皇室典範の改正をめぐる騒動は、あらためて象徴天皇制の空洞化を実感させるものだった。憲法のコアは第9条ではなく第1条である。日本が「国民主権」の国だという規定は、憲法の本文にはこの1ヶ所しかない。
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
日本は国民主権のはずなのに、なぜ第1条が「天皇」なのか。大事な国民主権が、天皇を制約するオマケのような言葉として出てくるのはなぜか。そもそもなぜ憲法に「象徴」という文学的表現が出てくるのだろうか。

マッカーサーと昭和天皇
連合国は天皇制の廃止を求めた
敗戦直後、天皇制の存続は保証されていなかった。ポツダム宣言は日本の最終的な政治形態を日本国民が自由に表明した意思によって決めるよう求めたが、日本政府は天皇主権を維持したまま、議会の権限を多少拡大する憲法改正案(いわゆる松本案)を出した。
GHQはこれを拒否して独自に憲法を起草したが、GHQも天皇制を廃止したくなかった。マッカーサーは1946年1月25日、「昭和天皇を起訴すれば日本社会が混乱し、大量の占領軍を長期間投入しなければならなくなる」として、天皇の訴追に反対する報告を米本国に送った。
しかし連合国の最高意思決定機関だった極東委員会では、ソ連やオーストラリアなどが昭和天皇の戦争責任を追及し、天皇制の廃止を求めた。マッカーサーが短期間で憲法草案を作らせた背景には、極東委員会が指令を出す前に、新憲法の枠組みを既成事実化する意図があった。
「元首」から主権なき「象徴」へ
マッカーサーが最初に示した原則では、天皇は国家の元首とされ、GHQ民政局の初期案にも「日本国は一系の天皇によって君臨される」という表現があった。しかし君臨という言葉は、日本語では統治という意味に受け取られかねないとして削除された。
その後に残ったのが、第1条の規定である。昭和天皇は「元首」という言葉を望んだようだが、GHQに却下された。「象徴」は日本の伝統的な天皇観から自然に出てきた言葉ではなく、天皇に統治権がないことを明確にするGHQ側の法技術だった。
憲法1条だけでは天皇が何をする人なのかはよく分からないが、その意味は4条と合わせて読むと明確になる。「天皇は、国政に関する権能を有しない」。つまり象徴は天皇に新しい政治権限を与える言葉ではなく、天皇から権力を剥奪するための地位なのだ。
「国民主権」はオマケで入った
これを保守派は「天皇を中心とする国体は続いている」と説明し、第1条の原案は「…この地位は、日本国民の至高の総意に基く」となっていた。天皇主権を否定したくないので「至高の総意」という表現でお茶を濁したのだ。
「世襲」も天皇の政治化を防ぐ装置だった
憲法第2条は「皇位は世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と定めている。これも象徴天皇制を政治から切り離すための重要な装置だった。
この規定の意味は、単に日本の伝統を確認することだけではない。天皇を国民投票や国会の指名によって選ぶ制度にすれば、候補者をめぐって政党や政治勢力が争い、天皇が特定の政治的立場を代表する存在になりかねない。
選挙で選ばれた天皇であれば、本人が政治的権限を持たなくても、「国民から直接選ばれた」という民主的正統性を主張できる。それは国会や内閣とは別の政治的権威を生み、象徴天皇制の前提を揺るがすことになる。
そこで、天皇の地位は国民の総意に基づくとしながらも、個々の天皇を国民や国会が選ぶ仕組みにはしなかった。皇位継承をあらかじめ血統上の規則に委ねることで、国会で多数派が天皇を選ぶ余地を封じたのだ。
麻生氏の妹が養親になるネポティズム
今回の養子案はこの世襲の原則を破り、皇室典範の「養子の禁止」という規定に例外を設けるもので、その養子の選択に政治が介入する余地を残す。これは象徴天皇制を否定し、皇室を政治の道具にする制度である。
内閣法制局は「養子は憲法2条違反ではないか」という質問に対して、今回の養子は「皇室典範の定めるところ」だから違憲ではないという苦しい論法で擁護しているが、これは日本政府もGHQも恐れていた養子の政治利用である。
今のところ「旧宮家の独身男性で15歳以上」という条件を満たす候補は、5人しかいない。彼を養子として迎えるには皇室と本人の同意が必要だが、国会の同意は必要ない。果たして36親等も離れた他人を養子とすることに、国民の合意は得られるのだろうか。
象徴天皇制は、終戦直後の混乱の中で、日本政府とGHQの妥協の産物として生まれた脆弱な制度である。それは一方では連合国の天皇制廃止の圧力を防ぎながら、他方でその権限を奪い、皇位継承にも政治が介入できないようにした。
それを堂々と破り、自民党の麻生副総裁の妹が養親になりうる制度をつくるのは、政治介入を超えてあからさまなネポティズム(縁故主義)である。戦争責任を負うべき天皇を免罪する代わりに政治から隔離する危ういバランスの上につくられた象徴天皇制は、もう終わったのだ。







コメント
