
先月は丸ごとnote更新をすっ飛ばしてしまってすいません。今月これから6本も書かないと、という話なんですが、なんとか頑張ります。
それと、今年に入ってからx(Twitter)などでの発信をめちゃ控えめというかほとんどやってませんでしたが、来月ぐらいから徐々に復帰していくと思います。
今回記事では、そういう「今年前半ほとんど外部発信をしなくなっていた個人的理由」みたいな話と、それと関わらせながらも「米中拮抗時代」(G2)の時代の日本の生きる道とは?という話を考えてみようと思います。
1. 新年に入ってから体調も悪いし常に混乱してるしで・・・
個人的に体外発信を控えめにする気持ちになった理由は、今年始まってすぐに始まった米軍のベネズエラ侵攻で・・・
米中対立におけるトランプ側の深謀遠慮だとか、そういう視点で言われている事が全部ウソではないでしょうけど、それにしたってさあ・・・という感じで本当にショックが大きかった。
あれ以後、今年に入ってあまりにトランプ政権の動きが暴走的すぎて、欧州とかカナダまで含めて世界的には「中国の方がマシなんでは?」みたいな気分すらでてきてるのが本当にヤバいなと思って。
折しも昨年末ぐらいに、フジテレビのBS放送局であるBSフジの「プライムニュース」っていう番組に出演させてもらったんですけど、そこで結構ガチの保守派の論客さんと一緒になったんで、話の流れで結構自分も「雑な対中強硬論」みたいなのを述べる役割みたいになりかけたところがあったんですよね。
で、個人的に結構「うーむ」と思ったというか、なんかあんまり気乗りしなくてそっちの方向に話を持って行くのやめてお茶を濁しちゃったということがあったんですよ。
で、本を売って行ったり、言説を広げていくみたいな仕事をしていると、こういう根底的なところでちゃんと「世の中と噛み合えている確信」がないとちゃんと期待される役割を果たしていく事ができなくなっちゃうんですよね。
この「今の日本が置かれている矛盾した難しさ」にちゃんと向き合って自分なりのポジションを固めることを先にやらないと、と思った・・・というのが、ここ半年ぐらい外部発信が控えめだった理由の根本の部分にはあるんですね。
そしてそれは僕の言論ビジネスの難しさ・・・でありつつ、「今の日本」が置かれている難しさそのものでもあるなと。
2. 「巨大な矛盾」を飲み込みながら進まないといけないタイミング
なんかここに「今の日本」のすごい根本的な難しさがあるなと思っていて。
中国側の圧力に対してキチンと「押し返す」ことを日本がこれからちゃんとやっていかないといけないとは思ってるんだけど、それがある種の「雑な対中強硬論」みたいなのになると結構危ないんですよね。
それは単に「アメリカ陣営の尖兵」として使い潰されてしまう、どんどん対立がヒートアップして誰のためにもならない道になる可能性がある。
もちろん、今の人類社会の中で「アメリカ陣営」みたいなものがあるとして、日本はそこで生きていくしかないと自分は思っているけれども、一方でアメリカという存在が日本にとって、あるいは根本的な意味においても百パーセントの「善」的な存在ではないという事実にも向き合わざるを得なくなっていく。
すごいそういうところが矛盾する難しい道を進んでいかなくちゃなんですよねこれからの日本は。
中国側の圧力にはちゃんと抗していかなくちゃいけないし、人類社会に一応の基準点を作っている「アメリカ秩序」あるいは「欧米秩序」の中における責任あるプレイヤーとしての振る舞いをしていかないといけない。
一方で、「欧米秩序」が持っている欧米側のエゴの問題であったり、中国の強権性の背後にある、一種ポストコロニアルなというか、つまり「欧米秩序の独善性に対してオルタナティブを提示するようなチャレンジ」という意味においてはある程度許容していく事が必要にもなる(それは日本自身も抱えている問題そのものであったりするからですね)。
そういう「矛盾」したチャレンジをいかに形にするかっていうのがすごい重要なタイミングで・・・
結局じゃあどうしたらいいのかっていうと、
・単に日本にとって小さい範囲で得か損かみたいな話
だけで押していくのは無理があるんだろうなと。
アメリカがむき出しのエゴをぶつけ、中国もむき出しのエゴをぶつけ、「じゃあ俺も!」みたいな感じでさらに日本もそうやってったらどこにも基準も秩序もない世界になるんですが、そうなればなるほどG2以外の国にとっては損失ですからね。
