
価格や利便性を比較し最も効率的な選択を行う――それが伝統経済学の基本前提だった。しかし人間はそれほど単純ではない。
行動経済学の発展に大きく貢献したダニエル・カーネマンは、人の意思決定は合理性だけでなく、直感や心理的バイアスによって左右されることを明らかにした。また、社会学者エヴァ・イルーズは「Emotional Capitalism(感情資本主義)」という概念を示した。現代社会では感情と経済活動はもはや切り離せない。共感・信頼・熱狂といった感情は個人の心の動きにとどまらず、消費や参加、応援といった経済行動を生み出す社会的資源になっている。
こうした感情に根差す行動原理は、近年さらに経済的意味を増している。SNSや動画配信の普及により人々の感情は瞬時に可視化され、共有されるようになった。かつては個人や限られた共同体の内側にあった共感や熱狂が、今ではコミュニティを形成し、消費や参加を促し、時には社会的なうねりを生み出す力を持ち始めた。
この視点がこれからの日本経済に極めて重要になる。日本には、世界に誇るべきコンテンツ、文化、地域資源が数多く存在する。アニメ、ゲーム、音楽、スポーツ、伝統文化、観光資源などは高く評価される一方、それらを経済価値へ結び付ける仕組みは十分とは言えない。重要なのは、その地域や人、物語に対して共感が生まれ、再訪したい、応援したい、関わり続けたいと思える関係をつくることである。
人は、まずコンテンツや物語に共感する。その共感は継続的な接触を通じて信頼へと育ち、やがて「応援したい」「参加したい」という熱量を生み出す。私は、この感情の循環が生み出す新たな経済基盤を「感情経済圏」と呼んでいる。感情経済圏とは、共感・信頼・熱狂といった感情の積み重なりが、購買や参加などの経済行動へと自然に結び付いていく仕組みである。そこでは、一度きりの消費ではなく、継続的な関係そのものが価値の源泉となる。
ここで重要なのが、メディアの役割である。メディアは、単に情報を伝えるだけでなく、人々の共感を生み出し、コミュニティを形成し、継続的な関係を育てる社会インフラとなりつつある。金融もこの延長線上にある。金融とは本来、お金を貸し、運用するだけでなく、未来への期待や信頼を社会に循環させる仕組みである。人が企業や地域を応援し、そこに時間や資金を投じる背景には、合理的な収益期待だけでなく、共感や信頼といった感情が存在している。
この考え方は、地方創生にも大きな示唆を持つ。地域が持つ物語や魅力を一過性の集客で終わらせず、人々との関係を育て、関係人口を経済活動へとつなげていく設計が必要になる。共感を継続的な関係へと育てる力こそが、人を地域に呼び込み、資金を巡らせ、社会に新たな成長をもたらす。感情経済圏という考え方は、メディア、金融、観光、地域活性化を横断する、日本経済の新たな成長戦略になるに違いない。
編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2026年8月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。







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