
サンマーク出版の黒川精一社長が、SNSに長い論考を投稿した。「本が値上げしていった先に起こること」と題されたその文章は、トラック新法と資材高騰で本の値上げは避けられない、ならば問うべきは「どう値上げするか」ではなく「値上げした先の世界を、どう設計するか」だ、と説く。
自社の損得を超えて業界全体の構造に踏み込んだ、誠実で射程の長い文章である。結論にも、おおむね異論はない。
https://t.co/K3R8GTNIsF— 黒川精一 | SUNMARK PUBLISHING (@kurokawa_sunma) June 23, 2026
ただ、その設計図の中心に据えられた一枚の絵に、私は引っかかった。音楽業界である。
黒川氏の論はこうだ。音楽はかつて瀕死だった。CDが売れず、違法ダウンロードが横行し、「音楽はタダ」になった。だが業界は死ななかった。ストリーミングという「日常」が収益の八割を支え、ライブという「非日常の体験」が巨大市場を形成し、レコードという「嗜好品」がその両方に照らされて輝いている。本も同じ三層構造へ進めばいい——。
最初に断っておく。黒川氏が挙げた数字に、誤りはほとんどない。米国音楽の総収益177億ドル、ストリーミング84%、レコード4,400万枚で14億ドル、18年連続増の1984年以来最高——すべて全米レコード協会の2024年報と一致する。
書店が20年で半減したのも経済産業省の資料どおりだ。エラズツアーにいたっては、氏は「10億ドル超」と控えめに書いているが、最終興収は約20億7,000万ドル、単独ツアー史上初の20億ドル超である。
事実は正しい。だから私は、事実そのものではなく、その事実から本へと渡される「橋」の架け方に異議を唱えたい。
音楽と本では、消費の構造が根本から違う。
人は同じ曲を何百回も聴く。聴くたびに価値が再生産されるから、月額数百円で浴び続ける聴き放題が合理になった。音楽は、同じ一曲を反復して味わうメディアである。
一方の本は、一冊を読み終えれば、次の一冊へと移っていく。音楽が時間を「流す」メディアだとすれば、本は時間を「止める」メディアだ。むろん、実用書や参考書のように何度も開かれる本はあるし、電子書籍なら検索も再参照も起きる。
だが読書という営みの重心は、同じ一冊の反復ではなく、新しい一冊との出会い——発見にある。だからこそ、読み放題のサブスクは音楽の聴き放題ほど日常に根づかない。サービスの出来の問題ではなく、本という器の重心が、反復ではなく発見の側にあるからだ。
ライブも同じだ。エラズツアーが20億ドルを生んだのは、テイラー・スウィフトという唯一無二のスターの身体と時間が、その場にしか存在しないからである。
だが世に出る本の大半は、著者がスタジアムを満員にできる存在ではない。著者と読者が出会う場に価値がないとは言わない。だが「ライブ=非日常体験で稼ぐ」モデルを出版全体の解とするのは、ごく一部のスター著者にしか効かない処方を、業界全体の薬として配るに等しい。
音楽は、本のモデルにならない。では、本には本に固有の設計図があるはずだ。その手がかりは、いま述べた「発見」という一語にある。後編で、黒川氏が論の中で手放してしまったものから、その設計図を描き直したい。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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