
2026年8月19日の朝、中国甘粛省の砂漠に、1本のロケットが「立って」いた。民間企業・藍箭航天(ランドスペース)の朱雀3号の1段目である。酒泉の東風商業宇宙イノベーション試験区から打ち上げられ、衛星を軌道に送り届けた後、約390キロ離れた民勤県の着陸場に、4本の脚で戻ってきた。中国で初めての地上へのブースター回収だった。
その6週間前の7月10日には、国有の中国航天科技集団(CASC)が、長征10号Bの1段目を南シナ海の回収船の上で「網」で捕まえている。脚で降りるのではなく、張り巡らせたケーブルに引っかけて宙づりにする。ネット方式によるロケット1段目の回収は世界初とされる。
スペースXも網を張った船で衛星カバー(フェアリング)を受け止めたことはあり、大型ブースター「スーパーヘビー」は発射塔のアームで空中で帰還ロケットをつかんでいる。だが、1段目そのものを網で捕まえた例はこれまでなかった。
脚で立つロケットと、網で捕まるロケット。わずか2カ月足らずの間に、中国は2つの方法で「使い捨てでない宇宙」の入口に立った。
米外交誌フォーリン・アフェアーズ(2026年10月14日)に掲載されたジョージタウン大学CSETのカスリーン・カーリー、サム・ブレズニック両氏の論文「China’s Next Frontier」は、これを米国の宇宙覇権の終わりの始まりとして描いている。
本稿では、論文の主張を米宇宙軍、NATO、日本政府などの公表資料で確かめながら、日本にとっての意味を考えたい。
使い捨てをやめた国が勝つ
ロケットを毎回捨てるのは、旅客機を一往復ごとに廃棄するようなものだ。再使用ができれば、打ち上げコストが下がり、打ち上げの頻度が上がる。これを10年以上かけて実現したのが米スペースXであり、米国の宇宙での優位はかなりの部分がこの1社に支えられている。
数字で見ると、差はまだ大きい。民間調査会社Payloadの集計では、2025年のスペースXの打ち上げは170回で、中国全体の92回のほぼ倍だった。
しかし、中国の伸びは急だ。中国の打ち上げは2020年の39回から2025年には92回と、5年で2倍以上になった。中国国家統計局の公報によれば、92回のうち50回、約54%が商業打ち上げである。
「フォーリン・アフェアーズ」の論文によれば、北京が2014年に宇宙分野の一部を民間投資に開放して以降、中国の商業宇宙企業は400社を超えた。国や地方政府が国有系ファンドで資金を出し、工場の設備更新や打ち上げに補助金を出し、政府の試験設備まで民間に開放している。
官が土台をつくり、民がスピードを出す。この組み合わせの上に、今回の「回収」が乗った。論文は、中国が10年以内に米国の本格的な競争相手になりうると見ている。
湾岸戦争を見ていた中国
中国がここまで宇宙にこだわる理由は、35年前にさかのぼる。1990〜91年の湾岸戦争で、米軍は衛星を使って砂漠を正確に移動し、戦場の情報をリアルタイムで共有し、イラク軍を短期間で打ち破った。論文によれば、これを見た北京は自らの遅れの大きさに気づき、追い上げに動いた。米国のGPSに頼らないための測位システム「北斗」の開発が始まったのは2000年である。
その結果が、いまの数字だ。米宇宙軍の「Space Threat Fact Sheet」によれば、中国人民解放軍は光学・マルチスペクトル・レーダー・電波の各種センサーを持つ情報収集・警戒監視・偵察(ISR)衛星を510基以上利用できる。中国が軌道上に持つ衛星は2025年11月時点で1,301基を超え、2015年末から約1,100基増えた。
内閣府の資料によれば、2015〜2024年の10年間に打ち上げられた衛星の数は、中国の1,094基に対し、日本は130基にとどまる(スターリンクを除く集計)。
衛星の数は、そのまま「目」の数である。論文が強調するのは、米軍が「キルチェーン」、つまり目標を見つけ、狙い、攻撃し、結果を確認するという一連の流れのほぼすべてを衛星に頼っている点だ。人民解放軍の戦略家は、だからこそ米国の宇宙資産を価値の高い攻撃目標と見ている。