だからこそ、もちろん自分たち自身のエゴをどう通すのかというのも大事だけれども、それを
・本来東アジアの平和や人類社会の秩序はどうあるべきか?を積極的に提案しにいくスタイル
の中に隠蔽して、「みんなのための」主張の中に自分たちのエゴを紛れ込ませていくようなやり方が必要なんだろうなと思っています。
3. 中国に取り込まれもせず、無駄に敵視したりもせず・・・という大問題
さっきも書いたけど、あまりにトランプ大統領の振る舞いがアレすぎて、カナダや欧州の首脳ですら「これ中国の方がマシなんでは」的な態度をちょいちょい見せたりする時代ではあるんですよ。
でもね、そりゃ欧州とかカナダとか、東アジアから遠く離れてる国からすれば、トランプが気に食わなければハイ中国にすり寄って当てこすってやる・・・みたいなのでいいかもしれないけど、東アジアにいる国は単純にそういうわけにもいかないですよね。
惰性の従米でなく対米自立が必要だとか、無駄に中国を敵視したり悪魔化するのは良くないとか、そういうのは本当にそうだと思うんですよ。
一方で、東アジアに今まさに生起している、GDP20兆ドル弱で14億人の超巨大パワーがガチの権威主義国家で、民主主義的な透明性とかチェックアンドバランスが全然働いていないという事自体の恐ろしさ、みたいなものについては、真剣に考えて行かざるを得ない。
実際、中国政府の方針に対して少しでも日本がアンチ的な立ち位置だと秒で罵詈雑言を投げかけ続けてるようなSNSの中国語アカウントの人ですら、ぶっちゃけ自分とこのボスがあまりにアンコントローラブルなスーパーパワーでありすぎることの恐ろしさについて、コロナの時をはじめとして日常的に本当は感じてる部分があるはずですよね。
で!
「中国という国」は文化的にそういう構造じゃないと統治できないし、現状はまあまあ上手く行ってるんだからお前らに言われる筋合いはない」
こういう↑中国人側の「思い」はある程度受け止められるべき時代になりつつあると思うんですよ。
というのは、10年前ぐらいならともかく今や「西欧由来の民主主義」を金科玉条のように扱ってそれ以外のあり方を全部否定するような言説の有効性には徐々に疑問符がつきつつあるからです。
多極的な世界のそれぞれにそれぞれの多様な事情がある・・・ということをある程度は読み込んで行きながら相互理解を打ち立てていくしかない。
これは「理想はどうあれ現実的にそれしかない」という話でもあるし、そもそも人類が内包する本当の多様性を具現化するという意味では本質的な理想としても間違ってない道ではあるはず。
でもね、そうやって「中国はある程度中国風に」という多元的なあり方を許容できるようになっていけばいくほど、その「中国世界」と「その外側」との境界部分をどうやって設計するのか?っていう大問題が生まれるわけですよね。
中華文明の本質は、「易姓革命」的に「今の中華世界の中心としての正統性を受け持っているのは唯一のココだ」みたいな世界観が強烈に確定していく部分が一方ではあり、もう一方は「長城」で自分たちの「領域」の通用範囲を明確に区切って「ここから外は我々と関係ない野蛮人たちの世界」って切り取ってしまう部分にある。
そうやって「通用範囲を区切る」ことでその「区切った内側」においては「唯一の正統性を持った中心」を旗取りゲームみたいな構造で争うようになっていて、ある意味で「民衆に支持されるトップでなければならない」的な”民主的”な要素がその思想の根本にはある部分もある。
だから「中国世界の内側」については、”ある程度”なら彼らの論理で運営することを積極的に認めていく時代になっていくのはむしろ「より欧米中心主義的でない多様性」を人類社会に取り込む良さがある可能性もある。
でもね、だからこそその「中華世界」と「外側」を区切る「壁」の部分が大事なんですよ。
中国が中国世界の「通用範囲」を果てしなく広げようとして、それによって抑圧される側のローカル社会とどこかで破滅的な対立を生み出してしまわないように、必死にこの「中華世界という領域」と「その外側」との間に「丁寧な暗黙の了解としての壁」を築いていく必要がある。
4. 東南アジア、インド、オーストラリア・・・との連携がなぜ重要なのか?
