
全国のローカル線には「猫駅長」が珍しくない。
駅に住み着いた猫が利用者にかわいがられ、いつしか「駅長」と呼ばれるようになる。SNSで話題になり、テレビや新聞が取材に来る。猫を目当てに遠方から観光客が訪れることもある。
しかし、その中でも両備グループに属する和歌山電鐵の「たま駅長」は別格である。
違いは、たまが特別かわいい猫だったからだけではない。両備グループは、一匹の猫に偶然集まった人気を「経営資源」に変えたのである。
「客招き」を猫の仕事にした
たまが和歌山電鐵貴志川線の貴志駅長に正式就任したのは2007年1月5日だった。
ここからが面白い。たまは2008年に「スーパー駅長」に昇格し、2009年には執行役員、2011年には常務執行役員、2013年にはついに社長代理にまで昇進した。
もちろん猫が経営会議に出席して事業計画を作っていたわけではない。たまの仕事は「客招き」だった。
実際、両備グループは2007年に、たまをグループの「トップランナー賞」の「客招き」部門で表彰している。
この職務設定が秀逸である。猫に人間の駅員と同じ仕事をさせる必要はない。たまに会うために人が貴志川線に乗れば、それだけで駅長として仕事をしたことになる。関西大学の宮本勝浩氏は、たま駅長就任当初の経済効果を約11億円と試算している。
私はかつて、初代たま駅長の昇進発表の日に貴志駅を訪れたことがある。考えてみれば、私自身が両備グループの戦略に見事に乗った一人だった。
「猫が昇進する」。それだけなら冗談のような話である。
しかし昇進を発表すればニュースになる。ニュースになれば、私のように「それなら貴志駅へ行ってみよう」という人が現れる。和歌山駅から貴志駅まで行くには、当然、和歌山電鐵に乗る。
猫の人事異動が鉄道需要を生み出すのである。
さらに私は、現在の猫型駅舎「たま駅舎」の建設時には寄付をした。そのため、今も貴志駅には私の名前を刻んだプレートが残っている。
振り返れば、私は和歌山電鐵の「乗客」から「たま駅長のファン」になり、ついには駅舎建設に資金を出す「参加者」にまでなった。これほど分かりやすく顧客エンゲージメントの深化を示す例もないだろう。
猫を「ニュースが発生するIP」にした
企業がキャラクターを作ること自体は珍しくない。
難しいのは、そのキャラクターについて継続的にニュースを発生させることである。着ぐるみを作り、名前を付け、「○○鉄道公式キャラクターです」と発表しても、それだけでは二度目のニュースになりにくい。
たま駅長には「人事」がある。駅長からスーパー駅長へ昇進する。執行役員になる。社長代理になる。誕生日を祝う。就任記念日を祝う。そして、そのたびに式典が行われる。鉄道会社から見れば非常に合理的である。
「ぜひ貴志川線に乗ってください」と広告を出すのではなく、「たま駅長が昇進します」というニュースを作る。
広告なら広告費を払わなければならないが、ニュースならメディアの側が取り上げてくれる可能性がある。
しかも、猫である。
鉄道ファンだけを対象にする必要がない。猫好き、家族連れ、観光客、外国人まで対象市場を一気に広げられる。
本当にすごいのは「二代目」を準備したことだ
しかし、私が両備グループを最も戦略的だと思う理由は別にある。サクセッションプランである。
人気動物を使った観光には重大な弱点がある。寿命である。どれほど人気が出ても、その動物がいなくなれば終わってしまう。
たまも例外ではない。
ところが和歌山電鐵は、初代たまが元気だった2012年、すでにニタマ(2010-2025)を伊太祈曽駅長兼貴志駅長代行として登場させている。
初代たまが2015年に亡くなると、ニタマが「たまⅡ世」を襲名して貴志駅長となった。そして後には、よんたま、ごたまが続いた。
2025年11月にニタマが亡くなっても猫駅長制度は終わらなかった。2026年1月、よんたまが貴志駅長に、ごたまが伊太祈曽駅長兼貴志駅長代行に就任し、さらに若い「ろくたま」が駅長候補生として配置された。
