トランプ米大統領は2025年3月27日、「米国史における真実と健全さの回復(Restoring Truth and Sanity to American History)」と題された大統領令14253号に署名した。米国から反米的な歴史観を排除して肯定的な歴史教育を推進することを目的に掲げ、米国の歴史を否定的に伝えるのではなく、偉大な歴史として肯定的に伝えるよう政府機関に求める通達だ。

「宗教自由委員会報告書」の発表中に記者会見で語るトランプ大統領、ホワイトハウス公式サイトから
この大統領令に対しては、歴史の多様な側面や事実の修正につながるとして懸念の声も聞かれる。歴史家のヨハネス・ファイヒティンガー氏は、「米国建国250周年」への寄稿の中で、「トランプ氏は、多くの西側民主主義諸国に見られるような『記憶の文化』(過去を省みる文化)」を米国から排除し、代わりに国家への愛国心を強化しようとしている」と指摘し、「時代錯誤な歴史観」と酷評している。
同令では、「わが国の比類なき遺産は……人種差別的、性差別的、抑圧的であり、取り返しのつかない欠陥があるものとして描かれてきた」と振り返り、「今後は批判的な自己省察から視点を転換し、アメリカ国民の功績と進歩の偉大さを称揚することで、国家への愛国心を高めることが求められる」と要請している。
ファイヒティンガー氏によると、「トランプ氏は現在、記憶の文化から決別し、1980年代まで主流だった歴史的ナラティブ(物語)へと回帰しようとしている。それは、すべての市民が自由で平等であると謳い、進歩と成功を目指す共和国というイメージだ。奴隷制や人種隔離の歴史は概して省みられず、ワイルド・ウェスト(無法の西部)」における血塗られた征服は、文明化の使命として解釈されている」というのだ。。ちなみに、英雄的なアメリカというビジョンを掲げた最後の米国大統領は、トランプ氏が尊敬するロナルド・レーガンだ。
一方、ドイツでは「記憶の文化」という表現が定着している。「記憶の文化(ドイツ語:Erinnerungskultur 」という表現は、1990年代以降のドイツの歴史学や文化科学の議論の中で定着した学術的・政治的な概念だ。実際の政治や社会において、この言葉は「ナチス・ドイツによるホロコーストなどの負の歴史から目を背けず、反省とともに記憶し続ける取り組み」の代名詞として使われてきた。「歴史に一線を画して忘れるのではなく、過去の過ちを社会共通の記憶として刻み、民主主義の土台にする」というドイツの姿勢そのものが「記憶の文化」と呼ばれている。
トランプ氏の大統領令により、米国に定着していた「記憶の文化」は存続の危機に直面する。なぜなら、奴隷制、人種隔離、先住民の組織的な追放や絶滅といった米国の歴史の「暗部」が、学術界、学校教育、博物館の展示から排除されることになるからだ。歴史家たちは、トランプ氏のこの大統領令を、学問の自由に対する攻撃であり、検閲行為とみなしている。
ところで、ポーランド政府は今月11日、第二次世界大戦中にヴォルィーニ(ヴォルィニヤ)地方でウクライナの武装勢力によって行われた虐殺の犠牲者を追悼する記念碑を建立すると発表した。トゥスク首相は、「ヴォルィーニ追悼の日」に合わせたビデオメッセージの中で、「ワルシャワに記念の壁を建立し、そこには『永遠の炎』を灯すとともに、身元が特定されたすべての犠牲者の名前を刻む」と述べた。
ポーランド側の資料によると、1943年から1945年にかけて、ウクライナ蜂起軍(UPA)がヴォルィーニ地方で数万人のポーランド系住民を虐殺した。歴史家らは、死者数は最大で10万人に上ると推定している。
トゥスク首相はビデオメッセージの中で、UPAによる暴力行為を「ウクライナの民族主義者」によって実行された「ジェノサイド(集団殺害)」と表現した。ヴォルィーニ地方は1939年までポーランド領でしたが、独ソ不可侵条約によりウクライナ・ソビエト社会主義共和国へ編入されました。現在、この地域はウクライナ西部に位置している。
第二次世界大戦の歴史的遺産をめぐるワルシャワとキーウ(キエフ)の間の長年の対立が、ここ数週間で激化してきている。5月下旬、ウクライナのゼレンスキー大統領がウクライナ軍の部隊名にUPA(ウクライナ蜂起軍)の名を冠したことで、ポーランド国内で激しい反発を招いた。その結果、ポーランドのナヴロツキ大統領は、かつてウクライナの大統領に授与されたポーランド最高位の勲章を取り消した。
親欧米派のトゥスク首相は、ウクライナ側に改めてこれらの虐殺事件と向き合うよう求めた。「記憶と真実は、憎悪や軽蔑のない、より良い未来を築く助けとなるものでなければならない」と述べている。
第1次、第2次の世界大戦の舞台ともなってきた欧州では各国,各民族は様々な「記憶の文化」を抱えている。問題は歴史の「記憶」と言っても決して一律ではないことだ。
ウクライナ蜂起軍(UPA)の歴史的評価について、ウクライナでは独立のために戦った「英雄」として名誉回復が進む一方、ポーランドでは反ソ連の立場に理解を示しつつも民間人虐殺の責任を問う声が根強い。ロシアはこれを「ナチス協力者」の例として利用し、ウクライナ侵攻の正当化に活用している、といった具合だ(「ナブロツキ大統領「勲章を返せ!」2026年6月22日参考)。

米国が建国250年の筋目を迎えたこともあって、メディア界でも歴史的討議が盛んだ。「英雄的な歴史観」から、奴隷制などの「民族の負の遺産」をも内包する「記憶の文化」まで、様々な歴史観が報じられている。
最後に、移民問題などでトランプ大統領と対立している米国人教皇レオ14世の見解を少し紹介する。教皇はアメリカ国民に向けて「建国250周年記念書簡」を発表している。
教皇は、1776年7月4日に行われた独立宣言の署名を、自身の祖国の歴史における極めて重要な瞬間――「自由、平等、幸福の追求、正義、そして民主的な自治という理想に、永続的な声を与えた瞬間」――と高く評価。そして書簡の後半で「何人も、自らの良心に従って祈り、強制や恐れを抱くことなく公然と信仰を実践する権利がある。信教の自由こそアメリカの理念の核心である。それは、個人の尊厳と、多様な人々の平和的共存の双方を守るものだからだ」と強調している。米国の建国が「信教の自由」という理念から誕生した、というのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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