高市政権が結構頑張って、安倍政権由来の「クアッド」だとか「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」的な連携構築に向かってますけど、個人的には高市政権自体にはちょっと危なっかしさを感じてる面もあるけど、「アレ」は本当にちゃんとやらないとダメだと思ってるんですよね。
太平洋からアメリカ手を引くかも?ぐらいになってきた時に、中国はイケイケで軍備拡張をしまくっていて、特に東南アジア方向で埋め立てて基地作るわいざとなったら海峡封鎖とかもやろうと思えばできちゃうわ・・・っていう状況を放置しておく事は、誰のためにもならない。
これは「中国人とか中国政府が邪悪だ」っていう話じゃなくて、「内政の不満をそらすネタなんてなんぼあってもええですからね」みたいな状況は今後いくらでもある中で、
東南アジア方面だったら大した敵いないんだからヤレちゃうじゃん
ってなることの恐ろしさ!なんですよ。
いわゆる「プーチンがキエフなど3日で落とせると思っちゃった現象」的な恐ろしさで。
米軍単体じゃあそこの輪が弱くなってしまうなら、東南アジア諸国とオーストラリアとインドと日本と・・・(まあ韓国さんは入りたくないならそれでもいいけど多分話の流れ上ある程度は関与せざるを得なくなるのではないかと)で、キチンと「拮抗した状態で押し合う」形を維持することはめっちゃ大事。
これは中国側から見ても、本当の本当のことを言えば、急激に大きくなった自分たちのパワーを扱いきれなくなってる危なっかしさみたいな面において、ちゃんと「拮抗」させてくれてないと危なっかしくて仕方ないはずなんですよね。
そこで「ついついウッカリやっちゃえやっちゃえ」状態で一線を踏み越えてしまうと、大日本帝国が満州事変以後本当に「果てしない消耗戦」みたいなのに突入していってしまったような構造に飲み込まれてしまう。
「欧米秩序に挑戦する最前線」でいるためにはやはりどこか不自由なまでに自らの沽券にこだわってイキってる必要がどうしてもある中で、果てしない消耗戦に引きずり込まれることは中国政府としても望ましいことではないはず。
それはまさに「大日本帝国の失敗の道」そのものでもあるからね。
だからこそここで大事な発想は、ここの「中国の外側から”壁”を確定する」作業を高度な暗黙のプロレスとして行っていくことによってのみ、東アジアの長期的な平和と共存は可能になるはずだということなんですよ。
その先には、まあ無理やりな軍事侵攻するっていうんでなければ、平和的な統合プロセスであるなら台湾との再統合だって可能性としては見えてくるかもしれない。
台湾側の人々の意志も尊重された「平和的な」統合であるならば、そのプロセスの中で、「中華世界の内側と外側」の双方向コミュニケーションに彼らが十分に習熟していくことを意味するからですね。
単に「アメリカがムカつくから中国の味方する」とか、「中国の脅威が恐ろしいからアメリカの奴隷になる」とかじゃなくて、日本は主体的にこの「東アジアのあるべき拮抗状態」を構想し、それが「東アジアの文化的蓄積」から理解可能な形に翻訳し共有していくこと・・・これこそがこれからの日本に求められている役割なのだと思います。
ぶっちゃけ中国のインテリの一部はこの程度の話は理解できるはずなので、とりあえずFOIP的な拮抗関係を作っていくところまでは日本が頑張ってやれば、その「拮抗関係」を「東アジア的な文脈」でちゃんと「そういうものだ」と理解していくコミュニケーションは暗黙知的に立ち上げていける情勢になるはず。
5. 「反米媚中ごっこ」をしていても「対米自立」にはならない
アメリカの安定的な世界一極支配が揺らいで行く中では、今までのような単純な対米追従じゃダメですよねって結構あちこちで言われつつあるけど、それってそう簡単なことじゃないんですよね。
そもそも日本っていう単位が日本人が考えるよりは大きすぎるんで、日本自体が突然やたら反米的な振る舞いをするっていうこと自体がもたらす東アジアのパワーバランス変化が大きすぎるんですよ。
微妙な微妙なバランスで押しあって均衡していた平和が一気に崩れちゃう不安定要素が山盛りに生まれてしまう。
だから単純に「アメリカがなんかムカつくから逆を言ってやるぜ」みたいなそのレベルの反米ごっこでなんとかなるレベルじゃないっていうか、本当の意味での「対米自立」なんて夢のまた夢なんですよね。
本当に「対米自立」していくためには、単純に「自分たちが」どうありたいとかじゃなくて、自分たちの行為の「結果」として東アジアにどういうパワーバランスが生まれて戦争にならずに済むのか・・・というメタなレベルまで考えて動いていくことが必要で。
