
2026年9月24日、習近平国家主席が国賓としてワシントンを訪れ、トランプ大統領と会談した。今年2回目の首脳会談で、習主席のホワイトハウス訪問は10年ぶりとなった。
華やかな歓迎行事の陰で、台湾海峡はいま驚くほど静かに見える。ブルッキングス研究所のジョナサン・チン氏(元NSC中国部長、元CIA分析官)は、この会談に合わせて米外交誌フォーリン・アフェアーズに論考を寄せた。副題は「今日の静けさを使い、次のパーフェクト・ストームに備えよ」である。
米中首脳会談で何が話されたか
会談の主要議題は、貿易、AI、重要鉱物、イラン情勢、そして台湾だった。貿易面では、ベッセント財務長官が、11月に期限を迎える米中の貿易休戦を2027年1月10日まで延長することで合意したと明らかにした。台湾については、新華社によると、習主席はトランプ大統領に台湾独立に反対し、この問題を「慎重に」扱うよう求めた。ホワイトハウスは台湾に関する発言要旨をまだ公表していない。
注目すべきは、台湾向け武器売却の扱いである。トランプ大統領は5月の会談後、140億ドル規模の台湾向け武器パッケージの最終承認を先送りすると表明し、武器売却を中国との「非常に良い交渉材料」と呼んだ。この取引的な姿勢には、米国内でも反発がある。今回の会談でも、台湾や貿易をめぐる相違は解消されないまま、両首脳は安定した関係を演出した。
なぜ海峡は静かなのか
チン氏はまず、海峡が「驚くほど静か」に見えると指摘する。中国軍機の中間線越えや海警による活動は続いている。一方で、2022年のペロシ下院議長訪台以降に常態化した大規模軍事演習を、北京はこの1年近く控えている。
その理由についてチン氏は、この変化は「北京で新たに高まった楽観」に大きく起因すると書く。米国の対台湾政策は形式上変わっていない。しかしトランプ大統領は5月の会談後、「誰かが独立するのを望んでいるわけではない」「9500マイルも移動して戦争をすることになっている。そんなことは望んでいない」と語った。
チン氏は、この発言が米国の関与に対する台湾の信頼を損なったと見る。北京から見れば、演習で国際世論を刺激しなくても、米台の間に楔が入りつつある。今回の首脳会談は、その見立てをさらに強めた可能性がある。
もう一つの傍証が、習主席による軍高層部の大規模な粛清である。チン氏は、習主席が粛清に踏み切れたのは、近い将来に両岸危機が起きることを心配していないからでもあると指摘する。そして「習氏はワシントンと台北の双方を効果的に管理できると自信を持っているようだ」と書く。
「2027年」という神話の終わり
日米の安全保障関係者の多くは、2027年を危険な節目とみなしてきた。習主席が人民解放軍に、その年までに台湾をめぐる軍事衝突への準備を整えるよう指示していたためである。しかしチン氏は、2027年が近づくいま、習主席が近く致死的な武力の行使に向けて準備している可能性は「極めて低い」と述べる。
ただし、北京が台湾を諦めたわけではない。チン氏は、習主席は今後数年のうちに台湾をめぐる紛争に向けて軍を組織することに「極めて真剣」なままだと強調する。静けさは意図の変化ではなく、時期の判断にすぎない。
本当の転換点は2028年
チン氏は「次の重要な日付は、習氏が4期目に入るとみられる2027年ではなく、2028年だ」と書く。1月に台湾の総統選挙、11月に米国の大統領選挙がある。この二つの選挙が、その後の両岸関係の軌道を決める。
チン氏の見立ては明快である。「習氏はおそらく、台湾の次の選挙の結果に不満を抱くことになるだろう」。その結果、状況は現在よりも緊迫する。だからこそ「今後2年間は、2028年以降に台湾海峡がはるかに激動の時期を迎えることに備え、ワシントンが台北と協力するための決定的な窓になる」と説く。
台湾の当事者たちの見方
私はこの春まで、台湾の半導体コンサルティング会社や大学と共同研究を行い、四半期に一度は台湾を訪れていた。また、台湾のAI企業の日本法人で取締役を務めている。こうした縁で、台湾の経営者や研究者と率直に意見を交わす機会が多い。
台湾の大手メディアのCEOと話した際、彼は次のように語った。中国は物理的な侵攻はしない。台湾の産業インフラや半導体工場を破壊しても、中国には何のメリットもない。おそらく2028年の総統選挙に干渉してくるだろう、と。
私が取締役を務める会社のCEOも、台湾大学の教授も、ほぼ同じ見方を示した。立場の異なる3人が口をそろえたことを考えると、少なくとも私が話を聞いた台湾の関係者の間では、こうした見方が共有されているように感じられる。
この見方はチン氏の分析と重なる部分が大きい。どちらも当面の武力侵攻の可能性は低いと見て、2028年の選挙を次の焦点に置く。違いは力点にある。チン氏は選挙後に北京の不満が高まり、緊張が増すことを警戒する。台湾の当事者たちは、選挙そのものへの介入、つまり武力を使わない形での揺さぶりを最も現実的な脅威と見ている。
TSMCの投資が語るもの
