黒坂岳央です。
SNSでは、富裕層への批判が目立つ。「金持ちばかりが豊かで庶民は苦しい」「富裕層からもっとお金を取るべきだ」という声も少なくない。
確かに、金持ちが豊かになったからといって、庶民が明日、すぐに豊かになるわけではない。
だが、日本のお金持ちが貧乏になったら、庶民の暮らしは絶望的に貧しくなることは確実だ。なぜなら、日本社会を税金、雇用、消費の面から大きく支えているのは、ほかでもないお金持ちだからである。

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日本社会を支えているのはお金持ち
まず、税金の話から始めたい。日本では「金持ちはもっと税金を払え」という意見をよく目にする。しかし、実際には高所得者はすでに所得税の大きな部分を負担している。
国税庁の「令和5年分 民間給与実態統計調査」によると、年収800万円を超える給与所得者は全体の約11%にすぎない。だが、この約1割の人たちが負担する給与に対する源泉所得税は、全体の約66%に達する。
つまり、給与所得者の約1割が、給与にかかる所得税の約3分の2を負担しているのである。
次に雇用面で考える。企業経営者や投資家は、事業を立ち上げ、資金を投じ、従業員を雇用する。企業が利益を出せば、従業員に給料を払い、取引先に発注し、設備投資を行う。そのお金はさらに別の企業や労働者へと流れていく。
もちろん、富裕層全員が経営者というわけではなく、企業の利益は従業員の働きによっても生み出される。それでも、資本を提供し、事業上のリスクを引き受ける人々が雇用創出に重要な役割を果たしていることは確かだ。
さらに見落とされがちなのが、消費による貢献である。「あいつらばかりいい思いをしやがって」という批判がある。だが、彼らが消費しなければ日本経済は停滞する。
高級ホテルに宿泊し、レストランで食事をし、住宅を購入し、家事代行や介護サービスを利用する。こうした支出は、そこで働く人々の仕事と収入を生み出している。引退して働いていない富裕層も「消費」という形で経済を支える。
お金持ちは単にお金を持っているだけの存在ではない。納税し、投資し、消費することで、多くの人々の暮らしを支えているのである。
お金持ちを貧乏にすると庶民はもっと貧乏に
では、そんなお金持ちが一斉に資産を失ったら、何が起きるのだろうか。その恐ろしさを示したのが、2008年のリーマンショックである。
世界的な金融危機によって株価が暴落し、多くの資産家が巨額の損失を被った。最も被害を受けたのは富裕層以上に庶民だ。
企業は業績悪化や資金繰りの問題に直面し、設備投資を減らし、採用を停止し、ボーナスを削減した。派遣切りや雇い止めも社会問題になった。
日本の完全失業率は2008年平均の4.0%から2009年には5.1%へ上昇した。米国では2009年10月に失業率が10.0%に達している。
筆者自身、当時は超がつくほどの貧乏側にいた。就職氷河期の厳しい雇用環境を経験し、さらにリーマンショックによる不況の余波をまともに受けた。仕事がなくなるというのは、単に収入が少し減る程度ではすまない。その日暮らしさえ厳しくなり、将来の見通しも立たなくなるのだ。直接、体験するとあの絶望感は言語化するのが難しいレベルである。
なぜそうなったか?支える側が困窮したからだ。企業は生き残るために賞与を減らし、広告宣伝費や交際費を削減し、新規採用や設備投資を抑制した。そして彼らは雇用を絞ったから筆者は働く先を失ったのだ。
資産家は株式が半値になっても、残った資産で生活を続けられるかもしれない。株価が回復すれば、失った資産を取り戻せる。ところが、貯蓄の少ない労働者は失業した瞬間に生活が危機に陥る。
お金持ちを増やす政策を
では、どうすれば庶民の暮らしを豊かにできるのだろうか。
筆者は、お金持ちを貧乏にすることではなく、お金持ちが増えるような経済を作ることが重要だと考える。わかりやすい事例が米国のシリコンバレーである。
シリコンバレーは、世界的なIT企業やスタートアップが集積する、米国でも屈指の高所得地域だ。GoogleやApple、NVIDIAなどの巨大企業が生まれ、経営者や技術者の中から多くの富裕層が誕生してきた。
だが、恩恵を受けているのはIT企業の経営者やエンジニアだけではない。米国労働統計局によると、2025年のサンノゼ都市圏の平均時給は57.32ドルで、全米平均の33.54ドルを約7割も上回る。飲食サービス関連の仕事でも平均時給は23ドルを超えている。
高所得者が集まれば、飲食店、美容室、保育、住宅、家事代行など、そのエリアで働く人達もしっかり潤うのだ。
一方、米国で世帯所得中央値が最も低いミシシッピ州では、2024年の中央値は約5万9000ドルにとどまる。シリコンバレーとミシシッピ州の違いは、単にお金持ちの人数だけではない。高収益産業の集積、労働生産性、雇用機会など、地域の経済構造そのものが異なる。
つまり、高い利益を生み出す産業が存在する地域では、富裕層だけでなく、そこで働く一般の人々の賃金も高くなりやすいのである。
日本を支える企業
日本でも似た現象が熊本県菊陽町で起きている。半導体メーカーTSMCの進出で、地域経済が大きく変化した。工場建設に伴って関連企業が集まり、建設、不動産、飲食、物流など、さまざまな業界に新しい需要が生まれた。
2025年の地価公示では、菊陽町の住宅地で前年比17%もの上昇を記録した地点もある。半導体関連の人材需要が増えたことで、地域の採用競争も活発化している。
日本が目指すべきは、まさにこうした高い付加価値を生み出すビジネスの創出ではないだろうか。
◇
「お金持ちを貧乏にしても、貧乏な人はお金持ちになりません」と、イギリスの元首相であるマーガレット・サッチャー氏はいった。歴史から学べないものはお金持ちを必死に引きずり下ろそうとする。
だが、お金持ちを貧しくすれば貧乏人はお金持ちになれないどころではすまない。職を失って究極の貧乏人になるだけである。
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