「番号」を数えていた私と、「人」を見ていたフランス人

結論から書く。フランス人は、順番を覚えていない。人を覚えている。

これに気づくまで、私は何年も無駄な努力をしていた。

服の色作戦、惨敗の記録

例の「並ばない待合室」を攻略するために編み出したのが、服の色作戦だ。到着した時点で、自分より先にいた人を、服の色と番号でセットにして覚える。

1番はピンク。2番は青。3番は茶色とクリーム。4番は……

と唱えている途中で、1番のピンクが部屋に入る。

更新。青が1番。茶色クリームが2番。えーと、4番は。

更新が終わらないうちに、新しい青い服が入ってくる。しかもその人は、1番の青と2番の茶色クリームの間に座った。

青が被った上に、私より後の人間が前の集団に紛れ込んだ。もう無理だ。

こんな調子で、私の作戦はいつも失敗した。何年経ってもクリアできない課題。順番待ちがトラウマになりかけていた、と言っても大げさじゃない。

答えは、ちゃんと列がある場所にあった

皮肉なことに、ヒントは「並ぶ場所」で見つかった。スーパーのレジだ。

ここは日本と同じ。並べばいい。前の人が終われば自分の番。覚えることなど何もない。私にとっては休息の時間ですらあった。

ただ、日本ではあまり見ない習慣が一つある。

「どうぞ、先に行って」

前の人が、後ろの人に順番を譲るのだ。珍しくない。しょっちゅう見る。優しいなあ、素敵だなあとは思う。思うけれど、ずっと引っかかっていた。順番は順番じゃないのか。譲ったら、並んでいる意味がないのでは。

夫の答えが、全部ひっくり返した

ある日、夫とレジに並んでいたら、後ろに来た40代くらいの男性に夫が言った。

「お! 先にどうぞ、どうぞ」

男性は笑って「あぁ~、ありがとう!」と前に入っていった。あまりに自然で、澱みがない。

私は聞いた。責めてるわけじゃなくて純粋に知りたいだけなんだけど、と前置きして。日本との違いを聞かれると、この人は張り切る。案の定、ニコッと笑って答えてくれた。

「彼、サンドイッチと飲み物だけ持ってただろ? 僕たちはカートいっぱいだ。彼の会計なんて10秒で終わる。先に通したって、こっちは何も変わらない。それにさ、サンドイッチと飲み物だけって、たぶん仕事が長引いて、昼休みが短くなって、慌てて食べようとしてるんじゃないかな。少しでも助けになれたら、うれしいじゃないか」

……見ていたのか。

私は、後ろに誰が並んでいるかなんて、気にしたこともなかった。何を持っているか。何歳くらいか。どんな顔をしているか。一度も。

そこでハッとした。あの待合室でも、私は人を見ていなかった。

見ていたのは服の色だ。それも、その人の服装としてではなく、記号として。ピンク、青、茶色。私は人間を色分けして番号を振っていた。そりゃ覚えられないはずだ。青が二人来ただけで破綻するのだから。

順番を「番号」だと思っていた

前に三人いれば、私は4番目。一人終われば3番目。数字が減っていくだけの管理作業。

フランス人は、そう見ていない。

誰が前にいて、誰が後ろにいるか。その人はどんな様子か。急いでいそうか、余裕がありそうか。生活の匂いごと、人として記憶している。

だから椅子がバラバラでも見失わない。番号は席の配置に依存するが、人は人のままだからだ。

そして同じ理由で、譲れる。相手を人として見ていれば、その人の事情まで想像が届く。想像が届けば、譲るのは自然な動作になる。

順番を守る技術で、日本人は世界一かもしれない。だが守っているのは、もしかしたら列という形式のほうなのかもしれない。あの人たちが守っていたのは、そこに立っている人間だった。

……と、きれいにまとまりそうになったので、最後に白状しておく。

あれから何年も経つが、私はいまだに待合室で順番を間違える。人を見ようと意識はしている。しているのだが、気づくと服の色を数えている。

三つ子の魂、というやつだろうか。

※ここでは、本編のエピソードをラノベ調コラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

フランス人の気楽な働き方、全力の休み方』(トレオレル 美智子 著)フォレスト出版

<書籍評価レポート>

■ 採点結果
【基礎点】  39点/50点(テーマ、論理構造、完成度、訴求力)
【技術点】  21点/25点(文章技術、構成技術)
【内容点】  18点/25点(独創性、説得性)
■ 最終スコア 【78点/100点】
■ 評価ランク ★★★ 標準的な良書
■ 評価の根拠
【高評価ポイント】
完成度:流れに破綻がなく、書籍として非常によく仕上がっている。「順番は番号ではなく人である」という着地点は、フランスという舞台を離れても成立する射程を持つ。他者への想像力という主題への収束が自然である。

訴求力:目新しい題材ではないにもかかわらず、読後感は新鮮である。日常の些末な違和感を起点に据えた導入が、読者の関心を切らさずに保っている。具体的な場面提示が的確で、説明に頼らず読ませる筆力がある。

【課題・改善点】
説得性:記述の大半が著者個人の観察に基づいており、フランス社会の一般的傾向として提示するには根拠が不足している。地域差・世代差・都市部と地方の違いへの言及がない。

論理構造:夫という単一の証言を、フランス人全体の思考様式へ拡張する飛躍がある。エピソードの説得力は高いが、一般化の手続きが省略されている。裏付けの不足が、総合評価を80点未満に留めている最大の要因である。

■ 総評
フランス人の順番待ちという極小の題材から、他者への想像力という普遍的な主題へ着地させた構成は見事で、書籍としての完成度は高い。夫の一言による反転という流れに無理がなく、読み物として新鮮である。ただし着眼そのものに目新しさはなく、記述の大半が著者個人の観察に依拠している。

フランス社会の傾向として一般化できるかは検証されておらず、近年数多いこの種の異文化体験記に共通する主観性の域を出ない。裏付けの証左が示されれば、80点を超えてくる書籍である。

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