
9月4日の『産経』がある<政治部取材メモ>を掲載した。有料記事につき要点のみ紹介すれば、米中首脳会談を控えてトランプ氏が「習氏は偉大な指導者」などと「交渉相手を持ち上げるのは常套手段」だが、「米国の利益拡大を優先して中国寄りの姿勢を示すことになれば、日本にとって大きな問題だ」とし、垂秀夫前駐中国大使の新著の記述を引いて以下の要旨を記している。
「その場しのぎの局面対応を繰り返すとき、外交の主導権は相手に移り、結果として事態は日本の意図しない方向へ動いていく」。日本には「個別の政策判断ではなく、国家として何を守り、何を優先し、どの時間軸で行動するのかという戦略」、即ち「国家としての一貫した長期戦略を運用し続ける」ことが必要だ。
そこで高市外交の現状に目を向けると、目下、高市氏が批判を受けている2つの課題がある。1つは「ウクライナ支援」であり、他は「米国のICC制裁」への対応である。なぜこれらを挙げるかといえば、高市批判が左からのみならず右からもなされているからだ。言い換えれば、これらの問題がどれほど複雑かつ対処が容易ならざるかを物語っている。
問題の要点は、「ウクライナ支援」では、ウクライナが日本に対し「自衛隊が保有するパトリオットの供与」を求めていることに高市氏がどう対応すべきかであり、「米国のICC制裁」では、米国による赤根ICC所長への制裁について高市氏が当初、「大変残念に思っている」と抑制的な反応にとどめたことが「弱腰」だとの批判を招いていることである。
垂氏の述べる「国家としての一貫した長期戦略を運用し続ける」ことには、筆者もその通りと同感するとして、では我国がこれまで「一貫して運用し続けている長期戦略が何か」と問われれば、「日米同盟の堅持」が、唯一無二とまではいわぬが、最重要だと答える。「属国」と貶されようが、「ポチ」と揶揄されようが、米国抜きに日本は立ち行かない。
そうした前提に立ち、「ウクライナ支援」と「米国のICC制裁」についての日本のあるべき対応を考えてみたい。
ウクライナ支援
2年前までの国別支援累計額は丸数で、米751億€、独236億€、英130億€、仏120億€、日91億€だった(24年9月の東野篤子論考』)。25年に発足した第2次トランプ政権はその7月、欧州NATO諸国に米国製武器を売却し、然る後にウクライナに供与するという、如何にもトランプ氏らしい「PURL:ウクライナの優先必要品リスト」を発足させ、日本もこの5月からNATOパートナー国として参加した。
欧州はまた26年5月〜6月に、新たに導入した900億€の「ウクライナ支援融資」に基づいて、ウクライナへの援助額を約110億ユーロまで増額した。これを使った軍事援助も米国からの武器に大きく依存し続けており、26年1月〜6月にかけて米国の防衛企業から30億€の軍事援助を調達、これは欧州の軍事援助の約30%に相当する(「ウクライナ支援トラッカー(UST))。
「PURL」によれば、発足以降にウクライナに提供された軍事援助の9割以上が「PURL」経由という。周知の通り日本の支援は非殺傷性装備品を扱うパッケージなどを対象とした資金の拠出を実施している。茂木外相は2月、この4年間の日本の支援額が約200億ドルに上ると述べた。その中身を前述の『東野論考』から拾えば、以下のようである。
- 地雷除去:ロシアは約200万発の地雷をウクライナ国土の約3割に当たる4万km2(日本の面積:37万km2)に埋めたとされ、除去には10年以上の年月と380億ドルの費用を要する。日本は小型地雷探知機50台、重機型除去機約10台などを提供したほか、除去機操縦担当者の日本における訓練も実施している
- 越冬支援:ロシアのミサイルやドローの攻撃によってエネルギーインフラを破壊されたウクライナ各都市に対する無償資金協力や発電機・ソーラー・ランタン等の提供、保健・医療体制整備支援、深刻な傷を負った兵士に対するリハビリ支援などを実施している
