
タイトルにあるように、昨月末に関西電力の美浜原子力発電所を見学させてもらいに行ってきました。
私は本業は経営コンサル業なんですが、それ以外にここ最近は「敵とも話せるSNS」を主催したりとか、あとかなり前から「文通」の形で読者の人と繋がって色々お話するという仕事もしていて、その文通相手には老若男女いらっしゃるんですが(ご興味あればこちらからどうぞ)・・・
その「文通」のお客さんに関西電力の結構お偉い人がいて、ぜひお越し下さいと言われたので、「敵とも話せるSNS」の中から希望者を募って6人で見学に行かせてもらいました。
なんか、視察には松竹梅と3コースあるんだけど、今回案内いただいたのは一番良い「松」コースで、これは普段「大臣」クラスの人とかが来た時に案内される選択肢らしくて!
実際、廃炉中原発の原子炉下から、配管もすべて丸見えの状態で、高圧高温水が原子炉から出てきて熱交換器を経て循環する心臓部まで入り込んで説明を受けた体験はとても貴重な感じでした。
(その部分は、稼働中の原発では人間は完全に立ち入り禁止で、定期点検中でも線量が高すぎて短時間しか入れないゾーンらしいんですが、ちょうど美浜一号機は廃炉のために除染が進んでいて、一応防護服と線量計は装備して入るけど、出所時の線量計はゼロミリシーベルトのままでした。)
色々と思うところがたくさんあったので、感想とともに、日本の原子力行政とかそういう問題についての考察を書きます。
1. 加圧水型原子炉(PWR)・沸騰水型原子炉(BWR)
まず基本的な話なんですが、一般的な原発には2種類の設計が大きく分けられていて(最新型の小型のものとかは除く)、関電・九電・北海道電力など再稼働がちゃんとできてるところはだいたい加圧水型原子炉(PWR)で、福島第一原子力発電所は沸騰水型原子炉(BWR)なんですね(こないだ再稼働した東電の柏崎刈羽原子力発電所はBWRで久々に再稼働できた原子炉)。
もちろん、2つある以上は一長一短あるのはわかるけど、美浜で「PWRの中心部」にまで入って説明聞いてると、やっぱPWRの方が安心感あるよなあとは思いました。

これはウィキペディアにあったアニメファイルだけど、加圧水型原子炉は上記の赤い部分だけが「放射性物質」が循環してる部分になるんですよね。
原子炉で熱を作る→水を加熱する」んだけど、加圧水型はその名の通りその「熱を運ぶ水」を加圧していて、摂氏三百数十度になってもまだ液体のままで、上記アニメファイル左側の赤い部分で密閉した状態で循環させるんですね。
そしてそれを熱交換器に通して(上記の中でSteam Generatorと書いてるところ・・・細い管が何百本もある状態にして表面積を大きくして熱を伝播させるいわゆるラジエーター的な構造)、別の閉鎖系の中にある水を沸かして蒸気にしてタービンを回す。
この上記の青い部分は別に密閉された系になっているので、ここを循環しているのは「ただの水→蒸気→水」で放射線防護は必要ない。さらにそれを冷却水系でもう一回冷却する事になるけどそこも「ただの水」状態になる。
だから、実際に加圧水型原子炉の中に入ると、「心臓部分」が物凄いコンパクトで、分厚いドアに「常に閉めろ!」って書いてある気密水密が保たれた閉鎖系の部分がハーフのバスケコートぐらい?何なら小学校の教室一個ぐらいでしかない。
そしてその中でも「原子炉→加圧水循環部分」だけに放射線が閉じ込められているので、どこを「抑える」ことができればいいかが明確で、かなり安心感あるなあ、と思いました。
原子炉直下まで入らせてもらうと、そこから「原子炉からあの配管でこの蒸気発生器まで管が来てて、そしてそれを戻す配管がこれで、加圧器はアレで・・・」てめっちゃ一目瞭然に手の届くところに全部あるんですよね。
その後、タービン回すための蒸気を発生させたらそれは隣の「タービン建屋」に送り込んで回すんだけど、そっちはもう完全に「ここはもう火力発電所と同じですねえ」って感じで安心して見ていられる構造になっている(別に雑な扱いとかされてる感じではないが、タービン建屋ごとセキュリティ管理レベルは明らかに数段下げた状態で放置できる)。
