
知人から1冊の本を渡された。刊行も少し前だが、読み終えて人に勧めたくなった。転職とキャリアアップは別のものだという主張が、転職を重ねてきた私自身の記憶と重なったからである。
『35歳までに天職を探す「転職」の教科書』(鉾立由紀 著)Gakken
著者は人材紹介の現場で1000人を超えるビジネスマンの相談を受けてきた。その経験から言うのは、業界の上位にいる人や将来を嘱望される人でさえ、転職すれば、あるいは年収が上がればキャリアアップだと思い込んでいるということだ。
辞書ではキャリアアップは「より高い資格・能力を身につけること。経歴を高めること」、転職は「ほかの職に変わること」とある(いずれも『大辞泉』)。今の会社で成果を出して昇進するのも、仕事に役立つ資格を取るのも、定義に照らせば立派なキャリアアップである。
本には苦い例が並ぶ。新卒で入ったIT企業の長時間労働に耐えかねて1年半で辞め、2社目で営業チームのリーダーになった矢先に人材紹介会社の担当者に口説かれ、1年で外資系へ。その会社は半年後に日本から撤退し、20代後半で3社を渡った彼は、いま20〜30社に応募しても冷たくあしらわれている。
人材紹介会社の多くは自社の売上げを優先して企業の希望に沿う転職を勧めるから、相談する側が転職とキャリアアップを分けて考えていなければ、会社から会社へ運ばれるだけで終わる。著者の指摘はそこにある。
私も転職歴は多い。振り返れば、辞めた理由は2つに尽きる。1つは人間関係である。組織では上司の言葉が絶対で、従わなければ業務命令違反となり、懲戒の対象にもなりうる。誰とでもうまくやれと言うのはたやすいが、できる人は多くない。もう1つは、成果を出したのに評価されないことで、これが起きた瞬間に組織への忠誠心は底まで落ちる。そして部下はこう思う。〇〇部長はたくさんもらっていいな、部下を叱りつけるだけの簡単な仕事だと。
その部長の側に立つと、景色が一変する。役員として取締役会に出れば、そこは社長が檄を飛ばし、爆弾を落とす場だ。落とされた爆弾をそのまま部署に持ち帰れば現場が吹き飛ぶから、言葉を選び直して部下に伝える。叱りつけるだけに見えた仕事の中身は、その翻訳作業だった。転職したところで、上に立てば同じ役回りが待っている。
辞めたくなる理由の大半は、上司との関係と評価への不満である。それは転職で場所を変えても形を変えて現れる。著者が言うキャリアアップ、つまり能力と経歴を高めることは、その不満とは別の勘定で進めるものだ。辞める前に、その会社で何ができるようになったかを一度書き出してみる。転職の判断はそれからでも遅くない。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
■
日本初のClaude実用書です。発売即重版しました。
『3時間で身につくClaude活用術』(WAVE出版)









コメント