台湾の見方を考えるうえで参考になるのが、TSMCの投資行動である。TSMCは私の故郷である熊本に工場を建設し、さらに拡大を進めている。米国アリゾナ、ドイツのドレスデンでも拠点を広げている。万一の危機に備えて生産を分散させているという一面は確かにある。
一方で、TSMCは台南でも新たな半導体工場の建設を進めている。私は昨年、台南の現場を見学した。そのとき、この会社は物理的な台湾海峡危機の可能性は低いという前提で投資していると感じた。
巨額の最先端工場を、戦火に巻き込まれる恐れのある場所に建てる経営判断はありえない。海外への分散は保険であり、本丸はあくまで台湾に置き続ける。TSMCの投資の配分そのものが、台湾の産業界が台湾を引き続き重要な生産拠点と位置づけていることを映している。それでも不確実性は高い
チン氏の分析にも、台湾の当事者たちの見方にも、私は多くの点で同意する。しかし同時に、今後の台湾情勢の不確実性は高いと考えている。理由は四つある。
第一に、トランプ政権の予測困難さである。武器売却を交渉材料と公言する大統領のもとで、米国の台湾関与にも取引的な側面が強まっているように見える。首脳会談のたびに前提が変わりうる。
第二に、中国の意思決定の不透明さである。軍の大規模粛清は、当面の衝突を想定していない表れとも読めるが、軍内部で何が起きているかを外から正確に知る術はない。権力が一人に集中した体制では、判断が急に変わる危うさも伴う。
第三に、「合理的に考えれば起きない」という推論の限界である。2022年にロシアがウクライナに侵攻する直前まで、侵攻は経済的に割に合わないという見方は少なくなかった。半導体工場を破壊する利益はないという台湾の論理は理解できる。ただ、指導者が常に経済合理性で動くとは限らない。また、工場を壊さずに台湾を締め上げる手段として、海警による臨検や海上封鎖という選択肢も残る。
第四に、偶発的な衝突の危険である。中国軍機や海警の活動が日常化するほど、現場の接触事故や誤算が危機に発展する可能性は消えない。静かに見える海峡でも、緊張の火種は残っている。
見えない戦場としての選挙
サイバーセキュリティとAIを専門とする立場から強調したいのは、台湾の当事者たちが警戒する「選挙への干渉」は、まさに見えない領域で行われるという点である。
SNSを通じた世論操作、生成AIによる偽の動画や音声、政党や選挙管理機関へのサイバー攻撃は、軍事演習よりはるかに目立たない。しかし民主主義の根幹を揺るがす力はずっと大きい。2028年1月の総統選挙に向けた攻防は、すでに始まっていると考えるべきだろう。
日本は何をすべきか
チン氏の論考は米国向けに書かれているが、日本にとっての含意はより直接的である。与那国島から台湾までは約110キロしかない。台湾情勢の悪化は、シーレーンの不安定化や半導体供給の途絶という形で、日本の暮らしと産業を直撃する。熊本をはじめ、日本はすでにTSMCの供給網の一部となっている。
不確実性が高いからこそ、日本は最も起こりそうな事態だけでなく、起こりうる幅全体に備える必要がある。
第一に、封鎖やグレーゾーン事態まで想定して、半導体を含む重要物資の供給網を点検すること。
第二に、日台の研究・産業協力を深め、技術と人材の結びつきを平時のうちに太くすること。
第三に、選挙干渉や認知戦への対処を含め、サイバーと情報空間での防御を台湾や米国と連携して底上げすることである。
米中首脳会談は、少なくとも当面の安定を演出した。しかし凪の時間は長くは続かない。いまの静けさを安心材料とするか、準備の時間とするか。その選択が、2028年以降の東アジアの姿を左右する。
【出典】
・ジョナサン・A・チン「迫りくる台湾危機 ― 今日の静けさを使い、次のパーフェクト・ストームに備えよ」(Jonathan A. Czin, “The Coming Taiwan Crisis: Use Today’s Calm to Prepare for the Next Perfect Storm”)フォーリン・アフェアーズ、2026年9月25日(foreignaffairs.com)
・”Trump-Xi summit: Four key takeaways from the Washington, DC, meeting” アルジャジーラ、2026年9月24日(aljazeera.com)
・”Trump-Xi summit: Leaders meet at White House amid tensions over Taiwan, trade and AI” NBCニュース、2026年9月23日(nbcnews.com)
・”Trump set for Washington summit with Xi focused on trade, Taiwan and AI” ザ・ナショナル、2026年9月21日(thenationalnews.com)
※チン氏の論考からの引用は筆者による和訳。







コメント