
なぜ、社長なのに変えられないのか
前任者の仕事を引き継いだら、やり方は変えないでくれという空気に囲まれ、結果の責任だけは負わされる。会社勤めの経験がある人なら、一度は味わったことのある理不尽です。いま、同じことが社長の椅子で起きています。
社長の椅子を社員に渡す承継は、日本でいちばん多い形になりつつあります。帝国データバンクによると、2025年に代表者が交代した企業のうち、血縁のない役員や社員が就いた内部昇格は速報値で36.1%となり、同族承継の32.3%を上回りました。新しい代表者の8割超は、業界経験が10年以上です。数字だけを見れば、会社を知り尽くした社員が継ぐ、健全な承継が広がっています。
現場から見える景色は違います。社員の社長は、先代が残した人も、やり方も、慣習も、正しいものとして丸ごと背負って始まります。株は創業家に残り、代表権まで先代の手元に残ることもある。
本来なら、先代が後ろ盾になって改革の摩擦を引き受けるべき場面です。けれども、それができる人は多くありません。日々のことは任せたと言って手を離し、お金が動く話だけは最後に止める。
社員から上がった社長が改革に手を付けると、現場からはまず「独りよがりだ」「どうせ形だけだろう」という声が返ってきます。昨日まで同じ職場にいた人が上から新しいやり方を持ち込めば、中身を聞く前に、そう受け止められてしまう。私が関わった会社でも、社長が肝いりで入れようとした評価制度は、現場の激しい反発に遭いました。
社長も強くは押せません。企画も営業もこなせる人は数えるほどしかおらず、その人が異動しただけで仕事が宙に浮き、しわ寄せを受けた現場から人が辞めていく。新しい人は入ってこない。改革で人が離れれば、会社が回らなくなる。その怖さから、結局は今のままでいこうという判断に落ち着きます。
しかも社長には、現場を見る目がありません。企画や総務の仕事は先代のころのまま手が入っていないか、そもそもない。その会社でも企画の部署はなく、営業から雑務までが営業所の所長に集中していました。1日に40件を超えるメールや電話をさばく所長もいます。所長からは「社長との間を翻訳してくれる人がほしい」という声が漏れ、現場の小さな異変は、社長の机に届く前に消えていきます。
その机には、フォークリフトの資格手当から作業服の色まで、決裁が集まっていました。本人も抱えすぎだとわかっています。それでも、見えないものは手放せない。変えようとすれば反発され、押せば人が離れ、動かなければ現場は見えないまま。削られていくのは、この先の事業を考える時間です。
問題は、後継者の力量ではない
この社長の力量に問題があったとは思いません。業界を知り尽くした人でも、同じ場所に置かれれば同じことになります。ドラッカーは『マネジメント』で、トップの役割は複数の人間に割り当てるべきだとし、そうしなければ「致命的に重要な仕事が放置されたままとなる」と書きました。社員への承継では、トップの役割が先代と社長の間で宙に浮き、それを支える企画や総務も空いたままです。
株を持つ人と経営する人が分かれる承継は、多くの中小企業にとって初めての経験です。中小企業白書も2017年版でこの分離に触れています。それでも承継の議論や支援は株の買い取りや税の猶予に集まり、継いだあとの社長を誰が支えるのかは、ほとんど語られません。
この会社で私がまず取り組んだのは、組織の形を捉え直すことでした。社長が一人で抱えている判断と、所長に載っている仕事を書き出し、社長が検討できる形に整えて持ち込む会議の場をつくる。所長の仕事は、いま振り分け直しています。
先代に求めたいのは、改革を認めたら、それに伴う反発も一緒に引き受ける覚悟です。社長の後ろに立ち、良いことも悪いことも呑み込む。
承継で本当に引き継ぐべきなのは、肩書よりも、誰がその椅子に座っても顧客に向けた成果が出続ける会社の仕組みです。組織の力(ケイパビリティ)とは、本来それを指します。
変える自由を渡さず、責任だけを社員に渡す。それは承継ではなく、押しつけです。







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