米国が「世界の警察官」として国際秩序を維持してきたパクス・アメリカーナの時代が終焉を迎えたと論じられるようになって久しい。
グローバル化によって、激戦州がひしめく中西部を中心に製造業が衰退したことで、米国の政策は保護主義的な方向へと引っ張られるようになった。また、長期化した中東での戦争は、米国の自信や戦意を著しく削いでいる。
さらに、ファーリド・ザカリアが「他国の台頭(Rise of the Rest)」と表現した現象によって、第二次世界大戦直後に米国が手にした圧倒的な国力は、相対的に低下している。

トランプ大統領 ホワイトハウスHPより
1. 米国衰退論への反論と一極構造の持続
しかし、米国の相対的な国力が低下していることは事実だとしても、米国が依然として圧倒的な国力を維持していることもまた事実である。「米国衰退論」に批判的な立場をとるマイケル・ベックリーによれば、近年、国内政治における米国の機能不全が目立つ一方で、国際社会における米国の相対的な地位は、むしろ改善しているという。
冷戦終結直後、米国は世界のGDPの約26%を占め、「一極の瞬間 (The Unipolar Moment)」ともてはやされたが、現在の米国の世界GDPに占める割合は、当時と大きく変わっていない。また、リーマン・ショックの時期には米国とユーロ圏の経済規模はほぼ拮抗していたが、現在では米国の経済規模はユーロ圏の約2倍に達している。さらに、グローバルサウスと呼ばれる新興国・途上国の経済規模を合計しても、米国のGDPを約30%下回るという。
少なくとも経済規模という指標から見る限り、米国の国力は大きく損なわれているとは言い難く、むしろ他の主要国・地域に対する優位を維持しているといえる。また、米国の総合的な国力を考慮すれば、見方によっては、米国の覇権はいまだに堅持されていると評価することもできる。
単一の大国が国際システムにおいて卓越した地位を占めることが国際秩序の安定につながるとする単極安定論を唱えるウィリアム・ウォールフォースらが2023年に発表した論考によれば、経済力、軍事力、技術投資額、さらには同盟網の規模を総合的に勘案すると、「現在の国際的なパワーの分布は、二極化や多極化した構造というよりも、依然として一極構造に近い」という。
つまり、米国一極構造の傾向が依然として見られ、「多極世界」の出現が論じられる昨今においても、米国と完全に対等な「極」を形成しうる国は、中国を含めて存在しないとの見方が示されている。
2. 同盟網とAIが支える米国の構造的優位
一方で、第二次トランプ政権下における米国の同盟関係の揺らぎは、米国の覇権を下支えしてきた国際的なネットワークの弱体化を示唆するものでもある。さらに、カナダなどの中堅国による対米依存低下の動きは、いよいよ米国の国際的影響力の決定的な低下につながるという、ある種の運命論的な見方にもつながっている。しかし、現実はむしろ逆の方向に動いている可能性がある。
民主党系の代表的な外交論客であるカート・キャンベルとラッシュ・ドシは、2026年8月の論考において、米国の同盟国を取り巻く安全保障環境の悪化が、結果として米国の同盟網全体を引き締め、その結束を強める作用をもたらすと論じている。実際、キャンベルらによれば、「現在、米国は同盟国からの輸出の約2~3割を受け入れており、その比率はわずか5年前と比べても上昇して」いるという。さらに、「貿易戦争のさなかであった昨年でさえ、欧州、日本、インドはいずれも中国向けよりも米国向けに多く輸出していた」と指摘している。
またキャンベルらは、経済成長のみならず軍事的優位性にも影響を及ぼすAI分野においても、米国が他国を圧倒する状況が続くとの見方を示している。こうしたAI分野における米国の優位性は、同盟国が米国への依存をさらに強める新たな要因となりうる。
世界のクラウド市場では、アマゾン、グーグル、マイクロソフトの3社が市場の約3分の2を占めており、2026年には米国の主要クラウド事業者がAIインフラに7000億ドル超を投じると予想されている。
これに対し、欧州のAIの国産化への投資は約130億ドルにとどまる。一部の試算によれば、日本のAIインフラ市場への支出も、2026年には55億ドルを超える見通しだ。米国の民間企業によるAI投資と比べると、その規模には大きな差がある。
さらに注目すべきは、投資額のみならず、実際の技術力においても、米国が他国を大きく上回っている点である。2026年には、OpenAI、Anthropic、GoogleのAIモデルが、それぞれサイバーセキュリティの評価環境からインターネット上の実在するシステムにアクセスし、不正アクセスにつながる事象が報告されている。OpenAIのモデルは隔離環境を突破してHugging Faceのシステムに侵入し、AnthropicのClaudeも複数の実在組織のシステムに不正アクセスした。
また、GoogleのGeminiについても、試験中に実在する企業3社のシステムに侵入する事態が発生した。少なくとも米国の主要AI企業3社が、脆弱性の発見や複数段階にわたる攻撃行動をAIに実行させられる段階に到達していることは注目に値する。
こうした技術的優位性は、米国の相対的な国力を評価する上でも無視できない要素である。さらに、Metaやイーロン・マスク率いるxAIも、先行する企業との差を縮めるべく、生成AIへの投資を積極的に拡大している。こうした米国内における熾烈な企業間競争は、AI分野における米国の技術的優位性をさらに押し上げる可能性がある。
3. 米国の「内向き化」は国力の衰退を意味するのか
このような米国の総合的な国力の強さは、「内向き化」とされる現象を理解する上でも、再考を促すものである。第二次トランプ政権下で軍事行動が積極化していることは、近年の米国の軍事面での消極化が、単純な国力の低下によるものではなく、米国自身の自信喪失にも大きく起因していたことを示唆しているのではないだろうか。