これは企業でいえば、社長が突然退任してから後継者を探しているのではない。次の経営者候補をあらかじめ採用し、現場を経験させ、役職を与えて育成するのと同じ構造である。猫駅長にまでサクセッションプランがあるのだ。
両備グループの徹底ぶりは、猫駅長の最期にも表れている。初代たまが亡くなった際には社葬を営み、約3000人が参列した。後継のニタマが亡くなった際にも社葬を行った。
両備グループの経営理念には「忠恕」という言葉がある。真心を尽くし、相手を思いやるという意味である。
たま駅長の成功を単なるマーケティング戦略として理解すると、その本質を見誤るかもしれない。猫に辞令を出し、昇進させ、後継者を育て、亡くなれば社葬を営む。その徹底した扱いが一つの物語をつくり、人々の共感を呼び、結果として大きなブランド価値を生んだのである。
この一貫性があるからこそ、猫駅長という一見すると奇抜な仕掛けが、20年近く続く企業文化とブランドになったのではないか。
他の猫駅長との違いは何か
もちろん、他の鉄道の猫駅長に価値がないという話ではない。
例えば山形県の羽前小松駅では、迷い猫として保護された「しょこら」が2019年から猫駅長として親しまれた。しかし、しょこらは2025年7月末で引退した。
こうした地域に愛された猫には、その猫にしかない物語がある。それ自体が大切なのであり、無理に「二代目」を作る必要はない。
ただし経営戦略として見ると、和歌山電鐵との違いが見えてくる。
「人気の猫が駅長になった」のと、「猫駅長というブランドを鉄道会社が継続的に運営する」のは同じではないのである。
両備グループは後者を選んだ。
猫から駅、車両、物販へ
しかも、猫駅長だけで終わらせなかった。
「たま電車」を走らせ、貴志駅そのものを猫をモチーフにした駅舎にし、グッズを販売する。
2021年には「たま電車ミュージアム号」も登場した。
2026年9月には「たま駅長たちの『つぶやき』カレンダー2027」が発売された。初代たまだけでなく、現在の猫駅長たちへブランドが継承されている。
つまり、
猫 → 駅長 → イベント → 報道 → 乗車 → 駅 → 車両 → グッズ
という一つのエコシステムが形成されているのである。
猫そのものを「商品」にしているのではない。猫を中心に、鉄道へ人が訪れる理由を何重にも作っている。
偶然を仕組みに変えられる会社は強い
ここには企業経営にとって重要な示唆がある。
たまとの出会いそのものは偶然だった。多くの会社では、偶然生まれたヒット商品やスター社員に依存してしまう。そして本人が退職したり、ブームが終わったりすると、一緒に競争力まで消えてしまう。
強い会社は違う。
偶然発生した成功について、「なぜ成功したのか」を分析し、それを再現可能な仕組みに変える。
たまという一匹の三毛猫に依存するのではなく、「猫駅長」という役職を作る。昇進制度を作る。イベントを作る。後継者を育てる。車両や駅、商品へブランドを展開する。
属人的な成功を組織能力へ変換したのである。
和歌山電鐵は2026年4月に開業20周年を迎えた。同社によれば、現在では年間80以上のイベントを実施しているという。
猫駅長は全国にいる。
しかし、猫を「かわいいマスコット」で終わらせず、20年近くにわたって人事、広報、観光、車両、駅、物販、そしてサクセッションまで一つの経営システムとして回している鉄道会社は珍しい。
地方鉄道の経営は厳しい。
だからこそ、「猫がいるから客が来る」という偶然に期待するだけでは足りない。偶然や幸運が訪れたとき、それを持続可能な仕組みに変えられるか。
たま駅長が教えてくれるのは、地方鉄道の集客方法だけではない。偶然の成功を仕組みに変え、次世代へ継承するとはどういうことなのか。
たま大明神は、今も貴志駅から日本企業を見ている。







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