一方で沸騰水型原子炉の方は、加圧水型と比べるとちょっと不安になるのが、

原子炉に水を送り込んで沸かして、放射性物質を含んだ蒸気にした・・・ものを直接タービンまで送り込んで回しちゃうんですね。
上記アニメファイルで、原子炉から出てタービンまで行って、冷却されて原子炉に戻るまでの系全体を放射性物質を含んだ水が流れているので、ちょっと加圧水型に慣れた目で見ると不安になるよな・・・という感じはありました。
加圧水型に比べて再稼働が遅れ気味なのもそういう部分があるのかも。
ただ、専門家によると「一長一短」らしいんですよね。直感的には熱交換の段階が少ない分効率高いのかなとも思ったりするけど、詳しく知りたい方はAIに質問するとすごいちゃんと教えてくれたので試してみてください。
単純にいうと「高圧にした熱水を管理して熱交換する」部分が不要なので、中心部がシンプルになって、熱効率的にも有利な面があるらしいです(その分タービンの方まで全部放射線管理が必要になる)。
確かに、高線量下で「加圧水」→「熱交換器」の部分をどうやって保守するのかは大変そうだなあ・・・というふうに、トータルな設計を見た時に感じたので関電の人に質問したんだけど、基本的に「点検で傷が見つかった一部配管だけをいちいち閉鎖していく」対応を行っていって、最終的には「熱交換器全体を新品にリプレイス」する対応をするみたいです。
自分は水の沸点を300度以上に(85気圧以上?に加圧)して配管を維持する大変さを工学的体感としてはよくわからんからPWRの方が安心だけど、「それって大変じゃね?」と感じられるレベルの人ならBWRの意味を感じられるということかも。放射性物質を密閉するってだけの方が、範囲が大きくなったとしても簡単じゃん?という発想もありえるということかな。
2. 40年以上も前の設計を使い伸ばして大丈夫なのか?という問題について
で!
実際、美浜原発は1970年代に建てられている(1、2、3号機がそれぞれ70年、72年、76年)んで、「え?俺より年上なの?」って感じだし、40年間だけのはずだった設計なのに追加でまだまだ動かしますってことになったことに関してまあ普通に素人目には「大丈夫なんすかね」って感じはあったわけですけど。
その「40年の設計を伸ばす」ことに関しては、個人的には説明を聞いてかなり安心感寄りの感覚を持ちました。
そもそも、作った時はどの部分が何年持つかなんて誰にもわからなかったのが、ちゃんと運転し続けて、点検し続けることでそれぞれの部分部分がどの程度耐用性があるかも明確にわかってきているところがあるらしいんですね。
だから現場の技術者の体感としては、無理やり延長させられた・・・というよりは、「毎日触っている感じとしてまだ行けそうだから、認められてよかった」という印象だったそうです。
僕も説明を聞いてて結構それ以前より安心感を得られた面はかなりありました。
理由は色々あるんですけど、いわゆる「枯れた技術」の安定性みたいなのがまずはある。
長年稼働してきているし、事例も世界中で溜まってるので、「問題があるとしたらどこなのか」がちゃんとわかっている。
例えば美浜原発では、2004年に配管が破断して高温の蒸気が噴出して数人が亡くなる事故を起こしているんだけど、そこの部分の設計が弱いことは数十年稼働して初めて露呈したわけで、今はそういう「ヒヤリハット」事例の蓄積がちゃんとあるし、弱い部分は「そのセクションの部品を丸ごとリプレイス」したりして対応できるようになっている。
古い自動車とかもちゃんと「弱い部分」をメンテすればエンジンの中心部分とかはむしろ昔の方が頑丈に作られていたりするんで、そういう「ちゃんとわかって運用する分には」まあまあ信頼できる要素はありそうで・・
で、この「「ちゃんとわかって運用」の面において、関電はなんかかなり信頼できる感があるなあ、って感じたところがあるんですよね。
3. 年間千回以上繰り返す訓練・現場に近いところに原子力本部・「関西カルチャー」の良い部分の発露?