トランプが政権に復帰して以降、これまで米軍が領土を直接攻撃したことのない国に対する軍事行動も相次いでいる。この背景には、「Make America Great Again(MAGA)」という標語が象徴するように、米国が名実ともに覇権国として君臨していた時代を「再び」実現しようとするトランプ自身の世界観があると考えることができる。
すなわち、米国が依然として保持する圧倒的な国力と、トランプ大統領の個人的な外交・安全保障観が組み合わさることで、米国の政策が軍事力を積極的に行使する方向へと動いている可能性がある。
これは、トランプが既に強大な米国の国力を「再発見」したと捉えることもできる。言い換えれば、「内向き化」していた米国を制約していたのは、国力そのものではなく、それをいかに行使するかという「意思」だった、という視座である。
4. イラク戦争後の厭戦機運と米国の国際関与
こうした動きと対照的なのが、イラク戦争後に米国内で強まった厭戦機運である。米国の軍事的関与に対する世論の悪化が顕著になったのは、戦争を開始した2003年そのものではなく、占領後に反政府勢力による攻撃が頻発し、米兵の死傷者が増加した2006年前後であった。
2004年の大統領選で一般投票の過半数を得て再選を果たしたブッシュ・ジュニアは、2005年1月の第2期就任演説で「世界における専制を終焉させるという究極の目標」を掲げ、「世界の平和にとって最も大きな希望は、全世界に自由が広がることである」と述べ、テロとの戦いの縮小どころか、テロの撲滅を含む野心的な目標を示唆していた。
しかし、そのわずか1年余り後の2006年12月には、ブッシュのイラク政策を支持する米国民は23%にまで低下し、71%が不支持と回答している。
この世論の変化は、米国の軍事的関与に対する厭戦感情が、単なる国力の低下ではなく、軍事介入がもたらす人的・政治的コストへの認識と密接に結びついていたことを示唆している。こうした観点から見ると、近年の米国の「内向き化」を理解する上では、国力の相対的低下だけでなく、米国社会における自信や戦意の変化にも目を向ける必要がある。
しかし、武力行使への慎重姿勢が台頭する一方で、国際的関与そのものを維持することについては、米国内で依然として強い支持が存在する。2025年10月に発表されたシカゴ国際問題評議会の世論調査によれば、60%の米国民が、米国は世界情勢に「積極的な役割」を果たすべきだと回答しており、2024年の56%から4ポイント上昇した。また、2025年12月に発表された同評議会の調査では、81%が米国は同盟国を防衛するために軍事力を行使することを支持している。
オバマ元大統領の言葉を借りるならば、米国民が必ずしも否定していないのは「戦争」そのものではなく、「愚かな戦争」なのではないだろうか。実際、ウクライナへの支援をめぐっては党派間の意見の隔たりが存在するものの、米国による関与を支持する世論は依然として一定の広がりを持っている。
前述のシカゴ国際問題評議会の2025年8月の世論調査では、米国民の62%がウクライナへの追加の武器・軍事物資の提供を支持しており、孤立主義勢力の伸長傾向も指摘される共和党支持者の間でも51%が支持していた。共和党支持者に限れば、2025年3月の30%から21ポイント上昇しており、ウクライナへの軍事支援に対する支持は共和党支持層でも回復していた。
5. 「第二の1970年代」か、米国の新たな黄金時代か
また、第二次トランプ政権下では、米国による直接的な支援の形が変化する一方、欧州諸国がより大きな役割を担う形でウクライナ支援が継続されている。こうしたことから、米国民は国際関与そのものを否定しているのではなく、関与の目的や費用、リスク、そして負担の分担について、より厳しく問うようになっていると捉えるべきだろう。
以上のことから、現在の米国が直面している問題は、国力そのものの低下ではなく、むしろ圧倒的な国力を戦略的に活用できていないことにあると考えられる。ウクライナ支援やイラン戦争を通じて露呈した弾薬不足は、その一例である。
しかし、物資面での不足については、米軍が発揮する戦闘能力によって一定程度補完できると主張する識者もいる。さらに、米国が自らの意思と能力を適切に伝達することができれば、客観的には不利な状況においても、相手国に軍事力の行使を思いとどまらせるだけの抑止力を維持できる可能性がある。
AI分野における米国の圧倒的な地位や、ベネズエラへの軍事行動やイラン戦争において示された米軍の高い戦闘能力を見る限り、米国という国家が衰退の一途をたどっているとは、どうしても考えにくい。そもそも、今日広く語られている「米国衰退論」は、冷戦期から繰り返し提唱されてきたものでもある。
文化的争点の台頭に伴う政治的分断の深刻化に加え、ベトナム戦争での敗北やイラン人質事件が重なった1970年代には、米国の衰退のみならず、「解体」すら日本国内で懸念されていた。しかし、1970年代に盛んに語られた米国衰退論は、1980年代におけるインフレの沈静化や、1990年代以降のIT産業の台頭によって、やがて過去の一時的な悲観論として捉えられるようになった。
もし現在が、世界秩序が大きく揺らいだ1930年代の再来ではなく、むしろ第二の1970年代なのだとすれば、米国は今後、失われた自信を取り戻し、AIをはじめとする新産業における優位をさらに確立することで、再び新たな繁栄の時代を迎える可能性もある。
そうだとすれば、私たちは米国の衰退の始まりではなく、次なる「黄金時代」の入り口に立っているのかもしれない。







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