
6月1日、渋谷区は区内全域で、ポイ捨てをした人からその場で2,000円の過料を徴収する制度を始めた。最大60人の巡回員が24時間365日見回り、現金だけでなくキャッシュレス決済にも対応するという。

路上へのポイ捨てを擁護するつもりはない。しかし、ニュースを見て最初に浮かんだ疑問は単純だった。
その前に、ゴミ箱を置けばよいのではないか。
溢れるゴミ箱は「民度低下」の証拠ではない
日本では、ゴミ箱の周囲にゴミが積み上がると、「マナーが悪い」「ゴミ箱を置くとかえって汚れる」と語られがちだ。
だが、見方は逆ではないか。ゴミ箱の周囲までゴミを持ってきた人の多くには、少なくとも決められた場所へ捨てる意思があった。
溢れたゴミ箱は、ゴミ箱が不要である証拠ではない。設置数や容量、回収頻度が需要に追いついていない証拠である。
トイレに長い列ができたからといって、トイレを撤去すべきだとは誰も言わない。増設するか、清掃と利用効率を改善するはずだ。ゴミ箱だけが、利用されるほど撤去の理由にされるのはおかしい。
ゴミ箱を撤去しても、ゴミそのものは消えない。利用者が自宅まで持ち運ぶか、店舗が引き受けるか、清掃員やボランティアが路上から拾うかに変わるだけだ。
行政の帳簿から処理費用が減っても、社会全体の負担が減ったとは限らない。
行政のコストを、市民の「マナー」に付け替える
渋谷区は従来、「自分のごみは、自分で持ち帰る」ことを基本としてきた。しかし、コロナ禍後の来街者増加によってポイ捨てが急増し、従来の啓発活動だけでは環境を維持できなくなったと説明している。
そこで今回、個人への過料に加えて、渋谷・原宿・恵比寿周辺のコンビニ、カフェ、ファストフード店などにはゴミ箱の設置を義務付け、自動販売機の設置者にも回収容器を求めた。
販売した事業者にも一定の責任があることは理解できる。店舗への設置義務は、何もしないより前進でもある。
しかし、行政自身が公共ゴミ箱を十分に整備しないまま、商品を買った人には「持ち帰れ」、販売した店には「自費で回収しろ」、路上に捨てた人には「2,000円払え」と迫るなら、公共空間の維持費を個人と民間事業者へ転嫁しているだけではないか。
家庭ゴミを持ち込む人がいる。分別を守らない人がいる。テロ対策上問題がある。
ゴミ箱を置かない理由はいくらでも挙げられる。しかし、一部の悪用者がいることは、普通に使いたい大多数からインフラを奪う理由にはならない。
投入口の形状、監視カメラ、重点的な取り締まり、回収頻度の調整など、悪用だけを抑える方法を先に考えるべきだ。
監視と処罰には、惜しまず投資する
渋谷区の2026年度「きれいなまちづくり」予算は9億円である。ポイ捨て対策だけでなく、路上喫煙や落書き対策なども含むため、9億円すべてが巡回員の費用ではない。
それでも予算資料には、夜間を含む巡回パトロールの強化、指導員を25人から30人へ、啓発員を36人から46人以上へ増員する方針が明記されている。
過料の支払いにはキャッシュレス決済を導入し、「現場での徴収率を高める」という。
一方、清掃については、ボランティアへの支援を拡充するとしている。
行政職員や委託先を増やして市民を巡回・指導し、過料を確実に徴収する。その一方で、実際に落ちているゴミを拾う仕事は善意にも頼る。
この優先順位は倒錯していないか。
500箇所のゴミ箱を先に試してはどうか
仮に9億円を500箇所で割れば、1箇所当たり年間180万円、1日当たり約4,900円になる。
ゴミ箱の価格、容量、回収回数、処理費用によって実際の運営費は変わる。全額をゴミ箱へ使えという話でもない。
それでも、渋谷・原宿・恵比寿の重点地域へ500箇所を集中配置し、満杯センサーや圧縮式ゴミ箱を活用しながら、繁忙時間には複数回回収する実証実験は、十分検討に値する規模だろう。
主要動線に500箇所あれば、繁華街のポイ捨て対策として相当な密度になる。店舗や自動販売機の回収容器も加わる。
設置場所ごとの投入量、周辺のポイ捨て量、回収費用を公開し、効果の低い場所から高い場所へ移設すればよい。
それでもなお残る悪質なポイ捨てに対して、初めて過料を科せばよい。
必要なのは、最初から市民を善人と悪人に分けることではない。捨てる意思がある大多数の人が、無理なく適切に捨てられる環境を先に整えることである。
コロナ禍でも繰り返された構造
コロナ禍では、感染対策を理由に、公共施設や店舗のゴミ箱、トイレ、ベンチ、休憩所が次々と閉鎖された。
利用者には不便だったが、結果として管理者側は、清掃、消毒、監視、苦情対応の負担を減らすことができた。
感染対策が後退しても、撤去された設備のすべてが戻ったわけではない。今度は「テロ対策」「衛生」「悪用」といった理由が並ぶ。
しかし本質は、管理コストを誰が負担するかという問題ではないか。
問題を解決せず、利用者に我慢させる。インフラを削り、一部の違反者を理由に全員を不便にする。そして限界を超えた人を、マナー違反者として処罰する。
ゴミを回収する人ではなく、ゴミを捨てた人を探す人を増やす。これは環境政策というより、監視政策に近い。
ポイ捨てへの過料を全否定する必要はない。だが、行政が先に果たすべき仕事がある。
ゴミ箱を置く金はないが、捨てた人を捕まえる金はある――そんな倒錯した街づくりを「きれいなまち」と呼んでよいのだろうか。
人を監視する前に、ゴミを回収せよ。
【出典】
- 渋谷区「渋谷区ポイ捨て禁止ルール(ポイ捨て者への罰則について)」
- 渋谷区「ポイ捨てごみ対策を強化します」令和8年5月1日号
- 渋谷区「8年度予算が決まりました」令和8年4月15日号
- 朝日新聞社「ポイ捨てごみ対策への罰則 渋谷区が2026年6月から適用 事業者にも」







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