中国は2007年に衛星破壊ミサイルの実験に成功して以来、電子戦や指向性エネルギー兵器の開発も進めてきた。2022年には衛星「実践21号」が、機能を停止した中国の衛星にドッキングして別の軌道へ運んだ。宇宙ごみの除去にも使える技術だが、他国の衛星を「つかんで動かす」ことにも使える。
スターリンクの対抗馬「千帆」
軍事だけではない。商業の世界でも、中国はスペースXの衛星インターネット「スターリンク」に挑んでいる。
上海の企業が運営する「千帆(Qianfan)」は1万5,000基超の衛星を計画し、ブラジルの通信規制当局アナテルは2026年2月に千帆の商用サービス開始を認可した。同社はマレーシア、モンゴル、カザフスタンでも試験に成功したとしている。
もっとも、現状はまだ小さい。衛星追跡サイトKeepTrackのデータでは、千帆の衛星で軌道上にあるのは238基(2026年10月10日時点)。1万基を超えるスターリンクとは桁が二つ違う。初期の衛星には不具合も出た。ここで再使用ロケットが効いてくる。衛星を何千基も上げるには、安く、何度も打ち上げられるロケットが要る。8月19日の着陸は、その前提条件が整い始めたことを意味する。
米国の弱点は「SpaceX一本足」
論文で最も興味深いのは、中国の脅威よりも、米国自身の弱点の指摘だ。米国は世界の打ち上げをリードしているが、それは主にスペースXのおかげである。論文によれば、米国の打ち上げの6回に5回はスペースXだ。もし技術的な失敗や発射設備の被害でスペースXが止まれば、米国の打ち上げ能力は大きく損なわれる。
そのスペースXが、主力ロケット「ファルコン9」を段階的に退役させようとしている。同社は2026年5月の新規株式公開(IPO)の目論見書で、ファルコン9の打ち上げは今後減っていく見通しだと記した。次世代の大型ロケット「スターシップ」に経営資源を移すためだ。
米宇宙専門誌「The Space Review」によれば、9月にパリで開かれた業界会議では、ブルーオリジンのニューグレンやULAのヴァルカンが飛行停止中であることも重なり、打ち上げ枠の不足が大きな話題になった。
独占は効率がいい。しかし、独占は脆い。両氏は、米政府が契約をより多くの企業に配分し、国家安全保障上重要な新興技術では連邦機関が「アンカー顧客」となって企業を育てるべきだと提言している。スペースXも、もとはNASAの契約で育った会社である。
衛星が使えない前提で戦う
論文のもう一つの重要な提言は、発想の転換だ。衛星通信が妨害され、GPSが使えず、宇宙からの情報が限られる。そうした状況で戦うことを前提に備えよ、というのである。
具体的には、GPSなしで位置を知る慣性航法や量子センサー、衛星の代わりに通信を中継する高高度のドローンや気球、妨害されにくいレーザー通信、一部の拠点が破壊されても自動で迂回するメッシュネットワークなどへの投資を挙げている。通信が切れたときに現場で判断できるよう、意思決定の権限移譲の仕組みも一層重要になるという。
同盟国の動きも始まっている。2026年7月7日、トルコ・アンカラでのNATO首脳会議の防衛産業フォーラムで、カナダ、デンマーク、フィンランド、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、トルコの8カ国が「HALO」を立ち上げた。各国が所有・管理する軍事衛星をつなぎ、通信、情報、ミサイル追跡に使う一つの「メガコンステレーション」にする構想だ。
新しい衛星を打ち上げるのではなく、既存の衛星をネットワークでつなぐ点に特徴がある。一つの衛星が失われても、機能を別の衛星に振り替えられる。
また、2024年10月に14カ国で始まったNATOの「STARLIFT」は、同盟国各地の射場を使って危機時に素早く打ち上げる仕組みを検討しており、今回カナダが15カ国目として加わった。
