「あなたの強みは?」に答えられなくて、当然だ

自分の強みを、3秒で言えるだろうか。

言えない人のほうが多いと思う。私も言えなかった。いや、正確には、言えるつもりでいた。資格や役職や担当業務を、強みだと思い込んでいたのだ。

『AI「自分データベース」』(永松ゆり著)standards

話は少し飛ぶ。

若い魚が2匹、泳いでいる。向こうから年配の魚がやってきて「やあ諸君、今日の水加減はどうだい?」と声をかける。2匹は黙ってすれ違い、しばらくして1匹がもう1匹に聞く。「ところで、水って何だ?」

作家のデヴィッド・フォスター・ウォレスが、2005年にケニオン大学の卒業式で語った寓話だ。笑える話である。笑ったあとで、これは自分のことだと気づく。

強みというのは、たぶん、この水だ。

努力して手に入れた特技なら、自分でも覚えている。苦労した記憶がついているからだ。ところが本物の強みは、息をするように繰り返してきたことの中にある。苦労の記憶がない。だから見えない。本人は「たいしたことはしていません」と言う。謙遜ではない。本気でそう思っている。そこが厄介なのだ。

(ついでに言っておくと、強み診断の結果をそのまま面接で読み上げても、相手の心にはまず残らない。診断の言葉は、どうしても誰にでも当てはまる形になる。そこに、その人の水の色は映らない。)

私の場合、きっかけはパリだった。ある会議で、一言も発せなかった。言いたいことは頭の中にあった。あったはずなのに、何を言えば相手に届くのかがわからない。ただ、時間が過ぎるのを待っていた。

それ以来、ひとつの問いが残った。「どう話せば、うまく見えるか」ではない。「何を語れば、相手の心に届くのか」だ。

その問いが、私の仕事の底をずっと流れていた。気づいたのは、ずっと後になってからだ。昔の記録を読み返していたら、ばらばらだと思っていた出来事が、同じ問いでつながっていた。答えは最初から手元にあったわけだ。

自分を言葉にできないのは、表現力のせいではない。近すぎるのだ。

だから、頭の中で強みを探すのはやめたほうがいい。考えれば考えるほど、水は透明になる。(気取った言い方か。でも、本当にそうなのだ。)手元の記録を、他人の書いたものだと思って読む。日記でも、メールでも、仕事のメモでもいい。AIに読ませて、何度も出てくる言葉を拾ってもらうのも手だ。

で、最初の問いに戻る。あなたの強みは何か。

3秒で答えられないなら、それでいい。その答えは、たぶん、あなたの頭の中ではなく、あなたが残してきたもののほうにある。

※ここでは、本編のエピソードをラノベ調コラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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