東大総長選挙で1位だった染谷教授の周辺に浮かんだ9000万円着服事件

東京大学の次期総長選考で、教職員による意向投票で過半数を獲得した染谷隆夫教授が落選した事件は、いろいろな憶測を呼んでいるが、なぜ染谷氏は選ばれなかったのか。その背景を考える上で見逃せないのが、今年7月に発覚した一般財団法人「総合研究奨励会」の約9000万円不正取得事件である。

2016年から10年間、約9000万円が流出

総合研究奨励会は、東京大学大学院工学系研究科と密接な関係を持つ法人で、東大の連結財務諸表でも「関連公益法人等」に位置づけられている。

東大の調査によると、同会の元業務執行理事・事務局長X氏は2016年から2026年まで、同会が受託事業で得た資金から、自分が代表理事を務める一般社団法人に「再委託費」の名目で120回以上にわたり資金を移し、合計約9000万円を不正に取得していた。東大は業務上横領または特別背任に該当する疑いがあるとしている。東京大学

ここで注目されるのが染谷氏との関係である。染谷氏は2020年から2023年まで工学系研究科長・工学部長を務め、その時期、総合研究奨励会の代表理事でもあった。2022年度の同会資料にも「代表理事 染谷隆夫」と明記されている。総合研究奨励会

つまり9000万円の不正が行われていた10年間のうち、少なくとも数年間は、染谷氏が法人のトップだったことになる。

ただし染谷氏が「着服した」事実はない

しかし現在公表されている資料には、染谷氏が資金の不正取得そのものに関与したことを示す証拠はない。東大の調査は不正を行った人物をX氏と特定し、実際に日常的な業務執行をしていた理事はX氏だけだったと認定している。東京大学

X氏は他の理事に帳票を示したり、「税理士の確認を受けている」と説明したりしており、大学教員の役員には「任せても問題ない」という認識が形成されていたという。したがって染谷氏が9000万円を着服した事実はない。問題は別のところにある。

代表理事としての監督責任はどうなるのか

東大の9月11日の調査報告は、かなり踏み込んでいる。総合研究奨励会では、工学系研究科長になれば代表理事になるという慣行があり、副研究科長なども自動的に理事に就任していた。

その結果、大学で本業を抱える教授たちが形式的に役員となり、常勤の事務局長1人に実務上の権限が集中していた。東大は、不正を見過ごしたことについて、

理事等がその職責を果たしていなかったという善管注意義務の問題がある

と認めている。もっとも、個々の大学教員を責めても問題は解決せず、そもそもの組織構造に欠陥があったとも結論づけた。つまり染谷氏に問われるとすれば、着服への関与ではなく、代表理事として約9000万円もの不正を見抜けなかった監督責任である。

しかも事件を受け、総合研究奨励会は9月1日に理事・監事をすべて学外者に交代し、2026年度末での解散を前提に業務整理を進めることになった。組織そのものを解散するほど深刻なガバナンス不全だったわけだ。

この問題は総長選考に影響したのか

ここから先はまだ分からない。総長選考・監察会議は藤垣氏を選んだ理由として、「文理融合」「学内外のコミュニケーション」「多様な知」「国際的経験」などを挙げているが、染谷氏の問題にはふれていない。

もし選考会議が染谷氏の代表理事時代の監督責任を重大視したのなら、それ自体は理解できる判断である。東京大学の総長には研究業績だけでなく、巨大組織を統治する能力が求められるからだ。

逆に、この9000万円事件を考慮していないのであれば、51%の支持を得た候補を退け、25.5%の候補を選んだ理由について、さらに具体的な説明が必要になる。

今回の問題は「染谷氏が着服に関与したか」ではない。公開資料を見る限り、その証拠はない。問われているのは、代表理事だった人物のガバナンス責任を総長選考・監察会議がどう評価したのかである。9000万円事件が判断材料だったのかどうか――東大が説明すべき重要な論点が、もう一つ増えた。

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