赤根ICC所長への制裁:高市政権が今すぐ打つべき3つの手

国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長(70)が、米トランプ政権から経済制裁の対象に指定された。8月19日(日本時間)の発表以来、高市早苗首相の「大変残念に思っています」という第一声に批判が集中している。自国民が、それも日本人初のICC所長が同盟国から制裁を受けたにもかかわらず、政府の反応はあまりに控えめだった。

8月21日に自民党本部で開かれた外交部会などの合同会議では「米国に制裁撤回を求めるべきだ」「赤根氏を守らないといけない」と、与党議員から不満が続出した。週刊文春は保守派論客や元防衛相の厳しい見解を報じている。リベラル系メディアの政権批判ならば珍しくもないが、与党内と保守系論壇から「弱腰」の声が上がる構図は異例である。

「待てば解ける」は本当か

ネット上では、こんな見方も広がっている。トランプ政権の支持率は下落を続けており、11月の中間選挙で共和党が敗北すれば、この種の強硬策も自然に収束する。ならば日本がいま対米関係を賭けて強い手を打つ必要はない、という「静観論」である。

前提となるデータは正しい。だが、この静観論には決定的な誤りがある。中間選挙の結果がどうであれ、制裁は消えないのだ。

ICC関係者への制裁は、大統領令に基づく行政措置である。議会の議席配分とは無関係に、大統領の一存で維持できる。前例を見ればよい。2020年、第1期トランプ政権はベンソーダICC主任検察官らを制裁対象に指定した。解除されたのは政権交代後の2021年4月、バイデン政権によってである。議会選挙ではなく、ホワイトハウスの主が代わって初めて制裁は解けた。同じ経路をたどるなら、赤根氏への制裁が解除されるのは早くて2029年ということになる。

その間、実害は続く。赤根氏は8月26日の記者会見で「正義は常にその対極にあるものに優越する。信念を貫く」と語り、ICCの業務に支障はないと強調したが、別のインタビューではクレジットカードが使えないなどの影響がすでに出ていることを明かしている。米ドル決済網から排除されるとはそういうことだ。「待つ」という選択は、この状態を最長3年放置することを意味する。

対決は不要、無策は論外

正面からの対米非難や対抗措置は不要であり、逆効果ですらある。関税協議と安全保障の実務を抱える官邸が、対米交渉を最優先せざるを得ない事情も理解できる。唯一の同盟国と新たな火種をつくって得るものはない。静観論が「強い手は不要」と言うなら、その限りでは正しい。

問題は、「強い手」と「無策」の間に広大な選択肢があるのに、政府がそこに手を付けていないことだ。コストが低く、効果の高い施策が少なくとも3つある。

第1に、実務的な金融保護である。首相は1月に赤根氏と面会し、制裁に備えて送金など取引に困らないよう対応してきたと明かしている。だが現にカードが使えない実害が出ている以上、次の段階が要る。米国の二次制裁を恐れる民間金融機関は、政府の意向だけでは動けない。

制裁によって国内生活に必要な金融サービスまで寸断されないよう、政府が法的な整理を行い、金融機関向けの指針を示すべきだ。EUには域外制裁の効力を域内で遮断する「ブロッキング規則」が1996年から存在する。日本に相当する仕組みはなく、中長期の立法課題として検討に値する。

第2に、多国間の傘に入ることだ。日米2国間の対立構図を避け、ICC締約国125か国の共同声明や共同行動の中に日本の名前を置く。批判の主語を「日本」ではなく「国際社会」にすれば、対米摩擦を最小化しながら立場を明確にできる。日本はICC分担金の最大拠出国である。資金面での支援継続を明確に打ち出すことは、言葉より雄弁なシグナルになる。

第3に、象徴的行為の回復である。報道によれば、茂木敏充外相と赤根氏の面会は実現しなかったという。これはコストゼロで修復できる失点だ。外相なり首相なりが公開の場で赤根氏と会う。それだけで「弱腰」批判の相当部分は中和される。逆に言えば、会わないことのほうが強いメッセージになってしまっている。

世界が見ているのは米国ではなく日本

付言すれば、赤根氏自身は政府批判一辺倒ではない。26日の会見では首相の25日の発言を高く評価したうえで、「日本政府にICCと法の支配を守り抜くための最大限の努力をしてほしい」と求めた。つまり赤根氏が政府に突き付けているのは、過去の対応への断罪ではなく、次の一手である。

ホフマンスキICC前所長は週刊文春の取材に「設立当初からICCを支持してきた日本当局の姿勢も決定的に重要になる」と語った。赤根氏も「日本が圧力に負けるのか、周辺国と協力してICCを支えようとするのか、世界が見ている」と訴えている。

中間選挙の結果がどうであれ、制裁は残る。問われているのは、解除の時期ではなく、制裁下の3年間で日本が何をするかである。待つのも外交である。だが、何もしないことは外交ではない。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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