その結果として必要になるのが以下の二点で・・・
A・アメリカ的秩序にむしろ意識的にコミットしていくことによって、その中での「不可欠性」を確保することで発言権を増やし、アメリカに対してちゃんと「ものを言える」ようになっていく
B・対中国でちゃんと「拮抗状態を維持するためにしっかり押し返さないといけない部分」を真剣に一貫してやりきることによって、ある意味で「中国側の言い分」を配慮してやれる態度を示せるようにもなる
欧米人が観念的な「絶対神」みたいなのを振り回して中東や東欧で戦争になっちゃってるのに対して、東アジアは徹底的に実利的にメンツを立て合う深謀遠慮によって、戦争を避けきることが必要です。
でもそれは、今の「中国の強権性」に対してやたらペコペコしてればいいかっていうと絶対そんなことないんですよね。
その「当然必要な拮抗状態」を維持するために日本がやらなきゃいけないことは山ほどある。
高市政権に対して、「何も中国のいうことに黙って従えということではないがもっとうまくやれ」みたいなことを言っている人を、これは右派でも左派でも結構見かけるなと思ってるんですが・・・
その「もっとうまくやれ」って簡単にいうけどそれってめちゃ難しいことすぎるから、今は高市政権のちょっと危なっかしさもあるけど勢いとガッツはあるみたいななんかそういうのでなんとかしなくちゃいけなくなってるわけですよね。
つまり、現状では、「アメリカが気に入らないとなったら実質的に単に中国のいうことを丸呑みにする」という方向の意見が渦巻いている磁場が大きすぎて、「必要な対中での拮抗力」を生み出すには結構な「右バネ」的なものが必要になってしまっている面があるのだと思います。
逆にいえば、クリアーなロジックとしての「必要な対中拮抗力の生成」の部分だけを明晰に取り出して扱えるようになればなるほど、「右バネ」で補正する必要もなくなって、過剰に普通の一般人的中国人にまで敵意が向かうような不幸を避けることが可能にもなる。
つまり「本当の対米自立」の道を冷静に構想できるようになればなるほど、「右バネ」が必要なくなる。
今は「従米」でなければ「反米ごっこ」みたいなのしかないから、余計に「従米」的な右バネにしがみつくような磁場になってしまっているということなんだと思います。
6. 原則の再確認とネット発信の再始動
なんかこの記事ではとりあえず「原則」の確認みたいなことしかできてませんけど、まあこんな感じで、「今年に入ってからマジで困っていた」ような自分の立ち位置の再確認みたいなことが、ある程度ちゃんとできてきたかなと思います。
なんかこう、冒頭に書いたBSフジの話でもそうなんですが、言説というのはほっとくと「ザツな二元論」に吸い込まれちゃうんですよね。
二元論に吸い込まれないようにしながら、かつムニャムニャと適当にお茶を濁すのではなく明確な意志を持った言説の一貫性を立ち上げるというのはなかなか難しいことで・・・
ただ自分がやりたい(し今の日本にどうしても必要なのは)そういうことなので、ちゃんとマイペースながら野心は大きく持って丁寧に自分の言説のポジションを育てていければと思っています。
そこに「共有軸」ができてくれば、日本に山積みのあらゆる課題も急激に適切な「細部の工夫の持ち寄り」的な協力関係の中で潰していけるようになるはずなので・・・
実際、例えば本を一個出版して、それで「ライブツアー」じゃないけどあちこちのメディアに呼ばれて話していく・・・というのは、ある意味で「逃げ場のない全人格的なもの」って感じなんですよね。
前回の本は前回の本で当時なりにやりきったつもりだったけど、それによって呼び寄せられた「世間からの期待」にちゃんと答えきるだけの準備ができていなかった。
どんなテーマを語っていても、最終的には大きく見た時の「日本が進むべき方向性」みたいな話にまでどうしても到達してしまう面があって、そこのところで「問題なくこれで行ける」っていう感じに自分の中でならないと、「細かい話」の部分でも噛み合って読者の人に「受け止めてくれた」と思ってもらえるような対一に入っていけないんですよね。
まあそういうわけで、正月休み明けにベネズエラ侵攻があって、今の世界秩序が焼け落ちちゃうような感じになっていってから、あんまり軽々しく外向けに発信し続ける気分ではなくなっていて。
もちろん、主催する「敵とも話せるSNS」に参加いただいている人たちとは毎日色々と話して、届く範囲を一度かなり限定してから、これからの自分を再度立ち上げ直すことをやらなくちゃ、ってなってた約半年という感じでした。
XとかのSNSはほんとさらに、「敵」認定したヤツを叩くための言説だけで溢れてますけど、結果としてなんというか、現実の認識からして相当に両極端になりがちな状況はどんどん極まってってるなと思っています。
