優秀な社長ほど会社を壊す?「見えない仕事」が消えるとき

その会社は、誰で回っているのか

7月に帝国データバンクが公表した2026年上半期の倒産集計は、5,335件と4年連続の増加でした。なかでも人手不足倒産は227件と上半期の過去最多を更新し、その約8割を従業員10人未満の会社が占めています。見落とせないのは中身です。社長ではなく、従業員の退職が引き金となる「従業員退職型」の倒産が増え続け、2025年度は118件と過去最多でした。

人が辞めて、会社が終わる。この統計を「人手不足」と読むのは正確ではないと、私は考えています。これは、記録されない仕事が社員一人ひとりに薄く沈んでいたことの統計です。そして事業再構築の現場で見る限り、その沈み込みを生む震源は、多くの場合、社長の優秀さにあります。

優秀な社長は、自分の中に確かな「本質」を持っています。現場の報告を聞けば、要点はすぐにつかめる。細部の違和感や痛みは些末に見える。だから、自分の解釈で即断します。判断は速く、たいてい正しい。誰も反論しません。

このとき現場で起きているのは、納得ではありません。面従腹背です。言われればやります。しかし、言われるまでは動きません。意見を上げても採用されない。下手をすれば怒られる。それを2度、3度経験した社員は、黙って従うのが一番安全だと学習します。優秀な社長の会社ほど、会議は静かです。

しかし、社員が黙るのは口だけです。仕事は今日も続いています。声にならなくなった実情は、消えるのではありません。非公式の場所に沈むだけです。

誰に聞けば早いか。どう通せば揉めないか。この図面の癖は何か。言葉にされないまま、一人ひとりが薄く、小さく、何かを担っていきます。多く担う人もいれば、ほんの少しの人もいる。しかし、ゼロの人はいません。

こうして会社は、組織図に書かれた仕事と、誰にも記録されない無数の小さな担いの二層で回るようになります。

危ないのは、社長への依存ではない

つまり、優秀な社長の会社の急所は、社長でも、特定のキーマンでもありません。特定の誰かなら、まだ守りようがあります。本当の急所は、全員に薄く分け持たれたこの見えない層そのものです。

人が辞めるとき、引き継がれるのは組織図に書かれた仕事だけで、その人が黙って担っていた小さな何かは、一緒に会社を出ていきます。1人分なら誰も気づきません。しかし、退職が続けば、層は確実に擦り切れていく。冒頭の「従業員退職型」の倒産は、この層が破れた会社の数だと、私は読んでいます。

私が入ったある製造業の会社もそうでした。技術に明るい社長が何でも即断する会社で、数年の間に現場の中堅が数人入れ替わっていました。引き継ぎは毎回きちんと済んでいます。それでも、人が替わるたびに何かが少しずつ噛み合わなくなりました。

確認が宙に浮く。手戻りが増える。納期がずれる。やり直しが受注を削り始めたとき、原因を1つに特定できた人は社内にいませんでした。当然です。原因は1つではないからです。引き継ぎ書に載らない小さな担いが、退職のたびに会社から抜け落ちていたのです。

再構築で最初に行ったのは、この会社が実際には、誰のどのような担いによって回っていたのかを、組織図の外側で描き直すことでした。「聞けば分かる」を「聞かなくても分かる」に変えていく。そしてもう1つは、実情が声にならない構造を作っていたのは自分だと、社長に認めてもらうことでした。

ドラッカーは、「意見の不一致がないところでは意思決定を行うべきではない」とまで言っています。私は現場で、こう言い換えて使っています。反対意見の出ない会社では、実情は見えない層に沈み、そこに会社の命運が積もっていく。それを言葉にして、個人の力を組織の力(ケイパビリティ)に変え続けることが、経営の仕事だと。

だから、経営者が自らに問うべきことは2つです。自分に本当のことを言える社員が何人いるか。そして、社員が黙って担っているものを、自分はどれだけ言葉にできているか。それが見えないのは、社員が隠しているからではありません。社長が優秀だからです。

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