こうした中、2月28日にイラン紛争が勃発した。米中央軍は4月7日までにイランの軍事施設など1万3000カ所をイスラエル空軍と共に空爆した。結果、イランの制空権と制海権はほぼ壊滅し、以降のイランの反撃は、ミサイルとドローンによる湾岸諸国の米軍基地や一部民間施設、タンカー、そして米軍艦船への攻撃に限られ、その都度、米軍がホルムズ沿岸の基地を空爆するパターンが繰り返されている。ヴァンスVPは9月3日、この現状を「戦争とはいわない」と述べた。
斯く米国はイランの軍事力を削いだが、米国も「パトリオット」と高高度迎撃ミサイルシステム「THAAD」の在庫が2月以前のほぼ3分の1の水準にまで減少する事態に陥った。23年暮れに「防衛装備移転三原則」の運用を改定し、外国企業からのライセンスにより日本で製造した完成品の武器輸出を解禁した日本も、昨年、米国にパトリオットを引き渡した。
こうしてみると米国が、この問題で高市政権の取るべき立場を縛っていると知れる。自衛隊の保有する「パトリオット」は国土防衛の目的で米国から購入したか、または米国企業のライセンスを受けて日本で生産したものだからだ。従い、契約を見るまでもなく米国(と米国企業)の承諾なしにウクライナに供与は出来ない、という結論になる。が、米国を介しての間接的なウクライナ支援にはなっている。
またもし米国側の承諾が得られれば、日本の国防に支障を来さぬ範囲でウクライナへの供与は可能だ。なぜなら「パトリオット」は防空システム、即ち、飛んできた敵のミサイルを打ち落とす兵器であるから、日本が支援してきた「非殺傷性装備品」の範疇から外れていない。プーチンは何であれ日本を非難するのだから、気にする必要もない。
米国のICC制裁
こちらは米国相手だから厄介だ。
思うに、米国が赤根氏の制裁を公表した直後に首相が「大変残念に思っている。米国を含む関係国と意思疎通を継続しながら対応していく」と述べ、8月24日に官房長官が「赤根氏とはこれまでも緊密に意思疎通をしている。必要な支援があればしっかりやっていく」「『法の支配』の徹底のため、ICCを一貫して支持している」としたことで十分だった。つまり25日の以下の首相発言は蛇足だった。
日本の立場と相いれず、大変深刻に受け止めている。・・現在、赤根氏が直面する危機感、懸念は私も共有している。引き続き必要な支援を行う。・・法の支配の徹底のため、(ICCを)一貫して支持している。最大の資金拠出国として、守っていかなければならない。・・必要なタイミングで(米国に)働き掛けを行う。
ルビオ国務長官は8月18日、「ICCの管轄権に同意していない政府の当局者を訴追する」というICCの取り組みに関与した赤根氏らに制裁を科すとし、ICCは「腐敗し、致命的に政治化された超国家的な裁判所であり、悪意をもって権限を乱用し、与えられた任務を逸脱している。我々は、国家主権に対する(ICCの)攻撃を容認しない」とICCを非難した。
高市氏が、米国のICCに対する立場を「日本の立場と相いれず」としたことまでは良い。が、ルビオ氏のこうした厳しい発言にも関わらず、「法の支配の徹底のため、(ICCを)一貫して支持している。最大の資金拠出国として、守っていかなければならない」と重ねるのは、「米国は法の支配を支持しないからICCに加盟していない」と述べるに等しい。
そうした言い回しではなくて、「ICCに加盟してないという米国の立場は理解し、尊重する。が、それは日本の立場とは異なる」とでもした上で、「赤根氏は所長の職務を全うしているのであって、所長の裁量ですべてが決定される訳ではないのだから、所長個人を制裁することは支持できない。撤回することが望ましい」とでも述べるべきだった。
筆者には、仮に米国が日本人ではないICC所長を制裁した場合だったなら、政府がここまでの反応をしただろうか、との疑問がある。トランプ政権はこれまで、判事9人と主任検察官を含む、少なくとも11人のICC職員に対して制裁を発表しているが、これに日本政府が自らの立場を表明したとの報道はなされていない。
だのに赤根氏の制裁には、「法の支配の徹底のため、(ICCを)一貫して支持している。最大の資金拠出国として、守っていかなければならない」とまで見得を切るのは如何か。筆者には「ICC信仰」が、「九条を守れば戦争は起きない」とする「お花畑」に似ているように思える。
