サッカー日本代表、キャプテン遠藤渡の離脱と本当の危機とは?

杉山 崇

さてさて、FIFA2026、W杯北中米大会が始まりました。韓国がヨーロッパの雄チェコを下しました。日本もオランダ戦が待ち遠しい状況です。

しかし、その中で衝撃的なニュースが舞い込みました。なんと、日本代表のキャプテン、世界屈指の名門であるリバプールに所属する遠藤航選手が離脱しました。

遠藤選手といえば、先日のテストマッチ、アイスランド戦で、「先発起用が理解しがたい!」とファンの間で話題になっていました。もちろん、実力を疑っているからではありません。怪我からの回復途中で、チームにとっても、そして何より遠藤選手本人にとっても残念なゲームとなったからです。

「不要論」もあったものの…

ですから、一部には「外してあげて」「もっと“旬”の選手を入れて」というファンの声があったことは間違いありません。それはそれで理にかなっています。

そのような声を上げる方々の中には「より良い選手が入るチャンス!」と思う方もいるかもしれません。あるいは「森保監督がお気に入りの遠藤選手と“心中”しなくてよかった」と安堵する意見もあるかもしれません。

しかし、遠藤選手を失うということは、単にキャプテンが代わる、世界レベルのボランチを失うということだけにとどまりません。組織心理学的には、それ以上のダメージが起こり得る大ピンチなのです。

ここでは、遠藤選手が余人をもって代えがたい選手だったことを中心に、日本代表が、そして応援する私たちが失うものを考えてみたいと思います。

アイスランド戦と遠藤選手

まず、遠藤選手の起用に疑問を持たれたアイスランド戦を振り返ってみましょう。世界ランキングでは日本が優位。そしてホームで開催されるテストマッチ。これら各種要素を考えると、日本代表のゴールラッシュも期待されたゲームでした。

ただ、実際にはそうはなりませんでした。期待した方々にとってはストレスの溜まるゲームだったことでしょう。

まずは、このゲームについて、遠藤選手の周辺に限ってポイントをサマリーすると次のようになります。

  • 遠藤選手は明らかにプレー強度が落ちていた。
  • ボール奪取の鋭さが鈍く、守備の連動もズレる。
  • 遠藤選手がチームの起点になりきれない。
  • 結果、相棒の田中碧選手がそのカバーに回り、田中選手を起点にチームの骨格を作る。
  • その代償で、田中選手のストロングポイントである攻撃参加の機会が、一部のDF選手より少なくなった。
  • 日本の攻撃が単調になった。
  • 慎重に守るアイスランドに弾き返され、ピンチも招く。
  • 選手交代後もリズムを作れず、見るべき場面の少ないゲームとなった。

犠牲になった日本の武器

田中選手といえば、カタールW杯の「三笘の1ミリ」で有名になったゴールを思い起こす方も多いでしょう。このゴールのように、田中選手の攻撃参加は敵チームの守備を攪乱する「日本の武器」です。

このゲームはその武器を犠牲にすることになりました。その結果として、「なぜ遠藤選手を無理して使う?」「なぜ調子のいい選手を選ばない?」という疑問がファンの間で起こりました。

代表チームはその時々の各国のベストな選手で構成するもの。コンディションの悪い選手を起用することは、勝率を下げるリスクにほかなりません。ゲームの中で明らかに不調な遠藤選手を起用したことで、森保監督に疑問を持つファンも少なからずいたことでしょう。

組織とは、個々の力を「掛け算以上」に昇華させるもの

ただ、サッカーはチームスポーツです。個々の選手力の足し算がチームの実力になるわけではありません。個々の力を「掛け算以上」にできるチームが勝ち残るスポーツです。

カタール大会後、日本代表はこれまで勝てなかった世界の強豪に勝ち続けました。ブラジルに勝ち、イングランドに勝ち、カタールW杯での雪辱を期してホームに日本を招いたドイツにも勝ちました。

選手の“時価総額”では明らかに不利な日本代表が、勝ったのです。「掛け算以上」にできるチームがそこにあったと言ってもよいでしょう。日本代表を応援する方々にも誇らしいことだったでしょう。

では、この「掛け算以上」のチームを作り上げた骨格は何だったのでしょうか?そこには、戦術を超えたチームスポーツの醍醐味が隠されているのです。そして、その中心に遠藤選手がいたのです。

遠藤選手からはじまった物語

ここで、2023年、第二次森保ジャパン発足時のあるエピソードをご紹介しましょう。

組織には目標が必要です。魅力的な目標がないチームは崩壊します。

ですが、第二次森保ジャパンは目標の置きどころに困難を抱えていました。日本代表の最高成績はベスト16。そして、二大会連続のベスト16敗退。セオリー通りなら「ベスト8」を目標にするべきでしょう。

しかし、ロシア大会、カタール大会は、たとえば全く刃が立たなかった2002年のベスト16敗退とはゲーム内容が全く違いました。ベスト8に手が届く試合展開だったのです。 つまり、ベスト8レベルの実力はすでに証明しているのです。

