「クールジャパン」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのはアニメ、漫画、ゲーム、日本食、ファッションといったコンテンツや日本文化の海外展開だろう。
ところが、そのクールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)が最大級の資金を投じた企業が、人工構造タンパク質を開発する山形県鶴岡市のバイオベンチャー、Spiberだった。投資額は合計140億円。なぜCJ機構が、無関係なバイオベンチャーにこれほど巨額の資金を投じたのだろうか。

Spiberの関山和秀社長(当時)朝日新聞
人工クモ糸を「ファッション」に読み替えた
最初の30億円の出資を決めた2018年、CJ機構はSpiberへの投資を「日本発次世代繊維素材を用いたアパレル事業」と説明していた。
Spiberはクモ糸の遺伝子情報をもとに人工構造タンパク質をつくり、それを繊維などに加工する技術を開発していた。当時、機構はこれを「日本が強みとする最先端の素材・繊維開発技術」と位置づけ、世界のファッション市場に発信すると説明した。さらに国内の紡織、加工、縫製企業にも波及効果が期待できるとしていた。つまり
人工クモ糸 → 次世代繊維 → ファッション → 日本文化の海外展開
という「風が吹いたら桶屋がもうかる」ような論理でCJ機構に組み込んだのだ。クールジャパン機構の目的は「我が国の生活文化の特色を生かした魅力ある商品・サービス」の海外需要開拓と非常に広く定義されている(クールジャパン機構)。
30億円が、わずか3年後には140億円に
より疑問なのは2021年の追加出資である。CJ機構はSpiberにさらに110億円を出資した。この時点になると、資金の用途はファッションの海外販売というより、米国での量産プラント建設、研究開発、紡糸設備などだった。
しかもこの344億円規模の資金調達にはカーライル・グループやFidelity International、Baillie Giffordなどの民間投資家も参加していた。
ここで当然の疑問が生じる。これほど民間資金を集められる有望ベンチャーに、なぜ政府系のクールジャパン機構が100億円単位で資金を出す必要があったのか。
当時から財務省でも「なぜクールジャパン?」の声
この疑問は後知恵ではない。2021年11月の財政制度等審議会・財政投融資分科会では、委員から、Spiberはベンチャーキャピタルから資金調達でき、民間ファンドも投資しているのに、官民ファンドが投資する意義は何なのかと質問されている。
これに対しCJ機構側は、米国での量産化には数百億円規模の資金が必要で、日本には100億円単位で投資する機関投資家が少ないと説明した。そして「これは官民ファンドだから取れるリスクだ」と答えている。(財務省)
さらに翌2022年の分科会では、別の委員がもっと直接的に、Spiberへの投資は「生活文化の発信」ではなく「テクノロジーの分野ではないか」と疑問を呈したが、機構側は、文化や生活とのストーリーを組み合わせれば競争力をもつと説明した。(財務省)
「公益性」というストーリーで何でもクールジャパンになる
日本発の技術である。環境に優しい。ファッションにも使える――こうした「ストーリー」をつなげれば、人工タンパク質もクールジャパンになる。モビリティも、AIも、金融サービスも同じ理屈で対象にできる。おかげで、CJ機構の出資のほとんどは失敗に終わり、540億円の累計損失を出した。

文春オンライン
Spiberは量産化と収益化に苦しみ、2026年には約300億円の債務超過を抱えて事業を新会社に譲渡した。CJ機構も同年6月、保有していた旧会社の全株式を創業者兼経営者に譲渡した。
人工クモ糸に140億円という奇妙な投資は、収益性と公益性の矛盾を最も分かりやすく示した案件だった。収益の上がるプロジェクトは民間がやるので、政府の出資は求めない。政府に支援を求めてくるのは、リスクが大きく収益性の低い案件だけだ。
それを公益性というストーリーで政府が支援すると、際限なく税金が浪費される。この問題に答えないまま、高市政権が「ものがたり大国」など次の産業政策へ進むと、同じ失敗を繰り返すことになりかねない。







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