今や当たり前になった社外取締役制度。端的に言えばオタクの会社に外からやってきて月1回程度の出社ながらも様々なことについて議論して時として社長も屈するような事態になるわけです。もちろん、世の中、様々な会社があり、忖度の塊のような企業では社外取締役を含めYES MANで側近を固めて社内天皇になっているケースも未だにあるのでしょう。そこに「悪は許されぬ!」と正義感で道を正す、なんていうのはまるで時代劇を見ているような気すらするのであります。

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私も北米の企業の株を所有しているので株主総会の時期になると冊子が送られてきます。基本的には取締役候補の横顔と過去の報酬が記載され、それぞれの取締役候補がどのような能力を持っているかを〇✖式で表記しています。能力については概ね10項目程度(財務、会計、ガバナンス…といった分野)についてほとんどの候補には7-8割程度の〇がついています。私からすれば「本当か?一体何を基準に〇✖をつけているのだ」と「やっている感」を一生懸命見せる企業側のプレゼンテーションに笑いすら感じるのであります。
日本には社外取締役が11000人ほどいるとされます。誰がなるのか、と言えば企業の役員経験者、弁護士、元官僚、学者あたりが主流です。私なんか逆立ちしても声がかかりません。理由は大企業の組織文化に疎く、企業ネームバリューがないいからであります。なら学者も同じだろう、と言いたいのですが、学者には〇〇大学教授という肩書があります。結局思うところは社外取締役の横顔における肩書やキャリアで判断しているのだろうと思います。ならばそれら方々が本当に社外取締役として実力があるのかはわからないのです。
特に企業の役員経験者の場合、新入社員時代から企業に奉公して、粘り勝ちをした方も多いのです。粘り勝ちと実力勝ちは違うのです。また一企業のやり方に精通していても他の会社でそれが通用するわけでもないのです。要はシリアル アントレプレナーのように経験豊富で何でも知っている経営の鏡のような方がごろごろ転がっていることは少ない、これが私の見立てです。
とすれば何が起きているのでしょうか?会社側からはせいぜい1-3名程度しか取締役にならないわけですから会社側はいかに社外取締役に「ご理解を頂くか」これが全てになるわけです。そこに真の意味での議論がある場合もあるし、シャンシャン的なこともあるでしょう。そもそも社外取締役の出社日数は月に1日程度であとは送られてくる書類との格闘です。しかし、会社が準備する書類にどこまで記載されているかはわかりません。そんなのは実際に現場に行かねばわかるわけない、あるいは現場の主任や課長と直接話すしかわかり様がないのです。ですが、社外取締役の報酬は200万円から1500万円程度で数社掛け持の方も多いのです。するとどうなるか、といえば「そんな時間ありません」ですよね。
報酬が高いか安いか、これは貰う方の意識の問題です。自分の価値を極めて高く考える方は「これぐらいしか貰っていないのに責任ばかり取らされるのはたまったもんじゃない」とつぶやいている人もかなりいると思います。私からすればそんな報酬ごときでグズグズ言う人はカスだと考えています。
私の社外取締役の位置づけはオンブズマン的位置づけではないのです。社内の間違い探しをするのではなく、その会社の活性化に愛をもって当たるということです。「どうせ任期は1年で毎年、俺の首もどうなるかわからないからな」というような人は排除すべきです。
今年、日産の株主総会で社外取締役でみずほ銀行から来られていた方が否認されました。このケースなど銀行が恥も外聞も見境もなく「日産はみずほは一体です」と言わんばかりであり、公平性の観点も何もあったものじゃないのです。日本における企業と銀行の関係においてかつては銀行から役員が来たといえば嫌がったものです。そして私も経験がありますが、銀行からの役員は基本的にスパイであり、銀行の方針を会社に強いる嫌な奴であります。銀行マンのモノの見方はその会社が良くなり、儲かるかではなく、銀行が儲かるか、だけなのです。酷いものです。
社外取締役はいいことだ、と言うのは形骸化しているケースもあります。もちろん、機能しているところが大半だと信じていますが、適材は少ないのが実態でしょう。私の知る方も社外取締役を複数社やっていますが、正直、申し上げるとかつてその人がやった事業は不振のあげく畳みました。「あの人がやったら会社潰すよな」というレベルです。この問題は奥が深いのであります。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年7月17日の記事より転載させていただきました。







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