モロッコ人がスペイン領に殺到する背景

北アフリカのモロッコに隣接するスペインの飛び地セウタに30日、31日の両日、約5万人の不法移民のモロッコ人が殺到。スペインのサンチェス首相は31日、「スペインの領土保全に対する攻撃だ」とし、セウタに軍隊を派遣し、現地の治安の鎮静化に乗り出した。スペインからの情報によると、「大量の移民殺到の背後にモロッコ政府の政治的な狙いがある」という。なお、セウタに殺到した半数以上のモロッコ人はスペインで(難民認定などの)法的地位を得る見込みがないと分かり、モロッコへ戻って行ったという。

大量のモロッコ人がセウタに不法入国、2026年7月31日、スペイン国営放送(RTVE)からスクリーンショット

大量の移民殺到を招いた要因について少し考えてみる。第1は、スペイン最高裁判所の7月の判決に関連している可能性がある。それによると「セウタや北アフリカにあるもう一つの飛び地メリリャに到達した人々を、直ちに送還することはできない」というものだった。この新たな法的状況が、モロッコ国境地域に住む多くの人々に「欧州の地を踏めるかもしれない」という希望を抱かせたというのだ。

コンプルテンセ国際研究所(ICEI)の政治学教授ルース・フェレロ氏は、「スペイン領に入る全ての人が法的支援を受ける権利があり、個別に状況を調査する権利があるといったふうに、最高裁の判決が誤解された結果だ」と説明している。

第2は、移民に関連する偽情報だ。「書類がなくても現在ならばスペインに入国できる」といった誤った噂が多くのモロッコ人の期待を助長した。若いモロッコ人は母国に将来の展望を見出せないためにリスクを冒す。モロッコでは、若年失業率は37パーセントを超えており、北アフリカで最も高い水準だ。

サンチェス首相は31日、「セウタで起きている現在の移民危機は、マフィアによる最高裁判決の不誠実な解釈に関連している。モロッコ当局との協議から、密入国を斡旋する犯罪組織が、自らに有利なように裁判所の判決を解釈し、それを広めていたことが明らかになった」と説明した。

スペイン国営放送RTVEによると、フェルナンド・グランデ・マルラスカ内相は、「今回の出来事は人身売買ネットワークのせいだ。彼らは司法判決を道具化して不法移民の流入を助長している」と批判した。

ちなみに、モロッコ人の労働者が日々セウタへ通勤する一方、多くのスペイン人が隣国モロッコで余暇を過ごしている。面積18.5平方キロメートルのスペインの飛び地には約8万5000人が居住しているが、住民の大多数は隣国モロッコの人々に対して好意的な見方を抱いているという。しかし、30日のモロッコ人の殺到は地元住民に大きな衝撃を与えているという。

第3は、政治的な要因だ。モロッコ政府がセウタにおける国境管理を意図的に緩めたのではないかという疑念だ。スペイン紙『エル・パイス』やその他の専門家らも、スペイン最高裁による最近の判決だけでは、現在の状況を完全には説明できないと指摘している。

モロッコ政府は2021年にも移民問題をスペインに対する政治的な「切り札」として利用したことがある。2021年5月にもモロッコ人がスペイン領セウタへ大量に殺到した。西サハラ問題を発端とするスペインとモロッコの外交対立が当時あり、モロッコ側が国境警備を意図的に緩めたことが移民殺到の直接主因だった。

もう少し説明する。アルジェリアの支援を受ける「ポリサリオ戦線」は、モロッコと深刻な敵対関係だった。そして「ポリサリオ戦線」は、モロッコが実効支配している「西サハラ」の独立を目指す武装組織・亡命政府だ。モロッコ政府にとって、同組織は「国家の主権と領土の一体性を脅かす最大の敵」だ。2021年4月、その「ポリサリオ戦線」の最高指導者ブライヒム・ガリ氏が、新型コロナウイルスに感染し重症化した。スペイン政府は人道的な理由から同氏をスペイン本土で治療を受けさせた。そのことがモロッコ側に発覚し、「スペインはモロッコの敵を守った」という理由から、そのわずか1ヶ月余り後の2021年5月、36時間という短期間に8,000人以上がモロッコからセウタへと越境するという事態が生じたのだ。今回のモロッコ人の殺到と酷似していることが分かる。

マドリードにある「現代アラブ研究センター」(CEARC)のハイザム・アミラ・フェルナンデス事務局長は、「過去の大量移民殺到にはパターンがある。モロッコ当局は国民を道具としてメッセージの伝達手段として利用している」と述べているほどだ。

なお、今回の殺到の直接の切っ掛けは、スペインのサンチェス首相による先週のアルジェリア訪問だ。両国は経済関係などが協議したが、モロッコの反発を招いた。モロッコとアルジェリア両国は独立して以来、険悪な関係が続いてきた。両国の関係は現在どん底の状態にあり、それゆえにサンチェス首相のアルジェリア訪問は、ラバト(モロッコの首都)にとって不快なものとして受け取られたのだ。

専門家によれば、スペインとマグリブ諸国(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)間の状況はしばしば「ゼロサムゲーム」と解釈されるという。「もしスペインがアルジェリアとの関係を改善すれば、それはモロッコにとって不利だと受け取られる。(スペインが)モロッコとの関係を改善すれば、それはアルジェリアに害を及ぼすと理解される」といった具合だ。

注・ドイツ通信(DPA)、オーストリア通信(APA)、BBC、スペイン国営放送(RTVE)などを参考にした。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年8月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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