その中で、ベスト8を目標に…。これははっきり言って「しょぼい」です。チームづくりの天才、森保監督にはこの事がわかっていたことでしょう。目標に魅力のないチームは崩壊します。実際、当時の森保監督は目標の伝え方に悩んでいた…とインタビューでも答えています。

その中で、遠藤航は集まった選手たちの意見を取りまとめました。そして、選手たちの総意として「次はてっぺんを目指す」、つまり優勝を現実的な目標として掲げることを監督に提案したのです。

このような高い目標、仮に監督から言い始めると組織心理学的にはダメなんです。マネージャーなどのトップ層が目標を掲げることを「トップダウン」と言います。そこで、大きな目標、困難な目標を提示すると、メンバーの反発を招きがちです。心理学では心理的リアクタンスと呼ばれる現象です。

ですが、現場から上がってくる「ボトムアップ」の目標であればそうはなりません。むしろ、それがトップ層に認められたということでメンバーの自己効力感が上がり、士気が上がります。魅力的な目標で一丸となれるのです。

そう、つまり「ベスト8ではなく優勝を狙う」という魅力的な目標がボトムアップで第二次森保ジャパンに吹き込まれたのです。このような目標は、戦術以上にチームの在り方を変えます。

この瞬間から、日本代表の物語には一つの軸が生まれました。そして遠藤キャプテンはその中心にいるのです。つまり遠藤は、単なる選手としてのボランチ(舵取り役)ではないのです。このチームの物語のボランチなのです。そして、森保監督は戦術だけでなく、その物語の舵取りを大事にする監督なのです。

なぜ森保は「物語」を選んだのか

今回の選考を見ると、その意図はさらに明確になります。

より重いけがを抱えた南野拓実選手がチームのメンターとして帯同しています。プレーはしません。しかし、物語に必要な選手なのです。

また、年齢面で限界説のある「ブラボーおじさん」こと長友佑都選手も選出されました。現代的にはおじさんと言うには若いのですが、そのキャラを活かした稀代のムードメイカーとしての「別次元のプレー」は日本一でしょう。

視点を変えれば、このような人選の采配は明確な意思表示です。森保監督は、「ゲームの戦術」だけでなく、「物語」づくりから勝負に出たということです。物語が醸し出すチームの一体感、そして一体感が生む個人の底力、そのような日本人的な勝利を目指すことも戦術の一部なのです。

物語の力

前回大会優勝のアルゼンチンは「メッシにトロフィーを」という物語が機能していました。人は合理性だけでは最後の一歩を踏み出せません。

前回大会、ベスト8入りをかけたクロアチア戦で欠けていたもの。それはスキルでも戦術でもないと筆者は考えています。

「自分たちはここで終わるチームではない」

という確信だったのかもしれません。クロアチアは1998年の初出場で3位、準優勝も経験しています。そう、ベスト16で終わるはずがない、という物語をすでに持っているのです。

一方で日本代表は、その経験がありません。2023年に遠藤選手が取りまとめた物語が、日本代表をベスト8以上に押し上げる唯一無二の力なのです。つまり、遠藤キャプテンの存在は、「チームの意味」そのものでもあったのです。

最後に

遠藤選手を失った今、森保監督は、スタッフは、選手は、「ベスト8ではなく優勝を狙う」という物語を守り切れるのでしょうか。

今回のW杯、日本代表は

「どう勝つか」

だけでなく、

「勝つための物語」

も問われています。

そして森保ジャパンは、その問いに対して「これまでになかった物語」という答えで進んできました。しかし、今、その答えが遠藤選手の離脱でピンチを迎えています。

しかし、ひとつだけ確かなことがあります。これはただのチームではない。これは、続いてきた「物語」なのです。

ならば、私たちにできることは一つです。森保ジャパンの物語に、熱いエールを送りましょう。そして、遠藤選手が抜けたても、揺るがない熱い物語を完成させましょう。

北中米W杯、今回大会の日本代表の見どころは、ここにもあるのです。

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
臨床心理士(公益法人認定)・公認心理師(国家資格)・1級キャリアコンサルティング技能士(国家資格)。
1990年代後半、精神科におけるうつ病患者の急増に立ち会い、うつ病の本当の治療法と「ヒト」の真相の解明に取り組む。現在は大学で教育・研究に従事する傍ら心理マネジメント研究所を主催し「心理学でもっと幸せに」を目指した大人のための心理学アカデミーも展開している。
日本学術振興会特別研究員などを経て現職。企業や個人の心理コンサルティングや心理支援の開発も行い、NHKニュース、ホンマでっかテレビ、などTV出演も多数。厚労省などの公共事業にも協力し各種検討会の委員や座長も務めて国政にも協力している。
サッカー日本代表の「ドーハの悲劇」以来、日本サッカーの発展を応援し各種メディアで心理学的な解説も行っている。

心理マネジメント研究所(代表:杉山崇@脳心理科学者・臨床心理士・公認心理師/神奈川大学教授)|note
「心理学でもっと幸せに!」を実現する研究所。各種研修、採用・組織運営コンサルティング、データ解析、心理カウンセリング、キャリアコンサルティング、などを組織と個人に提供中。代表の杉山は著書多数の他、NHKニュース、フジテレビ「ホンマでっかテレ...

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