京都市立中学校の部活動廃止で問われる公立学校と教員の「地力」と「覚悟」

京都市と京都市教育委員会は、市立中学校の部活動を地域のスポーツ・文化活動へ移行する「地域展開」の実施計画を公表した。計画では、現在の学校単位の部活動を将来的に「廃止する」と明記している。

【参照リンク】京都市立中、部活は「廃止」 日本教育新聞

部活動の地域移行は、教員の働き方改革という点では大きな前進だ。ただし、それだけで終わる話ではない。部活動という大きな役割を学校から切り離したとき、学校と教員は「それでは何を提供できるのか」という根源的な問いと向き合うことになる。

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2028年度、現在の部活動を終了へ

大きな転換点となるのは2028年度だ。現在の中学1年生が3年生となり、夏の大会を終えた段階を区切りとして、現在の学校単位の部活動を終了する。

その後は、スポーツや文化活動を学校だけで抱え込むのではなく、地域のクラブや団体などが担う仕組みに移していく。

背景には少子化がある。生徒数が減り、一つの学校だけではチームを維持できない競技も増えている。また、競技経験のない教員が顧問を務めたり、休日まで指導に追われたりすることで、教員の長時間労働を招いてきた。

こうした問題を考えれば、部活動を学校から切り離すことには合理性がある。

部活動が担ってきた「授業以外の教育」

一方で、部活動は単なるスポーツや文化活動ではなかった。

教員と生徒が授業以外の場で長い時間を共有し、目標に向かって努力したり、失敗を経験したり、仲間との関係を学んだりする場でもあった。教室では見えない生徒の性格や悩みに、教員が気づく機会にもなっていた。

もちろん、部活動には行き過ぎた指導や過重労働など多くの問題があった。それでも、学校教育の中で一定の役割を果たしてきたことまで否定する必要はない。

問題は、その役割まで学校からなくなったとき、何が残るのかということである。

教員は「授業」で価値を示せるか

部活動が地域に移れば、教員にとっては負担軽減になる。しかし同時に、教員の本来の仕事がこれまで以上にはっきり見えるようになる。

わかりやすい授業ができるのか。生徒一人ひとりの理解度を把握できるのか。勉強する意欲を引き出せるのか。学級を適切に運営し、生徒同士の人間関係を支えることができるのか。

つまり、部活動という「授業外の教育」に頼れなくなれば、学校や教員の価値は、授業や生徒指導といった本業によって、より直接的に評価されることになる。

「熱心な部活動の顧問だから良い先生」という評価も、今後は成り立ちにくくなる。教員には、教室の中でどのような付加価値を生み出せるのかが、これまで以上に問われる。

「部活動がなくても通いたい学校」になれるか

京都市の改革は、単に部活動をなくす政策ではない。学校という場所の役割そのものを問い直す改革でもある。

スポーツや文化活動を地域が担い、学習塾やオンライン教材など学校外の教育サービスも充実している。その中で、「わざわざ学校に通う意味は何か」という問いは今後ますます重くなる。

部活動がなくなっても、「この学校で学びたい」「この先生に教わりたい」と生徒や保護者から思われる教育を提供できるのか。

教員の働き方改革によって空いた時間を、授業の改善や生徒へのきめ細かな対応に振り向けられるなら、地域移行には大きな意味がある。反対に、部活動がなくなっただけで教育の質が変わらなければ、「負担を減らしただけ」と見られても仕方がない。

京都市の部活動廃止は、学校と教員が本来の仕事でどれだけ教育の価値を生み出せるのかが問われる試金石になるだろう。

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