トランプ大統領の機嫌を損なうな!

アンカラ・サミットの展望について説明するルッテ事務総長,2026年7月6日、NATO公式サイトから

フランス東部エビアンで開催された先進7カ国首脳会談(G7)でもそうだったが、トルコの首都アンカラで開催中の北大西洋条約機構(NATO)首脳会談でも程度の差こそあれほぼ同じだった。ドイツ・メディアの報道を追っていると、Trump bei Laune haltenという表現に頻繁に出くわした。意味は「トランプ氏の機嫌を損なうな」だ。

エビアンのG7のホスト国フランスのマクロン大統領を悩まし続けたのは首脳会談の最終宣言の作成問題ではなく、トランプ氏をサミット会談最終日まで如何に留めておくかだった。前回カナダで開催されたG7会談ではトランプ氏は「中東問題の対応が急務となった」という理由でG7サミット会議の最終日をキャンセルしてワシントンに戻った。マクロン大統領はカナダの二の舞を避けたい、といった思いが強かった。

マクロン大統領が考え出した秘策は、豪華なシャンデリアと天井画が圧巻のベルサイユ宮殿での夕食会にトランプ氏を招待することだ。もちろん、招待はトランプ氏だけだ。その結果、トランプ氏はサミット会議を途中退席せず、終始気分が良かった。ベルサイユ宮殿での夕食会への接待は効果があった。

トルコのエルドアン大統領は2003年から首相、2014年から大統領と通算23年間、トルコのトップに君臨してきただけに、トランプ氏への接待術ではマクロン氏にも負けない。エルドアン大統領は、アンカラに到着したトランプ氏を盛大な歓迎式典で迎えた。まず空港で自ら出迎えた後、大統領宮殿にて、さらに豪華な歓迎の儀式が執り行われた。トランプ氏の乗ったリムジンは、水色の制服をまとった騎馬隊に先導され、その先頭ではトルコと米国の国旗を掲げた2人の騎手が隊列を率いた。続いて、米国国歌の演奏に加え、礼砲の轟音や空軍機による祝賀飛行も行われた。

このシーンだけをニュース番組で観た人は「トランプ氏はトルコを国賓訪問中」と受け取るかもしれない。実際は、トランプ氏はNATO32カ国首脳会談に参加するためにアンカラを実務訪問中であり、(トランプ氏は)加盟国首脳32カ国の一人に過ぎない。

愛想とか外交的振る舞いといった世界から遠い政治家といった印象があるが、 エルドアン大統領のプロトコールを無視したトランプ氏大歓迎にはもちろんそれなりの計算がある、NATO首脳会談のホスト国として会談の成功が願われていることはいうまでもない。その成否の鍵を握っているのはここでもトランプ氏だ。ただし、それだけではない。トルコ側は米国からF-35の購入を願っているのだ。

トルコは当初100機の導入を計画していたが、ロシア製のミサイル防衛システム「S-400」を導入したため、米国から機体を受け取れない。それだけではない。米国は制裁を科し、その制裁は現在も継続している。トランプ氏は「制裁を解除する」と明言したが、売却の実現には、制裁とは別に乗り越えるべきハードルが存在する。2020年、米議会は、トルコがS-400システムを保有し続ける限り、国防総省による同国へのF-35戦闘機の引き渡しを禁じる条項を制定した。したがって、米国法に適合する形で売却を行うには、トルコ側がロシア製防衛システムを売却するなどの措置を講じる必要がある。一方、エルドアン氏は、トランプ氏の超法規的な決断に期待を寄せている。そこでエルドアン氏のTrump bei Laune haltenとなったわけだ。

トランプ氏は「我々は良き友人だ」と述べ、他の同盟国とは一線を画すトルコの忠誠心を改めて称賛している。首脳会談に先立ち、トランプ氏はエルドアン氏のためだけに現地を訪れると示唆していた。エルドアン氏は「尊敬する友人とここアンカラで会談できたことは、我々にさらなる力を与えてくれた。今回の訪問の重要性を特に強調したいと思う」と、トランプ氏にエールを返している、といった具合だ。

ところで、トランプ米大統領は、アンカラに到着するやいなや、NATO首脳会議での円滑な協議を期待していた欧州の望みに冷や水を浴びせている。同大統領は7日、「NATOには大いに失望した」と述べ、イラン情勢をめぐり英国、イタリア、ドイツ、フランスが米国を失望させたと改めて批判した。また、同盟国デンマークから米国が獲得を目指しているグリーンランドをめぐる問題についても、強硬な姿勢を改めて表明している。

ちなみに、NATO加盟32カ国のうち5カ国(エストニア、ギリシャ、ラトビア、リトアニア、ポーランド)が、今年、防衛費に関する5%の目標を達成する見通しだ。NATO加盟国は昨年、将来的に国内総生産(GDP)の5%を防衛・安全保障に充てることで合意した。その内訳は、従来の防衛に3.5%、インフラなどの分野に1.5%となっている。今年、この後者の目標(1.5%)を達成すると見込まれる加盟国は17カ国になる予定だ。

NATO首脳会談ではウクライナへの支援も重要な議題の一つだった。ゼレンスキー大統領はNATO加盟国に対し、ドローンを用いた戦闘やドローンへの対抗策に関する準備を加速させるよう求めている。また、自国のNATO加盟を訴えた。ただ、ウクライナのNATO加盟問題は同盟国間で意見が大きく分かれており、トランプ氏はウクライナの加盟には消極的だ。ロシアによるミサイル攻撃が続く中、ゼレンスキー氏は地対空ミサイル「パトリオット」のさらなる供与を求めた。

一方、NATOはドローン戦への対応を大幅に強化する準備を進めている。NATOのマルク・ルッテ事務総長によると、同盟国は新たな取り組みの一環として、今後5年間でドローン防衛能力に400億ドル以上を投資する方針だ。ルッテ氏は、ドローンが戦場における決定的な要因となっていると指摘し、その傾向はウクライナや中東、さらには同盟国の領内においても顕著であると述べた。

なお、ドイツ民間放送ニュース専門局ntvによると、トランプ大統領はイランがホルムズ海峡で航行中の商船にミサイル攻撃したとして、「イランとの戦闘停戦合意は終わりだ」と強調する一方、対イラン戦争で米軍基地の使用を拒否したスペインのサンチェス左派政権に対して貿易関係の停止を警告している。

誰しも感情の波があるものだが、トランプ氏の場合はその振れ幅が極めて大きい。だからこそ、彼の言動が及ぼす影響は予測不可能で、より甚大なものとなる。

会談するNATOルッテ事務総長とトランプ大統領 NATO Xより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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