ウクライナ軍指導部交代は「喧嘩両成敗」

ウクライナのゼレンスキー大統領は21日、オレクサンドル・シルスキー軍総司令官を解任し、その後任にミハイロ・ドラパテイ少将を指名したことを明らかにした。今回の軍トップ人事は、国民的人気のあったミハイロ・フェドロフ国防相が事実上解任されたことに抗議する国民のデモが国内各地で6日間にわたり行われたことを受け、ゼレンスキー大統領が軍の指導部交代に乗り出した結果だ。

軍トップの交代を発表するゼレンスキー大統領、ウクライナ大統領府公式サイト、2026年7月21日

ゼレンスキー大統領は21日、国民向けの演説で今回の軍トップの人事の経緯を説明し、「ミハイロ・ドラパティ氏をウクライナ軍の新たな総司令官に任命することを決定した」と報告。退任するシルスキー氏については「キーウ防衛、ハルキウでの反攻作戦、そしてクルスク作戦においてウクライナのために成果を上げた。私たちは長い道のりを歩んできた。ウクライナの防衛戦は続いており、すべての兵士は尊厳をもって遇されるべきだ。前線におけるウクライナの強固な態勢を築いたシルスキー氏とすべての兵士に感謝の意を表する。また、このビジョンを共有してくれたミハイロ・ドラパティ氏にも感謝する」と述べ、今回の軍トップの交代劇が円満に行われたことを強調した。

ゼレンスキー氏はまた、「ミハイロ・フェドロフ氏とも会談を行った。私は彼に対し、国の技術力を結集し、その継続的な発展を確実なものにできるような、ふさわしい指導的地位を提案した」と述べ、「我々の願いは皆同じだ。それは敵を打ち負かし、前線での戦いとロシアへの圧力行使を通じて、ロシアを和平へと追い込むための条件を作り出すことだ」と説明、軍指導部の結束と連帯を呼び掛けた。

今回の軍指導部の交代劇はミハイロ・フェドロフ前国防相の突然に解任から始まった。フェドロフ氏は今年1月に国防相に就任してまだ半年余りに過ぎなかった。フェドロフ氏は14日、オンラインサービス「テレグラム」上で、「国防相としてウクライナ国民に奉仕できたことは名誉だった」と述べ、解任されたことを明らかにしている。国防相だったフェドロフ氏とシルスキー軍総司令官との間に対立があったと言われた。

フェドロフ氏は2019年の選挙でゼレンスキー氏のメディア戦略を主導し、その後、新設されたデジタル変革省のトップに就任した。長らくゼレンスキー氏の側近として知られてきた。国防相に就任してからは、混乱状態にある国防省の抜本的な改革に乗り出し、無人機によるロシア攻撃を主導。ロシアの長距離ドローンをより低コストかつ効果的に迎撃できるようになった。ロシア本土や占領下のクリミアに対するウクライナ軍の成果はフェドロフ氏の功績でもある。

ゼレンスキー大統領は21日の演説の中で、フェドロフ氏に対し、国の技術部門を率いる「適切なポスト」を提示したと述べた。なお、エフゲニー・フマラ保安庁長官代行が暫定的に国防相の職務を引き継くことが決まっている。

なお、新たに就任した43歳のドラパティ氏は「新世代のジェネラル」として軍内部や市民、改革派からも高い期待と支持を集めている。ロイター通信によると、新総司令官のドラパティ氏については「新世代の指揮官」として国民や退役軍人から好意的に受け止められているという。

ちなみに、欧州の代表的な主要メディアは、戦時下の「政治危機」や「新旧世代の衝突」という見出しでウクライナ軍のトップ交代を報じている。

ドイツ公共放送のドイチェ・ヴェレ( DW )News は、今回の人事刷新を「開戦以来、最大規模の軍指導部の権力闘争」と表現し、ソ連型軍事教育を受けた「戦争の英雄」シルスキー氏(守旧派)と、無人機戦を主導した「テックの神」フェドロフ氏の世代対立を詳細に分析。「国民の大多数がフェドロフ氏の更迭に反対し、激しい抗議を行ったことで、ゼレンスキー大統領は欧州指導者らからの『結束を維持せよ』という強い圧力に直面せざるを得なかった」と報じた。

また、デモという世論の圧力が戦時下の決定を覆した(民主主義の証明)一方で、ゼレンスキー大統領の政治的基盤の弱体化や、文民統制の後退が懸念される、といった論調も聞かれる。

いずれにしても、シルスキー氏は軍総司令官のポストから退任を強いられ、フェドロフ氏は国防相という立場から解任された。その結果を見る限りでは、ゼレンスキー氏の人事は、典型的な「喧嘩両成敗」だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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