
株式上場、いわゆるIPOの目的は何か。こう聞かれれば、多くの人は「資金調達」と答えるのではないだろうか。株式市場から成長資金を調達し、工場を建設する。研究開発を進める。M&Aを行う。海外へ進出する。あるいは、創業者やベンチャーキャピタルが保有株式を売却する「エグジット」を思い浮かべる人もいるだろう。
もちろん、どちらもIPOの重要な機能である。
しかし私は以前、ある著名な経営者から、まったく違う上場の理由を聞いたことがある。セブン銀行初代社長の安斎隆氏である。
二本松出身の日銀マン
安斎氏は福島県二本松市の出身で、日本銀行に入行し、要職を歴任した後、当時のイトーヨーカ堂グループが設立したアイワイバンク銀行の初代社長に就任した。現在のセブン銀行である。
コンビニエンスストアにATMを置く。いまでは当たり前の光景だが、銀行の店舗ではなく、全国のコンビニを金融インフラにするというビジネスモデルは、当時としては非常に革新的だった。
私は以前、安斎氏本人にお会いする機会があった。そのとき、セブン銀行の株式上場の理由について興味深い話を聞いた。
私の記憶に強く残っているのは、「上場しないと、人事を新聞に載せてもらえない」という趣旨の言葉である。私は驚いた。上場によって大規模な資金調達をしたい、という話ではなかった。
安斎氏の話から私が受け取ったのは、もっと違う意味だった。会社を社会から認知される存在にしたい。そのために株式上場には意味がある、という発想である。
「人事が新聞に載る」とはどういうことか
一見すると、「人事を新聞に載せてもらう」というのは些細なことに思える。しかし、私はこの言葉には非常に重要な意味があると思っている。
新聞に掲載される企業人事は、必ずしも社長や役員だけではない。特に銀行などの金融機関では、役員人事だけでなく、本部の部長や支店長など、組織の中核を担う幹部クラスの異動まで新聞の人事欄に掲載されることがある。
例えば、上場する地方銀行であれば、頭取が交代したときだけ新聞に載るわけではない。支店長の異動や本部の部長級の人事なども報じられる。
これは考えてみれば興味深い。ある人物が一つの支店の支店長になる。ある人物が本部の部長になる。それは形式的には一企業内部の人事異動である。しかし、その企業が地域経済や社会に一定の影響力を持つパブリックな存在として認識されていれば、その人事にも社会的な情報価値が生まれる。
つまり、会社が社会から認知されるということは、社長だけが有名になるということではない。そこで働き、経営を担っていく人材まで社会から見えるようになるということである。
安斎氏が語った「人事を新聞に載せてもらう」という言葉を考えるうえで、私はこの点が重要だと思う。
会社の中に「社会から見える人材」が生まれる
これは人材育成という観点から見ても面白い。
非上場の地方企業に非常に優秀な部長がいたとしても、その人物の存在を知っているのは社内や取引先など限られた人たちだけかもしれない。
しかし、社会的な存在感を持つ企業では違う。「○○支店長にA氏」「営業部長にB氏」「企画部長にC氏」という人事が外部に伝わる。
その人物はまだ社長でも取締役でもない。それでも、「この人が将来、この会社を経営するかもしれない」という経営人材のラインが、社外からある程度見えるようになる。
特に銀行では、支店長や本部部長を経験した人材が、その後執行役員や取締役などへ昇進していくこともある。
だから企業人事の報道は、単なる「○○さんが異動しました」という情報ではない。その企業がどの人物に何を任せ、どのような経営人材を育てているのかを社会が知る手掛かりにもなる。
IPOは資金調達だけではない
私は、IPOを考えるとき、安斎氏の話を時々思い出す。株式市場にはもちろん資金調達機能がある。しかし、上場によって得られるものは資金だけではない。社会的信用、知名度、人材採用力など、さまざまな効果がある。
そして、もう一つ重要なのが、経営を社会に開くことである。
上場企業になれば、経営者は社会に対して継続的に情報を開示することになる。有価証券報告書を提出する。決算を発表する。重要な経営判断について適時開示する。株主総会を開催する。投資家に経営戦略を説明する。
経営者は、「なぜ、この事業に投資するのか」「なぜ利益率が低下したのか」「どのような人材に経営を託すのか」「会社を5年後、10年後にどうするつもりなのか」と問われる。
そして説明しなければならない。
上場とは、資金を得る代わりに、社会から問われる立場になることでもある。
私が経営学部で知った「アカウンタビリティ」
この話が私の記憶に残った背景には、大学時代の経験もある。
私は大学で財務会計を専攻した。その中で印象に残った概念の一つが、accountabilityである。日本語では一般に「説明責任」と訳される。私は学生時代、この言葉の意味を知ったときに感銘を受けた。
会計とは単に会社の利益を計算する技術ではない。経営者は株主などから託された資本をどのように使い、どのような成果を上げたのかを説明する責任を負う。だから会計情報を作り、社会に報告する。accountingとaccountabilityがつながっている。
私はそこに財務会計という仕組みの美しさを感じた。
安斎氏から聞いた「人事を新聞に載せてもらう」という話も、私にはこのアカウンタビリティの延長線上にあるように感じられた。
上場すると会社は「自分たちだけのもの」ではなくなる
もちろん、上場企業だから良い会社だということではない。不祥事を起こす上場企業もある。粉飾決算をする会社もある。
反対に、非上場のオーナー企業でも、極めて優れた経営をしている会社はいくらでも存在する。上場と経営品質は別の問題である。
しかし、企業と社会との関係は大きく変わる。
創業者が100%所有する非上場企業なら、その会社をどのように経営するかについて、創業者自身が大きな裁量を持つ。
上場企業ではそうはいかない。外部株主がいる。情報開示義務がある。取締役会がある。株主総会がある。機関投資家から質問される。市場では毎日株価がつく。経営者が自分では素晴らしい経営をしていると思っていても、市場がそう評価するとは限らない。
会社が社会から評価され続ける。それがパブリックカンパニーになるということではないだろうか。
「新聞に載る会社」になる意味
現在では、企業が情報を社会へ発信する手段は新聞だけではない。企業ウェブサイト、SNS、動画、IRサイトなど、いくらでもある。
それでも私は、安斎氏の「人事を新聞に載せてもらう」という言葉には、今なお意味があると思っている。
それは、単に社長の名前を新聞に載せたいという話ではない。役員だけでもない。部長や支店長など、その組織を実際に動かし、将来の経営を担うかもしれない人材まで含めて、企業という存在が社会から認知されるということである。
会社を社会に開く。そこで働く人材も社会から見えるようになる。会社は社会から評価される。そして経営者は社会に説明する。株式上場には、そういう意味がある。
だから私は、安斎氏から聞いたこの話を今でも覚えている。
IPOというと、私たちはすぐ「いくら調達したのか」と考える。しかし、調達額だけで上場の価値を測ることはできない。
上場によって、企業は社会から見える存在になる。そして社長だけでなく、次の経営を担う人材まで社会から認識されるようになる。
「上場しないと、人事を新聞に載せてもらえない」。一見すると何気ない言葉である。しかし私には、これは株式上場の本質の一つを言い表した言葉のように思える。
株式上場とは、会社が資金を集めるためだけの制度ではない。「私たちは社会から見られる会社になります」と宣言することでもあるのだ。







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