渋滞地獄の千葉県西部:熊谷知事が明かした戦犯の正体

バズに知事が「参戦」した

2026年5月、X上で千葉県の道路が槍玉に挙がった。柏市から市川・船橋・千葉に至る一帯を赤く塗った地図に「用がないなら決して車で近付いてはならない」と添えた一般ユーザーの投稿が、9100件を超えて拡散し、千を超える返信が寄せられた。

「信じられないぐらい不便な道路しかない」「意味不明なところで一車線に合流する」——県民の怨嗟が並んだ。

ここに、当の千葉県知事・熊谷俊人氏自身が「参戦」した。県北西部の道路整備を最優先課題の一つとして強力に進める、という主旨の声明をXで公開したのである。

注目すべきは、知事が遅れの「理由」として挙げた三点だった。人口に対して面積が広いこと。東京に近いエリアに政令指定都市が無いこと。そしてもう一つ——「成田空港闘争の関係で収用委員会が長らく機能不全に陥り、土地収用を活用できなかった」こと。

渋滞の話を読んでいたはずの読者は、ここで足を止める。空港の闘争が、なぜ道路の渋滞の理由になるのか。

本稿の見立てを先に言えば、こうだ。

知事が道路の文脈で口にしたこの一点は、実は千葉県西部の不便のほとんど全て——道路だけでなく、鉄道も、空港も、街そのものも——を貫く構造の、氷山の一角である。

16年間、止まっていた委員会

説明のために、普段は誰も意識しない行政委員会の話をする。

収用委員会は、土地収用法に基づき、公共事業の用地交渉が任意で成立しないときに裁決を下す機関である。日常的に出番はない。用地買収の大半は任意交渉で片付くからだ。だがこの委員会には、見えない仕事がある。「応じなければ最後は強制収用もあり得る」という背景の圧力——任意交渉を穏当な範囲に収める「後ろ盾」として機能しているのである。

では、この後ろ盾が消えたらどうなるか。地権者は強制収用を恐れる必要がなくなる。交渉に応じるかどうかは完全に任意となり、価格交渉の主導権は地権者側に移る。交渉は長期化し、用地費は膨らむ。

千葉県では、これが現実になった。成田空港建設をめぐる紛争が過激化するなか、1988年、反対派による収用委員への襲撃事件が起き、委員全員が辞任した。後任のなり手は現れず、千葉県の土地収用手続きは、その後およそ16年間にわたって完全に止まった。一つの県の収用機能が、これほど長く空白になった例は、ほかにない。

知事が「収用委員会が長らく機能不全に陥り、土地収用を活用できなかった」と述べたのは、この事実を指している。県政のトップが公に認めた、千葉県西部の構造的なハンディである。

これは「道路だけ」の話ではない

ここからが本題だ。知事は道路の文脈で語ったが、収用機能の麻痺は、用地取得を要するあらゆる事業に等しく効く。だから同じ傷跡は、鉄道にも空港にも刻まれている。

鉄道を見る。西船橋と東葉勝田台を結ぶ東葉高速鉄道は、わずか16キロ余りの路線でありながら、当初計画から17年遅れて1996年に開業した。千葉県自身が、用地買収の難航で工事が遅れ金利負担が増したことなどにより、約3,000億円の有利子負債を抱えて開業したと認めている。

沿線住民の通勤定期は、いまもJRのおよそ2倍という突出した水準だ。渋滞に文句を言う県民が、鉄道では全国屈指の高い運賃を払っている。(※2033年には資金ショートの怖れも)

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空港を見る。収用委員会の審理が止まっていた当のきっかけは、成田空港二期工事の未買収地をめぐる収用問題だった。滑走路用地が確保できず、成田は開港から長く一本の滑走路で国際空港を運用し、二本目すら暫定の短い滑走路で間に合わせた。その間に、アジアのハブ空港の座は仁川などに移っていった。

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道路、鉄道、空港。バラバラの不便に見えるものが、「用地が取れない」という一点で繋がっている。

誰の土地を買うかで、運命は分かれた

この見立てには、千葉県内で確かめられる強い証拠がある。一種の自然実験だ。

同じ千葉県の、同じ時期に計画・建設された鉄道を並べてみる。京葉線は東京湾の埋立地を走り、千葉都市モノレールは道路上の高架を行き、つくばエクスプレスの千葉県区間は区画整理で用地を計画的に確保した。これらはいずれも、個別地権者との用地交渉を回避する仕組みを内蔵していた——そして、ほぼ計画通りに開業した。

一方、沿線の民有地を一件ずつ買い進める必要があった路線は、軒並み深刻に遅れた。東葉高速の17年が、その代表である。

この対比が効くのは、ほかの説明を消してくれるからだ。もし千葉県の財政力が足りないせいなら、埋立地を走る京葉線も遅れたはずだ。もし千葉県民が反対ばかりするからなら、沿岸部の住民も反対したはずだ。事実はそうではない。遅れた路線に共通するのは、ただ一つ——「通常の用地取得を必要とした」ことだけである。誰の土地を買う必要があったか。その一点で、千葉県の鉄道網の運命は分かれた。

残る問い

公平のために、留保も記しておく。知事の挙げた三因のうち、政令市が無いという要因は、行政区分上は事実だが、決め手としては弱い。千葉県が歳出に占める道路・土木費の割合は、むしろ首都圏の他都市県より低いほうで、「県が整備するしかないから予算を食われた」という像とは噛み合わないからだ。面積の広さも、半島という地理も、確かに効いている。原因は一つではない。

それでも、用地取得を要した事業だけが選択的に遅れたという県内の事実は、ほかのどの要因でも説明しきれない。収用機能の麻痺は、その残差を最もよく説明する。

そして、ここに本当の問いがある。知事が認めたのは、あくまで「遅れた」という因果の方向である。では、その16年の空白と、いまも尾を引く後遺症は、千葉県西部に——そして首都圏全体に——どれだけの代償を残したのか。渋滞で失われた時間、開かなかった道路と鉄道、形にならなかった街と人口。それを測ろうとすると、話は道路の渋滞をはるかに超えていく。

一つの行政委員会が16年止まると、その代償は数十年後の通勤定期の値段や、抜けられない渋滞に姿を変えて、住民に請求され続ける。合意なき強行が制度の麻痺を生み、その付けを後の世代が払う——これはおそらく、千葉県だけの話ではない。

その全体像は、稿を改めて検証したい。

※ 本稿で引用した熊谷俊人千葉県知事の発言は、2026年5月24日の本人のX(旧Twitter)投稿、およびJ-CASTニュース(2026年5月25日)の報道による。収用委員会機能停止の経緯、東葉高速鉄道の負債と運賃、成田空港の整備経過は、各公的資料・報道に基づく。

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