
土用の期間中、「今年はうな重、食べた?」という会話も聞こえてくる。
そういえば、駅前でも、住宅街の一角でも、最近「うな重」の看板を見かける機会が増えた気がする。以前は特別な日にしか食べなかったうなぎが、なんだか身近な存在になってきた。
これは、うなぎの人気が急に高まったからなのだろうか。
人気だけでは説明できない理由
結論から言うと、うなぎ屋が増えた理由を「うなぎの人気が急に高まったから」の一言で片付けるのは早計かもしれない。増えたのは、うなぎを食べたい人の数ではなく、うなぎ屋を「始められる人」の数だろう。
うなぎ調理は昔から、職人技の象徴のような存在だった。「串打ち三年、裂き八年、焼き一生」という言葉があるほど、一人前になるまでに長い年月がかかる仕事とされてきた。この習得の長さこそが、うなぎ屋という商売への高い参入障壁になっていた。
一番難しい工程は、どこに消えたのか
ところが今、新しく増えている店の多くでは、この構造が変わってきている。下ごしらえから、蒲焼きへの加工までを済ませた状態のうなぎが、店に届くようになった。
店側がやることは、それを焼いて仕上げ、盛り付けるだけ。長年の修業を必要とした工程が、店の外——多くは海外の加工場——で完結するようになったのだ。
その結果、こうした仕組みを使えば、飲食業の経験がまったくない人でも、短期間の研修だけでうなぎ屋をオープンできるようになった。
私たちが「専門店らしい」と感じる部分(メニュー、盛り付け、店構え)はそのままに、一番手間とコストがかかる部分だけが、見えない場所に移された。
街でうなぎ屋をよく見かけるようになったのは、こうした背景があってのことだろう。
同じことは、うなぎだけで起きているわけではない
この現象は、うなぎに限った話ではない。数年前に一気に増えた唐揚げ専門店や、高級食パン専門店も、根っこは同じだ。
仕込みの負担を極限まで減らし、経験がなくても一定の完成度で商品を出せる仕組みを作ったことで、開業のハードルが一気に下がった。
つまり「〇〇専門店が急に増える」という現象を見たとき、私たちはつい「流行っているんだな」と受け取ってしまう。
しかし、実際に起きているのは、商品への関心の高まりではなく、その商品を扱える人の裾野が広がったということなのだろう。
「うなぎ屋」の裏側にある、本当の変化
うなぎ屋が増えた理由を「うなぎ人気」で片付けてしまうと、見えなくなるものがある。それは、これまで一部の職人にしか担えなかった専門性が、仕組みとして誰でも再現できるものに変わったという事実だ。
これは、中小企業や個人事業主にとっても他人事ではない。自社の商売の中で「これは自社にしかできない」と思い込んでいる工程には、実は外部化・仕組み化できる部分が隠れているかもしれない。
もしその部分を見つけられたなら、それを軸に事業を広げる武器になる。うなぎ屋が増えた背景にあるのは、まさにこの発想を実行した人たちの存在だった。
自社の強みは、「仕組み化して広げるべきもの」かもしれない、という視点を持つことが、この現象から学べる一番の示唆かもしれない。







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