とは、現在の状態を所与として受け入れることではない。現在の状態を出発点として、未来を変えることだ。

その信念なしに、経営支援という仕事は存在しない。

この政策が向かう先で、本当に日本人は幸せになるのか。

その問いを、私は持ち続ける。

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