第一に、「政治権力を持たないこと」と「制度が空洞であること」を同一視している点です。政治権力を持たない君主は日本だけではありません。制度的に最も日本に近いのはスウェーデンです。1974年の統治法(政体法)改正により、国王の政治的権限は制度上ほぼ完全に取り除かれ、首相の選定は国会議長が主導し、国王には首相任命権すらありません。それでも国王は国家元首として議会開会、儀礼外交、外国賓客の接受、国家と国民の継続性を体現する役割を担っています。イギリス国王にも首相任命・法律裁可・議会開会といった形式的権限が残りますが、下院多数派と内閣の判断に拘束され、政治的中立を保ちます。デンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギー、スペインも程度の差こそあれ「議院内閣制+象徴的君主」の組合せです。
つまり「象徴君主」は終戦直後のドタバタが生んだ脆弱な張り子ではなく、各国が長い歴史の中で到達した、きわめて合理的で強靭なモデルなのです。国民統合、国家の継続性、儀礼外交、災害時の慰問、戦没者慰霊といった機能は、行政権・立法権とは別次元の社会的機能であって、権力がないことをもって「空洞」と断ずるのは論理の飛躍です。むしろ日本の象徴天皇制は、これらの国々が到達した構造を「元首」の語すら避けてより徹底・明文化した、完成度の高い制度と位置づけられます。
第二に、「国民主権と世襲君主は意味不明な組合せだ」という批判は、国民主権概念そのものを誤解しています。スウェーデンも「すべての公権力は国民から発する」と定めながら、世襲の国王を国家元首として残しています。主権が国民にあるとは、国家権力の最終的な正統性が国民全体に由来するという意味です。だからこそ憲法第1条は、国民主権が天皇に付け加えられた「オマケ」なのではなく、「国民主権だからこそ天皇の地位も国民の総意に基づく」という論理構造として読むのが自然です。主権を持たない君主がデモクラシーの下で正統性を得るための先進的な構成であって、冷笑されるべきものではありません。
第三に、養子案が直ちに第2条の「世襲」を破り、あるいは「ネポティズム」だとする断定です。今回の対象は政治家が自由に選ぶ一般人ではなく、旧11宮家の皇族男子の男系男子子孫に限定され、しかも養子本人には皇位継承資格を認めない制度です。養子となった瞬間に政治的選択で天皇候補が誕生する仕組みではありません。第2条自体、皇位は世襲であり継承方法は国会が議決した皇室典範で定めるとしています。「養子」という一語だけで明白な違憲や象徴天皇制の否定と断ずることはできません。
「麻生氏の妹が養親になりうるからネポティズム」という主張も、言葉が先走っています。ネポティズムとは、権力者が公的権限を利用して自らの親族に地位や利益を与えることです。信子妃殿下は結婚以来長年にわたり皇族として活動されています。麻生氏が候補者を選定し親族に利益を供与する仕組みだという証拠がない以上、「妹である」という一点のみで縁故主義と断ずるのは、制度批判ではなく印象操作に転じてしまいます。
いま本当に問われているのは、次世代へ安定的に継承できる制度を構築できるかどうかです。
象徴天皇制が終わったのではありません。戦後民主主義と天皇制が統合されて日本流の究極の人間統治システムが完成しているのです。
人間は判断を誤るよう知能が作られています。物を売買した後必ずどちらかが損をするか儲かるかになります。判断を誤る人がいない
と売買は一方方向にのみ動き成立しません。人間社会はなりたたないのです。
人間の統治システムは判断を間違えない神と間違える人間との並列の統治システムでないと機能しません。国家は統一神と民主主義が
並立して機能します。国民統合の基軸になりえるのは判断を間違えない絶対神(一神教)以外にはないのです。多様な文化天皇論をい
くら考えようと基軸にはなりえません。日本の天皇家は国生みの神話から始まり神の領域の権威と権力両方をもつ形で始まりました。
しかし歴史とともに天皇家の意思に反し権力を手放した一神教(国家の象徴)として進化してきたのです。悩みや頼みごとは多神教で
補い天皇は国家国民の平穏無事を祈り見守る国家国民の統合の象徴として歴史的に存在しています。絶対神は間違わないことが必須の
条件です。人間が介添すれば必ず判断を誤ることが出てきます。其のため天皇は人間の統治システムの判断に対する一切の発言はしま
せん。欧米のように神と人間の統治システムがはっきり並列であればわかりやすいのですが日本の場合人間の統治システムの中に神
(国家の象徴)が入り込んでいるので仕組みがわかりにくくなっているだけです。
今回の決議が国民の総意となっていないと叫んでも逆に愛子天皇になっても言えることで何の理屈にもなりません。
国民の総意とは民主主義の人間の統治システムでは立法府の議会での多数決でありその決定に天皇は意見を述べないことでどちらの判
断にも加わらないことが国民の総意そのものなのです。天皇の御心を考えると言って自己理屈を正当化する言動そのものが天皇を政治
利用しているのです。確りとした民主主義体制と神の権威をもつ象徴天皇制が日本国家国民の統合に最も有効なシステムです。