では、日本はどうか
日本も手を打っていないわけではない。2026年6月26日、改正防衛省設置法などが成立し、航空自衛隊は2026年度中に「航空宇宙自衛隊」へ改編され、空将を指揮官とする「宇宙作戦集団」が新設される。
その前段として、2026年3月には「宇宙作戦団」が新編され、人員は約310人から約670人に拡大した。資金面では、2023年11月の経済対策でJAXAに「宇宙戦略基金」が設けられ、10年間で総額1兆円規模の支援を目指している。
私が参議院議員だった2008年、宇宙基本法の制定に関わった。自民、公明、民主の3党による議員立法である。超党派で取り組んだのが、第2条の「宇宙の平和的利用」の規定だ。宇宙開発利用は「日本国憲法の平和主義の理念にのっとり」行うと定めた。それでも当時は「宇宙の軍事利用に道を開く法律」と受け止められ、メディアで私は名指しで批判された。あの頃を思えば、状況は大きく変わった。
ただ、肝心の「宇宙へ行く足」は細い。内閣府の資料自身が、日本のロケットによる軌道投入の成功数や、自国衛星を自国ロケットで打ち上げた割合は米中に大きく劣後すると認めている。基幹ロケットH3は、2025年12月22日の8号機で準天頂衛星「みちびき5号機」の軌道投入に失敗した。衛星を載せる部分の部材の剥離が原因とされ、打ち上げ再開は2026年6月12日まで待つことになった。
明るい材料もある。ホンダは2025年6月、北海道大樹町で自社開発の実験用再使用ロケットを打ち上げ、高度約271メートルまで上昇させた後、目標地点から37センチの位置に着陸させた。2029年までに宇宙空間に届くサブオービタル飛行の技術的な実現を目指している。
自動車メーカーの制御技術が宇宙で生きる。日本らしい挑戦だと思う。個人的にはホンダには頑張ってほしい。フィジカルAIでもホンダは技術力の蓄積があると私は期している。
「一本足」にならないために
ここからは筆者の考えである。「フォーリン・アフェアーズ」の論文は米国向けに書かれているが、その教訓は日本にこそ重い。
第一に、打ち上げ手段の複線化である。米国ですら「スペースX一本足」が弱点と指摘される。日本がH3一機種に頼る状況は、それ以上に脆い。政府は2030年代前半までに年30件程度の打ち上げ能力を確保する目標を掲げている。H3の安定化と並行して、民間の小型ロケットや再使用ロケットの開発を、政府が最初の顧客として買い支える仕組みが要る。宇宙戦略基金の1兆円は、技術開発の補助だけでなく、「買う約束」とセットで使うべきだ。
第二に、衛星が使えなくなる前提での備えである。日本の物流、金融、通信は、測位衛星の時刻信号に深く依存している。有事に限らず、妨害や障害で衛星が止まった場合に社会をどう回すか。防衛だけでなく、重要インフラ全体の課題として検討を急ぐ必要がある。私は有事には衛星機能が妨害されるという前提でインフラ設計を強化すべきだと考える。
第三に、同盟国とのネットワーク化である。HALOは「自国の衛星は自国が持ち続けたまま、つなぐ」という発想だ。衛星の数で米中に及ばない日本にとって、米国や欧州、豪州などとつながることで抗堪性を高める道は現実的である。
ロケットが帰ってくる時代になった。宇宙はもはや一つの超大国が独占する場所ではない。両氏の言葉を借りれば、多極化した宇宙の時代がやってくる。そのとき、日本は「見ているだけの国」でいてはならない。
【主な参照資料】
Foreign Affairs、米宇宙軍「Space Threat Fact Sheet」、NATO発表、中国国家統計局公報、内閣府宇宙開発戦略推進事務局資料、防衛省資料、JAXA・文部科学省資料、Payload、The Space Review







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