僕は以前青森県の大間原発(建設中)と六ケ所村再処理施設を見学してきた事があるんですけど、その時の「説明」よりも、関電では圧倒的に「課題と課題の継ぎ目部分」みたいなものに対して解像度が高い対策がなされてる印象があって、そこが印象的だったんですよね。
大間も六ケ所村もまだ「ちゃんと稼働」してないので、理屈的に追い込んで「こういう想定で竜巻がこのレベルになっても耐えられるようこれを装備しています」みたいな説明をずっと聞くことになるんだけど、その「想定されたワンテーマ」には過剰なほどの対策がなされてる感じがあるけど、例えば福島原発の時に電源車から電源取るコンセント?の形式が違ってたとかああいう感じの「課題と課題の間の継ぎ目上の見落とし」みたいなものに対してちょっと不安感があるな、と個人的には感じてたんですよね。
まあ、これは「まだ現役では動かしてない」施設だから当然なんだけど。
一方で美浜原発は本当に現役でもうすぐ50年近く動いていて、常に千人とかいうレベルの人が交代で働いていて、信じられないぐらいの回数の訓練を多様な想定でやりまくってるので・・・
その「課題と課題の継ぎ目」の部分の「こうなったらどうなる」に対する想定と対策の蓄積がめちゃ分厚い感じと、「誰に何を聞いてもちゃんと淀みなく細部まで答えられる」「ルール通りにキチンと運用されており、建屋内がちゃんと整理整頓されている」・・・みたいな部分がすごい印象深かったです(一緒にいった皆さんも一様に感銘を受けていた様子)。
そりゃ設計全体の構造ごと最新型の方が安全であることは間違いないけれども、こういう「枯れた技術」に対してちゃんと「舐めないで真剣に人々の思いを結集して対応」しているのは、むしろかなり信頼できる部類の感じがしました。
マニュアル車の古いのに乗ってると常に「人が感知」しているので問題が起きたらすぐわかりやすい、みたいな感じに近くて、一個一個ちゃんと「働いている人」をそこに粘りつかせる組織論的・マネジメント的工夫がちゃんと生きている感じがしてそこは良かった。
あと、さっき書いた配管破断事故(これは放射性物質が通ってない隔離された部分の配管ではあったんだけど)で死亡者が出てしまってから、関電の原子力本部を本店から福井県に移して、現場に近いところでちゃんと管理するようにしたのも良かったらしい。
そして、福島の事故以後、それでも関電は原発依存度が高すぎて「これ再稼働できなきゃマジ経営成り立たねえじゃん」という背水の陣で真剣に経営がコミットしてなんとかしようとしてきたのも大きい。
そのへん、東電の柏崎刈羽原子力発電所が信じられないような細かいミスで何度も再稼働が伸びたみたいなのとはかなり違う印象を持ちました。
同行したメンバーの中に、福島県ご出身の方がいたんですが、
「我々が接してきたのが東電でなく関電だったらここまで原発の悪印象が広がってなかったかも」
…みたいなことを言っていて、ちょっと笑っちゃったけどでも案外そういうのあるなと。
日本は当分の間、結構古い原発も動かし続けなくちゃいけない情勢ではあるので、こういう「粘りつくような現場の組織力」と「末端まで透明性を持って理屈が通ってる状態」を両立できるカルチャーが育ちつつあるのはとても安心できるなと思いました。
願わくばそういう「バランス」が、今は混乱の先に無策の上塗りになっている国全体の電力システムの議論とかまで波及できるようになっていけば良いのですが・・・
4. 「近すぎる人間関係」の時期が終わり、「ちょうどよい距離感」が生まれつつあるのかも?
