黒坂岳央です。
「分からないことがあれば、Googleで検索する」
インターネットが普及して以来、これは当たり前の習慣だった。「ググレカス」を言う側こそが「情報強者」だった。検索能力の高さは、そのまま情報強者の証しでもあったのである。
だが、筆者はもうGoogleに限らず、ネット検索自体が死んだと感じる。かつて「ググレカス」だった言葉は「ググレバカス」になってしまったのだ。

Cristina Gaidau/iStock
むしろ問題が増えてしまう「検索結果」
Google検索は少し前からヤバいと言われるようになっていた。検索しても似たような企業サイトや比較記事ばかりが出てくる。SNSで調べれば、広告、宣伝、炎上、真偽不明の情報が目に入る。いや、Xは検索キーワードと無関係な結果が上位表示される。
それだけではない。今はAIが生成したもっともらしいハルシネーションまで、検索結果の上部に表示されるようになった。
昔は人間がやっていた「検索汚染」をAIとアルゴリズムが今は汚す。二重に汚れた検索を見て問題が解決するどころか、むしろ問題を増やす結果になる。
もちろん、検索が完全に役に立たなくなったわけではない。しかし、以前と比べて、欲しい情報にたどり着くまでの手間が増えたと感じる場面は少なくない。
なぜこんなことになったのか。筆者なりに考えてみたい。
検索結果から「個人の本音」が消えた
かつてのインターネットには、個人が書いた情報があふれていた。筆者はこれこそがGoogleが世に提供した最大の価値だと思っている。
たとえば、パソコンの不具合を調べると、同じトラブルに遭遇した人が試行錯誤の過程をブログに書いていたり、旅行先を検索すれば、現地を訪れた人が失敗談や穴場の情報を紹介していたのだ。そこには、企業の公式サイトにはない価値があった。
実際に使ってみてどうだったか。何が不便だったか。どこで失敗したか。そうした生々しい体験談こそ、検索する価値のある情報だったし、比較したり多面的な視点を得られるので時間を惜しんで色んなサイトを読み漁ったものだった。
ところが、いつの頃からか検索結果の顔ぶれが変わってきた。企業サイト、比較記事という名の「実際には作成者が売りたいモノランキングサイト」しか出てこない。かなりテクニカルに探さないと個人サイトにたどり着けなくなってしまった。今や、個人ブログはnoteなど別プラットフォームで探した方が面白い記事を読めるくらいだ。
検索結果はお金とつながる
なぜこうなってしまったのか。その最大の理由は検索結果の上位に表示されること自体がお金になるからだ。
企業は検索順位を上げるためにSEO対策をし、比較サイトは商品を紹介して広告収入や成果報酬を得る。検索エンジンも広告で収益を得ている。筆者自身も書いている記事から仕事の依頼が来るので大変助かっている。
それぞれの立場では合理的な行動だ。しかし、利用者が知りたい情報と、情報を発信する側が見せたい情報は必ずしも一致しない。
そしてAIの登場で検索はさらにおかしくなった。AIによって、記事を作るコストは劇的に下がったことで、ノイズは激増。読みはじめて3秒で生成AIと分かる記事や文体、テンプレの記事が大量生産されている。
もちろん、自分は反AI派ではないが、書き手の視点がなく、中央値的な文章が山程出てしまうと、本当に読みたい尖った意見などは埋もれてしまう。AI臭さを隠そうともしない記事の中で、かつて内容の良かったものを見たことがないので、読者にとっては検索結果を邪魔する存在でしかない。
そして、冒頭に述べたように検索エンジン自身が、AIで作った答えを検索結果の上部に表示するようになったのである。それが正しければ問題はないが、実際は間違っていることも少なくない。
◇
かつてGoogleはごちゃまぜになっていた世界中の情報を整理し、アクセスしやすいようにしてくれた。そして今、一度整理された情報が再びごちゃまぜに戻ってしまった。
では、これから我々はどうすればよいのだろうか。結論、AIの使い方を身につけることだ。AIは問いの立て方、質問の仕方、条件の付け方などで結果は天地ほど変わる。また、同じAIモデルでも個人別のチューニングで返される結果はまったく違う。
検索は死んだ。だが、それは必ずしも悪いことではない。Googleが世界中の情報を整理したように、今度はAIが一人ひとりに必要な情報を整理する時代が始まったのだ。
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「Z世代を甘やかすな」(著:黒坂岳央)







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