皇位継承:「国会の総意」は議会政治の良いお手本だ

皇位継承問題について、衆参両院の議長・副議長は8日、「立法府の総意」案を取りまとめ、各党・各会派に報告した。

10日の会議では、仕切り役の森英介衆院議長(自民党)が意見を求めたのに対し、前回までに自民や日本維新の会、中道改革連合など7党派が賛意を示す一方で、共産やれいわ新選組など5党派は反対意見を表明した。立憲の長浜博行氏はこの日、女性皇族の結婚後の身分保持を「了」としたが、養子案への賛否は表明しなかった。

日本保守党や立憲民主党、共産党などは不満を言っているが、当初は数の力を頼んで自民党が妥協なしに強行突破を図るのではないかと心配されていただけに、野党の意見もよく聞き、それなりの妥協もしたものであるので、議会政治の知恵をよく結集したものとして歓迎したいと思う。

当初、高市首相周辺は、男系派の意見でそのまま押し切る勢いだったが、衆参両院の正副議長が議会政治の伝統に沿って熟議し、女系派にも配慮をしたかたちで取りまとめたものだ。

私はこうしたプロセスが必要だとかねてから主張してきた。多数を頼んで一方的に押し切るということは皇室問題にはふさわしくない。そんなことをしたら、将来、女系派が一時的にせよ政権をとったら同じことをしてもよいことになる。

今回、慎重なプロセスを踏んだことから、今後、別の制度を提案する際にも、同様に少数派の意見を尊重したプロセスが要求されることになり、制度の安定性は高いものになった。

その意味で、森英介(衆議院)、関口昌一(参議院)の両議長はもちろんだが、石井啓一(衆議院)、福山哲郎(参議院)の両副議長の役割は重要だった。とくに福山哲郎副議長は、立憲民主党出身ながら出身の党だけでなく他の野党の意見も併せて集約するために大変な努力をされたと思う。また、中道改革連合の意見をほどほどの線でまとめた笠浩史議員の手腕も評価したい。

今回の結果は、男系派にとっても女系派にとっても、100%満足なものではない。妥協とはそういうものだ。とくに、この問題は、子どもがどう生まれるかということと関係するので、さまざまな想定を前提にすると、問題が複雑化するだけである。その意味で、行き当たりばったりではいけないが、あらゆる可能性を議論するのは非生産的なのだ。

そのために、議論はある程度の方向性は示すべきだが、将来の具体的な状況によっては、議論の必要がなくなるかもしれないし、あまり白黒の結論は出さず、いずれの可能性についても準備はしておくということでいいのである。

その最たるものは悠仁さまに男子は生まれるのか、それが長子なのか、女子だけなのか、どちらもいないのかで議論は根本的に変わる。普通は男子が生まれたらとりあえず議論は下火になるし、いなければ、いよいよ女系か旧宮家から迎えた養子の子孫か議論しなければならないことになる。

また、悠仁さまに男子はいないが、女子がいたら、女系論議は佳子さまや愛子さまの子孫でなくその子の問題になるから、女系論の人でも愛子さまファンは撤退するかもしれない。また、佳子さまや愛子さまのお子さまがどんな構成かでも状況は変わる。

したがって、そのような議論は、悠仁さま、佳子さま、愛子さまのお子さまが出そろう頃に議論すればいいのである。

その目処は、2045年だと私はかねがね言っている。それは陛下が上皇陛下御退位の85歳という年齢に達する年でもある。

ただ、そのときまで旧宮家の人々を現状のような形で放置しておいては、皇位継承候補としては準備不足になる。そのために、何人かを皇族にして、その本人は悠仁さまと同世代だから天皇にはしないが、その子どもを皇位継承候補として育てようということになる。

また、佳子さまや愛子さまが現在の制度で皇室を離れてしまって子どもたちも一般家庭の子として育ったら、これも復帰は難しい。そこで、母親は皇族という状態で皇族に準じるようなかたちで育っていただくことで可能性を残すことにしたのである。

今回の措置は、男系派の勝利ではない。男系の皇族が定められた順位に基づいて継承するという従来の原則が立ちゆかなくなったら、旧宮家の人々を形式はともかくも復帰させるか、女帝や女系を認めるかしかないことは論理必然であるし、どちらの側の支持者もいて譲らないことも分かっている。

そこで、今回の国会の総意は、どちらの可能性もバランスよく残すためのもので、その意味で男系派の勝利ではない。ただ、男系派にとってうれしい出来事であるのは、女系派は1947年の皇籍離脱から時間が経つことをもって皇室と旧宮家の距離が生じることを狙っていたからである。

その意味で何年か前までは、時は女系派に有利に働くという思惑があったので、議論を進めて制度化することは、男系派により切実だったともいえる。しかし、そうこうしているうちに、佳子さまや愛子さまが結婚適齢期に入ったことで、こちらも急がないと、お二人が皇室を離れてしまうことになるという事情が生じた。

さらに、現行制度では内親王を喜んで結婚相手として迎えるという「名家」はほとんどなくなっている。名家なら内親王をお迎えするなら、住まいにも生活にも社交にもそれなりの支出が必要で、ある人は年に2000万~3000万円は覚悟すべきと言っていた。

今回、結婚後の皇族女性が本人だけ皇族として残留することと、旧宮家から養子を迎えるというのをワンセットとして採択するというのは、三方よしとも、痛み分けともいえるが、両方にとって受け入れざるをえなかったのは、それぞれに合理性があったからである。

女系派のなかの過激派は、旧宮家養子案に反対したが、これは論理的におかしかった。一度皇籍を離脱した人の子孫が復帰するのが憲法違反だというなら、女性が結婚して皇族になるのもおかしいし、もし、悠仁・佳子・愛子さまの子孫が男女を問わずいなくなったら女系で一番近いのは、昭和天皇の子孫の東久邇家の人々なのであるから、その復帰が憲法違反なら、天皇制は自動的に廃絶する。つまり、この議論は天皇制の廃止を厭わない過激な思想である。

女系派が「旧宮家より女系」と主張するのは一つの意見だが、旧宮家はダメだというのは論理的でない。

また、女性皇族の夫や子を皇族にすると結婚の希望者が減ってしまうし、それを希望するのはかなりの野心家しかいなくなる。当然、結婚にあたっては、皇室会議の同意も必要になる。

皇族の女性はみんなが納得するような人としか結婚しないという神話は、眞子さまが小室圭さんという規格外の選択をしたことで、何の根拠もないことが明確になった。

そこで、今回の措置では、とりあえず、制度発足時においては、結婚時に当然に相手を皇族にはしないことにしたのである。もちろん、佳子さまや愛子さまが旧皇族の男子と結婚したらどうかという話はあるが、その場合には、その男性を皇族の養子にして結婚してもらえばいいことだ。

また、2045年ごろに制度を見直すことになるだろうから、その時点で、夫や子を皇族にする選択肢は出てくると思う。

いずれにせよ、女系派は、もし国会で自分たちが多数派になれば、制度の微修正は提案できるのである。その時には、今回を前例として、野党の意見も十分に聞き配慮し、そのうえで、完全な全会一致まではしなくてもよいという範囲で女性宮家も女系天皇も実現する条件は整えたのであるし、それをてこに福山哲郎副議長は参議院の立憲民主党などと阿吽の呼吸で同意はしないが、席は蹴らないことで納得し合ったのではないか。

これぞ議会政治の知恵なのである。民主主義は独裁者を選挙で選ぶ政体ではない。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント