「宗教」が深く関わった21世紀の戦争

ロシアのプーチン大統領が2022年2月24日、隣国ウクライナにロシア軍を侵攻させて以来、世界は戦争モードに突入した感じがする。ウクライナ戦争は既に4年以上続いている。ロシアとウクライナ両国で100万人以上の死傷者が出ている。2023年10月7日にはパレスチナのガザ地区を実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」がイスラエルとの境界網を破壊して侵入し、音楽祭に参加していたゲストや集団農園(キブツ)を襲撃して1200人以上のユダヤ人らを射殺、250人以上を人質にした。イスラエル側がハマスへの報復攻撃を開始し、通称「ガザ紛争」が勃発した。パレスチナ側だけでも6万人以上の死者が出ている。そして今年2月末、米イスラエル軍のイラン攻撃が始まった。世界の原油輸送ルートのホルムズ海峡の封鎖で世界経済は混乱している。

G7会議前に英国を訪問した高市早苗首相、2026年6月14日、首相府官邸公式サイトから

冷戦後の世界で複数の戦争がほぼ同時期、勃発するとは誰もが予想だにしなかったことだ。フランス東部エビアンで開催されるG7先進諸国首脳会談でもウクライナ戦争やイラン戦争への対応が大きな議題だ。看過できない点は、21世紀の戦争、紛争には宗教的要因が深く関わっていることだ。

例えば、ロシア正教の最高指導者キリル1世はプーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説する。プーチン氏はウクライナとの戦争を単なる政治的紛争ではなく、キリスト教の価値観を守るための「聖戦」と主張し、 西側諸国を「世俗化し、サタン(悪魔)主義に陥った存在」と定義し、ロシアをそれに対抗する「神聖な法の守護者」と位置づけている。

「ルースキー・ミール」(ロシアの世界)の概念を信奉するプーチン氏はウクライナ侵攻を「同胞を悪の影響から救い出し、本来の精神的一体性を取り戻すための行為」と受け取り、兵士に対しては「あなた方は祖国と国民を守るという神聖な任務(holy mission)を遂行している」と述べ、軍事行動を宗教的な正義として正当化している。

次は、ガザ紛争の場合だ。ハマスの奇襲テロに遭遇したイスラエルのネタニヤフ首相は2023年10月28日、国民に向かって「アマレクが私たちに何をしたかを思い出すべきだ」と述べた。モーセがエジプトから60万人のイスラエルの民を引き連れて神の約束の地に歩み出していた時、アマレク人はイスラエルの民を襲撃した。同首相は旧約聖書の「申命記」に登場するアマレクに言及し、いつの世代でも背後からイスラエルを殺そうとする敵が存在することを国民に改めて想起させている。旧約聖書の世界が21世紀に入っても今日的意味を有しているのだ。

トランプ米政権の2期目に入り、ホワイトハウスに信仰局を新設し、現代のリベラル・デモクラシーに代わり、キリスト教の教義を政治・社会運営の基盤に据えようとするインテグラリズム(統合主義)と呼ばれる政治運動が進行中だ。ネオ・インテグラリズムの特徴は政教分離の否定だ。 国家(政治権力)は、国民の現世的な利益だけでなく、霊的な幸福(最高善)にも配慮すべきであり、政治権力は最終的に教会(精神的権力)に従属すべきだと主張する。また、 現代の自由主義を「腐敗した支配階級」と批判し、キリストの王権を認める社会秩序への「体制転換」を目標に掲げるポスト・リベラリズムの世界だ。ネオ・インテグラリズムに対しは、「神権政治への逆行」、「民主主義の根本的な破壊」、「キリスト教ナショナリズムの政治利用」といった批判の声が聞かれる。

一方、イランでは1979年のイスラム革命以来、聖職者支配体制だ。イスラム教シーア派の盟主イランには殉教思想が根強い。 彼らにとっての敵(主に米国やイスラエル)は、暴君ヤズィードになぞらえられ、宗教的な使命として戦いが正当化される。 指導者が暗殺や戦死を遂げた際、それを「悲劇的な敗北」ではなく「栄光ある殉教」と位置づけることで、支持者の結束を促す。このシーア派の「殉教の信仰」は、現代においても「不当な支配や抑圧には屈しない」という政治的なエネルギーとなって発揮されている。

以上、ウクライナ戦争、ガザ紛争、イラン戦争の背景には想像以上に宗教的要因が深く関与していることが分かる。ちなみに、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれもアブラハムを信仰の祖とする一神教だ。3宗派はアブラハム・ファミリーだ。

なお、、独ミュンヘン・フライジング大司教のラインハルト・マルクス枢機卿は2月11日、ミュンヘン安全保障会議(MSC)に併せて開催された第3回神学平和シンポジウムのパネルディスカッションで「宗教は政治に利用されている」と述べ、宗教指導者が権力に危険なほど接近しようとする世界的な傾向を憂慮し、「宗教は権力者の側に立つべきではなく、弱者と被害者の側に立つべきである」と強調した。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年6月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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