日銀利上げけん制と見られた高市政権、骨太方針に「独立性尊重」を注記

政府が「骨太方針」案に、日本銀行の独立性を尊重する姿勢を明記する方向で調整に入ったという。6月の原案が日銀の利上げけん制と受け止められたため、日銀法第3条に触れる注記を加えるらしい。

要するに、政府は「日銀に圧力をかけるつもりはありません」と、わざわざ書かなければならなくなった。これは安心材料というより、自白に近い。

「独立を尊重します」という圧力

中央銀行の独立性とは、政府が景気対策や国債利払いの都合で金融政策に口を出さないための仕組みである。

ところが高市政権は、積極財政を掲げながら、金利上昇は困る、円安も困る、物価高も困る、景気悪化も困るという、実に欲張りな政策運営をしている。財政は膨らませたい。しかし日銀には利上げで邪魔をしてほしくない。市場から見れば、そう読まれて当然だ。

そこへ「日銀の独立性を尊重する」と注記するのだから、まるで校則違反を注意された生徒が、反省文の最後に「私は校則を守ります」と書き足すような話である。

市場が疑うのは文言ではなく本音

政府は「金融政策への強い介入意図はない」と説明したいのだろう。しかし市場が見ているのは、文章の細工ではない。政権の本音である。

日銀が利上げすれば、国債利払いは増える。株価にも住宅ローンにも影響する。だから政府としては、日銀にできるだけ動いてほしくない。その気持ちは分かる。だが、それを骨太方針ににじませれば、中央銀行の信認を傷つける。

しかも日本は、すでに巨額債務と円安とインフレを抱えている。ここで政府が日銀に圧力をかけているように見えれば、「この国は物価より財政を優先するのか」と疑われる。それこそ円の信認に関わる。

注記で信認は戻らない

日銀法第3条を引用すれば、市場が安心するわけではない。むしろ、そんな条文をわざわざ書かなければならない時点で、政府と日銀の距離感が疑われている。

本当に独立性を尊重するなら、余計なことを書かないのが一番である。金融政策に注文をつけるような文言を入れ、批判されると「独立性は尊重します」と注釈を付ける。これでは、火をつけた本人が消火器の位置を説明しているようなものだ。

高市政権が守るべきなのは、骨太方針の体裁ではない。市場からの信認である。日銀の独立性は、注記で守るものではない。政府が黙ることで守るものだ。

令和7年11月18日 首相官邸で日本銀行の植田和男総裁と会談を行う高市首相 首相官邸HPより

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