ドイツ連邦情報局(BND)元長官が国家反逆未遂や諜報活動などの容疑で逮捕

ドイツで6日早朝(現地時間)、ドイツ連邦情報局(BND)元長官だったアウグスト・ハニング氏が国家反逆未遂や諜報活動などの容疑で逮捕された。このニュースが流れると、国内外で大きな衝撃が走った。カールスルーエにある連邦検察庁によると、同氏の元首席補佐官だったマンフレート・D氏も幇助の疑いでバイエルン州バート・テルツ=ヴォルフラーツハウゼン郡で逮捕された。

ドイツには対外諜報機関のBNDと、国内の情報・治安問題を担当するドイツ連邦憲法擁護庁(BfV)の2つの情報機関が存在するが、今回スパイ容疑で逮捕されたハニング氏(80)は1998年12月から2005年11月末までBND長官を務めてきた。その後、2005年12月から2009年11月までショイブレ内相(当時)のもとで事務次官に就任してきた、文字通り情報機関の分野の専門家だ。ハニング氏は後に民間へ転じ、セキュリティ・コンサルタントとして活動してきた。

一方、連邦検察庁によると、マンフレート・D氏は2012年3月から2026年3月にかけて、再びBND長官の官房長(首席補佐官)として勤務していた。この職務において、同氏は機密情報にアクセスする権限を有していた。マンフレート・D氏はその後退職した。

ハニング氏への容疑は、同氏が退職後、設立した安全問題のコンサルタト会社時代の事案だが、政府の報道官は、捜査が継続中であることを理由に、今回の逮捕に関するコメントを控えている。これまでの捜査によると、ハニング氏の退職後もBNDに引き続き勤務していたマンフレート・D氏は、2022年6月までにハニング氏へ2,000件近い文書を提供していたという。これらの中には、BND内部での使用のみを目的とした「制限付き(restricted)」や「機密(confidential)」に分類される情報が含まれていたという。

連邦検察庁によると、当該資料は、首相官邸で各省庁や治安機関の高官らが定期的に行う「ND-Lage」に向け、BND幹部への説明や準備を行うために使用されるものという(「ND-Lage」とは、ドイツ連邦政府において毎週開催される、安全保障および情報機関(ナハリヒテンディンスト)に関する最高レベルの情勢分析・閣僚級情報共有会議のこと)。

ハニング氏は、遅くとも2010年春の時点で、マンフレート・D氏との間で金銭と引き換えにBNDの重要な情報を継続的に入手することで合意していたと見られている。ハニング氏はこの情報を、自身のコンサルタント業務における利益のために利用していた容疑が出てきたわけだ。もしこれが事実であれば、ハニング氏は、本来BND内部のみで扱われるべき情報に、少なくとも12年間にわたってアクセスしてきたことになる。

連邦検察庁は、ハニング氏が外国の情報機関のために分析資料を作成するためにマンフレート・D氏から手に入れた情報を利用したと指摘している。また、ハニング氏は長年にわたり別の情報機関のメンバーと密接な連絡を取り合い、政治的な情報を提供していた。独メディアによると、米国の国家安全保障局(NSA)とは深い関係を有し、イスラエル、ロシア、中国の情報関係者との接触もあったという。

ちなみに、今回の訴訟手続きは、ハンブルク検察が実業家クリスティーナ・ブロック氏らに対する捜査「ブロック事件」(親権争いを巡っての子供誘拐事件)の一環として、2025年9月にハンブルク検察局がハニング氏に対して実施した捜索の際に発見された証拠に基づくものという。本件は、2026年5月初旬に連邦検察局へ移管された。

ちなみに、最高機密情報に接していた元高官は情報機関を退任する際に一定の「クーリングオフ期間(待機期間)」を義務付けるべきだ、という意見が出てきている。また、社会民主党(SPD)の連邦議会議員であり、情報機関を監督する議会委員会のメンバーでもあるダニエル・バルディ氏は「BND長官やその他の機密性の高い安全保障関連の職務に就いていた人物が、退任後に民間コンサルティング会社で働くことを認めるべきではない」と、情報機関の元高官に対する規制強化を求めている。

元BND長官のスパイ容疑が明らかになったことで、BNDと付き合ってきた米国や英国らの情報機関関係者がBNDと情報交換することを警戒するようになることは間違いない。ドイツの情報機関関係者は「BNDとしては失われた信頼を取り戻す作業が急務だ」と指摘している。

なお、ハニング氏のスパイ容疑はBNDにとって初めてのことではない。2022年には、カーステン・Lという職員が共犯者の助けを借りて内部文書をロシアの諜報機関(FSB)に渡した疑いが持たれ、現在、国家反逆罪(重罪)に問われる裁判が続いている。2014年には、BND職員のマルクス・RがCIA(米中央情報局)の情報提供者であったことが発覚した。彼は数年にわたり200件以上の文書を流出させ、2016年に禁錮8年の判決を受けている。

ドイツで歴史的スパイ事件といえば、西ドイツの現職の首相を辞任に追い込んだ「ギヨーム事件」がある。冷戦時代、ヴィリー・ブラントは当時西ドイツ首相として東西両ドイツの融和を推進する東方外交を実施、1971年にはノーベル平和賞を受賞した。その首相の個人秘書ギュンター・ギヨームが実際は東ドイツ国家保安省〈シュタージ〉の潜入スパイだったことが発覚し、ブランド首相は1974年、責任とって辞任した。

ドイツの情報機関関係者はドイツのニュース専門局ntvの中で、「BND元長官ハニング氏のスパイ容疑事件はギヨーム事件に匹敵するスキャンダルだ」と述べていた。ハニング氏が入手した情報がどこに流れたか、どのような情報だったかは現時点では不明だ。捜査が進まない限り断言できないが、BNDの評判を落としたことだけは間違いない。

ドイツのメルツ政権は8月12日、スパイやテロ、サイバー攻撃など治安上の脅威に対処する情報機関の能力を大幅に引き上げるための法案を閣議決定した。ロシア軍のウクライナ侵攻以来、ドイツを含む欧州の安全保障は大きな挑戦に直面している。ロシアの脅威が高まる中、ドイツは戦後から安全保障に関連する情報を米国に依存してきたが、独自の情報機関の強化を求める声が高まってきていた。その矢先、ハニング氏のスパイ容疑という爆弾が炸裂したわけだ。タイミングが悪いというより、少々不気味な偶然すら感じる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年10月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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