単純に、米中の押し合いは「どっちが勝った」とか言いづらいかなり難しい情勢になっていて、中国経済がかなり厳しいのも、レアアースを抑えた中国が対米でかなり強い交渉力を発揮しているのも”どちらも真実”なんですが、SNSには「どっちが勝った!」という話ばかりが溢れていてちょっと冷静になろうぜ、という気持ちになります。
「真ん中で足して二で割ったナアナアな言説をやる」って話じゃなくて、なんか「できる限りシラフに一個ずつの事実関係を理解して動く」ことが大事なタイミングなんですよね。
「敵とも話せるSNS」の内側にいるとそういうのが結構遠目に眺めて冷静になれる面があって、例えば細かい話ですけど、例えば赤沢大臣がトランプ政権と交渉して決まった対米投資とかも、オープンなSNSでは本当に税金から80兆円とか巻き上げられるあまりに無茶苦茶な取引であるかのように思ってる人がかなりいたりしますが・・・
「敵とも話せるSNS」の中に、いろんな公開情報を突き合わせて実際どういうスキームでどういう投資なのかを分析してくれてる金融バックグラウンドの人がいて、そういうのを見てるとすごい冷静になれます(もちろん、バラ色の儲け話って感じでもないですが)。
これからの時代、党派性からは距離をおいてできるだけシラフのままでいられるか?がすごい大事になってくるはずなんですよ。
「対米従属」をやめるとなったら今度は逆向きにすっ飛んでいって実質的に単なる対中従属になっちゃうようなことをしていてもどうしようもない。
世界の中に日本という国があることの意味を理解して、単に自分たちのエゴを満たすためでなく、それが本当に戦争回避に繋がるのか、そこで日本が繁栄できる道を切り開くことができるのか?を真剣に考える事が必要な時代になってるなと。
徐々にXなどでの発信も再開していこうと思っていますが、「敵とも話せるSNS」は個人的にかなりユニークで良い場所に育ちつつあると感じているので、よかったら以下記事などからどうぞ(入会リンクも以下記事内にあります)。

■
長い記事をここまで読んでいただきありがとうございます。
ここから先は、ここまで書いてきたような「共有軸のもとに知恵を持ち寄る協力関係」みたいなものを作っていかないと、今後の日本はすごいヤバいなと思ったという話の一環として、「軍事的な議論」がどうあるべきか?みたいな話をしたいと思っています。
「敵とも話せるSNS」の中には保守派っていうかいわゆる「右翼」的な人もいるから、そういう世界で「軍事」問題がどう議論されているのか、みたいな話もある程度少しずつ触れるようになるんですよね。
(特に以下記事で紹介した「右翼雑誌の作り方」の著者である梶原麻衣子さんも参加してくれたりしているので・・・)

で!
最初は「軍事関連の記事や本」っていうのは、結構どれも一緒くたに見えていたんですが、ある程度触れるようになってくると、
「レベルの差」
っていうのが歴然としてあるんだな、と思ったりしまして・・・
・この人は結構エグいようなこと言ってるけど結構信頼されている論者
・この人は話面白いけど実際はかなりムチャなことを言っていて、保守派界隈でも信頼されていない論者
・この人は現実的な細部と広い国際情勢への理解もあって、さらにリベラル界隈とも共通の言語を使える論者
みたいなことがかなりあるなとw
で、特に結構ヤバい人とかは、「戦前の日本で一番ヤバかったタイプの軍人はこんな感じだったかも」ってなんか結構実感とともに思っちゃうところがあって物凄いヤバいなと。
なんにせよ、リベラル界隈がこういう話に「一切関与しない」と、かなりヤバい人も含めて「右界隈」だけで現実がグリップされ続けることになるわけなので、ここは頑張ってリーンインっていうか、ちゃんと踏み込んで左派側もこの議論に参加していくことが必要なのだとも思います。
このあたりの「今の日本において本当にヤバい、”戦前の軍人感”があるゾーンはどこにあるのか」っていう話を、ありとあらゆる現実的安全保障議論をザツに全部「戦争はんたーい」って切り捨ててしまわないためにも掘り下げて考えてみたいと思います。
■
つづきはnoteにて(倉本圭造のひとりごとマガジン)。
編集部より:この記事は経営コンサルタント・経済思想家の倉本圭造氏のnote 2026年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は倉本圭造氏のnoteをご覧ください。







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