世代会計によれば、2023年時点の0歳世代が負う生涯純負担は7,899万円、純負担率は28.7%である。これから生まれる将来世代では、純負担額が1億4,858万円、純負担率が58.2%に達する。今日の財政赤字は、未来の請求書になる。そこで奪われるのは所得だけではない。将来世代が国家の役割を決め、自らの社会を選ぶ自由である。

日本の財政で最も重い負担を背負うのは誰か。世代会計(「世代会計による基礎年金底上げの定量的な評価」(関東学院大学経済学部紀要『経済系』291集))が示す答えは、働き始めた若者でも、生まれたばかりの子どもでもない。まだ生まれていない将来世代である。
世代会計では、一人の人が生涯に政府へ支払う税・社会保険料などから、年金、医療、教育をはじめとする政府からの受益を差し引き、世代ごとの純負担を計算する。年度ごとの予算だけを見ていては分からない、各世代と財政との長期的な関係を映し出す方法である。
2023年時点の0歳世代は、生涯を通じて7,899万円の純負担を負う。その額は生涯所得の28.7%に相当する。純負担率は10歳で25.1%、30歳で17.9%、50歳で4.3%、70歳では0.8%となる。若い世代ほど、生涯所得の多くを財政の純負担に充てる構造がはっきりと表れている。
さらに、75歳以上では受益が負担を上回る。受益超過額は75歳で371万円、80歳で830万円、85歳で1,572万円、90歳では2,436万円である。

出典:世代会計による基礎年金底上げの定量的な評価」(関東学院大学経済学部「経済系」9頁)
ただし、この結果を高齢者への批判として読む必要はない。賦課方式の社会保障を維持すれば世代間格差が拡大するのは当然だ。問われるべきなのは、現在の受益を支える負担を、どの世代にどこまで委ねるのかという政治の選択である。
将来世代の負担率は58.2%
この試算結果で際立つのは、これから生まれる将来世代の数字である。将来世代の生涯純負担額は1億4,858万円、純負担率は58.2%に達する。現在の0歳世代と比べると、純負担額は6,959万円多く、純負担率には29.5ポイントもの差がある。
つまり、現在の0歳世代にもすでに重い負担が見込まれているが、将来世代には、その約2倍の負担率が待っている。
なぜ、生まれる時期が少し違うだけで、これほど大きな差が生まれるのか。その理由は、現在世代の受益と負担だけでは処理できない財政上の不足が、将来へ積み残されるからである。
今日の財政赤字は、未来の請求書になる
政府が税収を上回る支出を続け、その不足を国債で賄えば、現在世代は直ちに負担を引き上げずに公共サービスや社会保障を受けられる。しかし、支出の代金までなくなるわけではない。国債の償還や利払いを通じて、支払う時期が未来へ移る。
世代会計は、この先送りを生涯単位で可視化する。現在世代が税や社会保険料として引き受けなかった部分は、将来世代の純負担へ組み込まれる。その集積が、1億4,858万円という請求書になる。
ここから分かるのは、財政赤字が単なる政府の帳簿上の問題ではないということである。今日の財政赤字は、誰かの将来負担になる。現在世代の負担を抑えたまま支出を続ければ、その分だけ、まだ政策決定に参加できない人々に支払いを委ねることになる。
財政赤字とは、負担をなくす仕組みではなく、負担を引き受ける世代を変える仕組みである。
奪われるのは所得だけではない
将来世代が引き受けるのは、金銭的な負担だけではない。過去から継承した債務の返済に多くの財源を充てれば、その世代が自ら必要と考える政策に使える財源は小さくなる。
人口減少への対応、教育、子育て、科学技術、老朽化した社会基盤の更新など、将来世代には将来世代の課題がある。ところが、現在世代が残した支払いに予算を拘束されれば、自分たちの社会を自分たちで選ぶ余地まで狭められる。
したがって、財政赤字が未来から奪うのは所得だけではない。将来世代が国家の役割を決める自由である。
この点に、世代会計を見る本当の意味がある。1億4,858万円という数字は、将来世代の損得を示すだけではない。現在の政策が、未来の政策選択をどこまで先取りしているかを示している。
借金と同時に、何を残すのか
もちろん、すべての国債発行を同じように評価することも適切ではない。国債によって調達した資金が、教育、研究開発、社会基盤などを通じて将来の生産力や生活条件を高めるなら、将来世代は債務とともに資産や便益を受け取る。
反対に、現在の給付や消費を維持するために債務を増やし、将来に十分な価値を残さなければ、将来世代の手元には請求書が残る。重要なのは国債の有無だけではなく、現在世代が何のために借り、その対価として何を未来へ渡すかである。
財政の持続可能性も、政府が形式的に債務を返済できるかという問題にとどまらない。現在世代の受益をどこまで現在世代が負担し、将来世代へどのような社会と選択肢を残すかという問題である。
声がないことは、同意ではない
まだ生まれていない人々は、選挙で意思を示せない。世論調査にも答えず、負担の上限を求めることもできない。そのため、現在の政治にとって、将来世代は最も負担を回しやすい相手になる。
しかし、声が聞こえないことは、同意を意味しない。
将来世代の生涯純負担率58.2%という結果が問いかけているのは、増税か歳出削減かという単純な二択ではない。現在の受益と負担の均衡を確かめ、将来にも価値を残す支出を選び、未来へ送る負担の大きさを現在の責任として決めることである。
現在の0歳世代には7,899万円、まだ生まれていない将来世代には1億4,858万円の純負担が見込まれている。この約7,000万円の差を、出生時期の違いだけで説明してよいはずはない。
未来は、現在世代が使うための財源ではない。これから生まれる人々が、自らの人生・社会を選ぶための時間である。
編集部より:この記事は財政学者・島澤諭氏のnote「市民経済論で読む日本」2026年10月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は島澤氏のnote「市民経済論で読む日本」をご覧ください







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