黒坂岳央です。
SNSは、とかく「勝つか負けるか」という見世物小屋になりがちである。
誰かが意見を述べれば反論が飛び、反論すればさらに言い返される。いつの間にか議論の中身より、どちらが相手を言い負かしたかが注目される。YouTubeのコメント欄のケンカも似たような状況になりがちだ。
筆者自身も昔は記事についた反論で他人と言い争っていた時期があった。理不尽なことを言われれば腹も立つし、ムキになって言い返していた。だが、今は完全にやめた。
話せば分かる相手とだけ対話し、それ以外の話が通じない相手には一切反応しない。言いたいことを好きなだけ言わせて、わざわざ訂正もしない。
これは我慢しているのではない。単純に、その方が合理的だと気づいたからである。こうした経験から筆者は「強者ほど敵を作らない」という持論を持つようになった。

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戦った時点で負け
筆者は、SNSなどでの無益な言い争いは、参加した時点で100%負けだと考えている。
なぜなら、仮に相手を完膚なきまでに論破したとしても、失った時間は二度と戻ってこないからだ。言い争いには時間がかかる。相手の主張を読み、反論を考え、文章を作り、さらに返ってきた反論に対応する。場合によっては何時間も費やすことになる。
それだけではない。腹を立てたり、相手の返信が気になったりして、精神的なエネルギーまで消耗する。
では、その代償として何が得られるのか。せいぜい「相手を言い負かしてやった」という一時的な満足感くらいである。
もちろん、討論番組への出演や、仕事上の重要な意思決定など、議論すること自体に明確な目的がある場合は別だ。しかし、SNSで見知らぬ相手と言い争い、相手を論破したところで、収入が増えるわけでも、生活が豊かになるわけでもない。得るものはないのに、失うものは山ほどある。
さらに厄介なのは、そもそも相手を完全に負かすことなど、ほとんど不可能だという点である。人間は、自分が間違っていると簡単には認めない。たとえ客観的な事実を突きつけられても、「相手は屁理屈を言っている」「都合の悪い部分を無視している」などと考える。いわゆる脳内勝利である。
そして第三者から見れば、いい大人がムキになって言い争っている場合は、「格上側が負け」と見なされる。
だから筆者は、無益な争いには最初から参加しないことにしている。勝てないから戦わないのではない。勝っても損をするから戦わないのだ。
一流は相手に「負けた」と思わせない
とはいえ、人生には意見を述べたり、相手と交渉したりしなければならない場面がある。そんなときに重要なのが、相手に敗北感を与えず、自分の目的を達成する技術である。
筆者が実践している方法は正面から否定せず、別の見方を提示することだ。例えば、SNSのコメント欄で相手が間違ったことを書いている場合だ。
「それは間違い」「事実はこう」と正面から否定すれば、相手は自分の立場を守ろうとして反論したくなるし、そこから不毛な言い争いが始まる。
そのため、話が通じそうな相手には次のように返すようにしている。「なるほど、そういう見方もありますね。一方で、こういう考え方もできるかもしれません」。
これなら相手を直接否定することなく、自分の見解を提示できる。相手も面と向かって間違いを指摘されたわけではないため、反発しない。そして、双方の意見を読んだ第三者は、どちらに説得力があるか自然に伝わる。
筆者は以前、このような対応をしている人を見て、実にうまいやり方だと感心した。それ以来、自分でも取り入れるようにしている。
相手に勝ちを譲る
もう一つは、仕事上の交渉である。
ビジネスでは、どうしても双方の利害が対立する場面がある。利益をどう分配するか、経費をどちらが負担するか、契約条件をどうするか。お互いに譲れない部分があるのは当然だ。そんなとき、自分の要求を100%通そうとすると、相手も意地になり、交渉が決裂することがある。
筆者は、重要な部分は守りつつ、それほど重要でない部分は相手に譲るようにしている。
例えば、筆者は仕事で東京へ出張することがある。その際、先方と交通費や宿泊費の負担について相談することがあるのだが、先日もそのようなやり取りがあった。
先方が出せる経費には上限があり、飛行機代と宿泊費の両方は厳しいとのことだった。そこで筆者は、こう回答した。「宿泊費の部分は自分でなんとかします」と。
実は、筆者はクレジットカードの会員特典として、ホテルの無料宿泊特典を持っていた。これを使えば、筆者側の実質的な負担はほとんどない。一方、先方からすれば、予算内に収まるので社内の承認が通る。
ここで大事なのは、譲ったのが「自分にとっては小さく、相手にとっては大きいもの」だという点だ。自分が大きく損をする譲歩は長続きしないし、相手にも「この人は押せば引く」と思わせてしまう。しかし、自分の負担が小さく、相手の悩みが消えるものを差し出せば、双方の利益が増える。
交渉とは、必ずしも限られた利益を奪い合うゲームではない。相手の事情を理解し、双方にとって納得できる着地点を探すこともできる。そして、そのような交渉ができる相手とは、また仕事をしたいと思うものである。
敵を作らないのは、強い人にしかできない
敵を作らない人というと、気が弱い人や、争いを恐れる人を想像するかもしれない。しかし、筆者はむしろ逆だと考えている。敵を作らずに生きるには、相応の強さが必要なのだ。
自分に自信がないと、他人の何気ない言葉を攻撃だと受け取ったり、意見の違いを人格否定だと感じたりしやすくなる。また、過去に何度も理不尽な扱いを受けてきた人が、他人に強い警戒心を持つこともあるだろう。
人を信用できなければ、周囲の人間が敵に見えてしまうこともある。自分を守るために、先に攻撃するという心理が働くこともある。
しかし、誰も彼も敵だと思っていては、本来は協力できる相手まで遠ざけてしまう。
一方、自分に自信があり、精神的にも経済的にも余裕のある人は、目先の勝敗にこだわる必要がない。相手から多少気に入らないことを言われても、いちいち反応する必要はない。意見が違っても、相手の人格まで否定する必要はない。
仕事でも、自分だけが利益を独占するより、相手と協力して双方の利益を増やす方法を考えられる。
◇
もちろん、どれだけ穏やかに接していても、敵意を向けてくる人はいる。理不尽な要求を拒否したり、不正を正したりすれば、相手から恨まれることもあるだろう。それは避けられない。だが、避けられる敵まで自分から増やす必要はない。
本当の強さとは、戦いに勝つ力ではなく、戦わずに目的を達成する力なのである。逆に争ってばかりの人で総合的に勝ち続けている人を自分は見たことがない。
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