02年に設立されたICCは、98年に採択された設立条約「ローマ規程」に基づき、加盟国における「ジェノサイド」「人道に対する罪」「戦争犯罪」など4つの犯罪を訴追する国際的な管轄権を有し、捜査は個人を対象に「加盟国の要請」「国連安全保障理事会の要請」「ICC検察官自身の判断」の何れかにより始められる(25年12月の『読売』記事)。こうした権限のポイントは「加盟国における」との文言だ。
ICCはこれまでプーチン、ネタニヤフ、ドゥテルテら61人に逮捕状を出し、22名を拘束、裁判にかけたが、名の知れた人物はドゥテルテ元大統領くらいのもの。有罪になった者が13名いるが、その多くがアフリカのコンゴとマリの反政府武装勢力のメンバーである。今後、プーチンやネタニヤフが拘束され、裁判にかけられるとは考える者は世界中探してもいまい。
プーチンはウクライナが25年1月にICCの管轄権を受け入れた咎で起訴された。が、米国が中国によるジェノサイドと認定している新疆ウイグル自治区は、ICC非加盟の中国の一部なので習近平は起訴されない。国連安保理常任理事国の米中露、世界最多人口のインド、サウジアラビア、トルコ、エジプトの他、本年初めに数万人が虐殺されたイランや国連の制裁下にある北朝鮮も非加盟だ。つまり世界人口の4割以上(約36億人)にICCの管轄は及ばないのである。
これは筆者個人の感想だが、ウクライナから大勢の子供を連れ去ったプーチンはジェノサイド犯に当たると思うが、ネタニヤフと前国防相が「ガザの住民に食料や水、電気、燃料、特定の医療物資の不足がガザで民間人の一部の破壊をもたらす生活条件を作り出した」ことが「戦争手段として飢餓という戦争犯罪」に当たる、というのはどうだろうか。
ネタニヤフは23年10月7日のハマスによるテロ攻撃で1200名が殺された翌日、「私たちは強力な報復を行うだろう」と述べ、ハマスへの攻撃を開始した。即ち「復仇」であり、非軍事的な手段による「復仇」は国際法上合法となる場合がある。イスラエルは攻撃の度に攻撃地域を告知し、住民に避難を呼び掛けていた。一方、ハマスは病院や学校などの地下に軍事拠点を設け、拉致した250名以上の人質を監禁し、そこの住民を「人間の盾」にした。
ガザへの支援に関しては、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員が「10.7テロ」に関与した疑いが報じられた。ICCのカーン主任検察官はテロから1年経った24年11月、ハマス最高幹部ヤヒヤ・シンワルら3名にも、イスラエルに対するテロにおける戦争犯罪と人道に対する罪により起訴した。が、シンワルはイスラエルの攻撃で10月に死亡していた。
そのカリム・カーンには、約1年にわたり部下の女性職員に同意のない性的関係を強要したとされる疑惑が24年から浮上していた。が、締約国の特別会合で重大な職務違反により解任されたのは26年7月だった(7月25日の『読売』記事)。同記事はベネズエラが7月24日に、捜査が「グローバル・サウス」に集中し、「偏向的だ」としてICCを脱退したとも報じている。
ルビオ長官が、ICCは「腐敗し、致命的に政治化された超国家的な裁判所であり、悪意をもって権限を乱用し、与えられた任務を逸脱している」と述べた背景にはこうした一連の出来事がある。従い、米国に赤根氏の制裁解除を求めても無駄である。それとも、既に制裁しているICC職員11人の解除も併せて求めるのか。
あくまで「法の支配の徹底のため、(ICCを)守っていかなければならない」と主張するなら、そこまでやらねばならぬが、その覚悟があるとは思えないし、やる必要もない。むしろ、ICCへの拠出金を減らし、来年3月には赤根氏の次も出すべきでない。核保有国が参加していない「核兵器禁止条約」同様に距離を置くべきだ。
そして高市政権がやるべきは、国として赤根氏個人の損害を救済することだ。それこそ日本が「一貫して運用し続けている長期戦略」に適っている。







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