一方で関電は、何年か前に大問題になった「あまりにもベタベタの内輪の関係で汚職が」みたいなのが高浜原発関連であったりして、そういう面では問題があったんだけど・・・

まあこれは明らかに「良くないこと」ではありますが、日本社会がこの時期まで「過剰にベタベタと繋がる人間関係」によって、ありとあらゆる「近代化」的なものを拒否していたことによって、今はちょうど、「現場の組織と理屈」の間にちょうどよい関係性が生まれつつある、みたいなこともあるかもしれないな、と思いましたね。
多分その時期にはそういう「汚職」レベルで結びつくことによって「現場への粘りつく組織的関与力」を守っていて、それが今は「透明性の高いシステムの上で同じような現場への責任感を維持できうる構造」が回りつつあるんだな、と思いました。
そのあたり、関西ってどうしても「内輪でベタベタ」要素が強い地域のイメージがあったけど、僕の本の言葉でいうところの「水とアブラのバランス」が非常に取れた部分が関西カルチャーの中に生まれつつあるということかも?みたいな感じは関西人としてちょっと誇らしく思うぐらいに「ちゃんとやってる感」が非常に感じられたポイントとしてありました。
5. 「無条件の欧米文明絶対主義」が潰えつつある時代に、「適切なバランス」を実現できるようになっていくかも?
さっき書いた記事↓、結構この半年のアレコレの模索の結晶みたいな感じの力作なんですけど、米中対立が拮抗状態になることで、人類社会は「次のフェーズ」に入るってところはどうしてもあるな、と感じてます。
この記事を書き上げるまで気づいてなかったことなんだけど、要するになんか、過去数十年のような「圧倒的な欧米文明の独善的絶対化」みたいなものが、明らかに潰えていくというか、徹底的な相対化の波みたいなものに洗われて行かざるを得ないわけですよね。
でもね、なんか僕がいつも言ってるように、
欧米文明が人類社会の一部に過ぎなくなっていく時代に、それでも欧米的理想を諦めたくなければ、そこに”本当の双方向性”を持って現場発に一個ずつ変えていくメタ正義的なチャレンジが生まれる
ってことなんだと思うんですよね。
関電の美浜原発の「感じ」はすごい良くて、「近代的な理屈」と「土着の人間関係」の良い感じのバランスが保たれていて、すごく感銘を受けたんですよね。
それは、今の人類社会全体としての、「あまりにも非妥協的な欧米的観念論の絶対化」が今まさに「曲がり角」的な状況になりつつある現状があって、人工的な理屈をゴリゴリと末端まで押し通してしまう力が弱まった結果、ちょうど日本という場所に「生まれつつある」変化ということなのかもしれない。
必要な理屈がちゃんと末端まで通りつつ、そこに存在し続けなくてはいけない人々の義理の連鎖みたいなものを無理解から破壊してしまったりしない。
そういう構造の最先端に、日本を持っていくことさえできれば、必要な課題を必要な形でサクサクと解決に持っていけるようになるし、そうすれば色々な山積みの問題も遅るるに足らないと個人的には感じています。
その「適切なバランス」の最先端として、今まさに日本社会の中に生まれつつある新しい風潮を、ちゃんと形にしていく流れの中に、今後の僕の言論ビジネスを次の段階に進めていければと思っているところですね。
関電の皆様、呼んでいただいてありがとうございました。
「文通」も「敵とも話せるSNS」もどちらも募集中なのでご興味があればどうぞ。
「文通」はこちらから
「敵とも話せるSNS」については以下リンク先記事からどうぞ。

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つづきはnoteにて(倉本圭造のひとりごとマガジン)。
編集部より:この記事は経営コンサルタント・経済思想家の倉本圭造氏のnote 2026年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は倉本圭造氏のnoteをご覧ください。







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