アメリカのIT産業を活性化したのは規制だった、とEconomistは書いています。IBMの反トラスト法訴訟によってソフトウェアや周辺機器がアンバンドルされたことが互換機やソフトウェア産業を生み出し、AT&Tの分割によって通信産業に競争が導入され、インターネットが生まれました。
他方、日本は特許の数でいえば高いイノベーションを実現しているにもかかわらず、IT産業は沈んだままです。コンピュータ産業はいまだに垂直統合のITゼネコンに支配され、携帯電話もキャリアがベンダーを支配する構造が変わらない。Dujarric-Hagiuはこうした状況を打開する政策として「日本の独禁政策の強化」を提唱しています。
HagiuがRIETIに客員で来ていたとき、このテーマについて何度か議論したことがありますが、事実認識は私もほとんど同じです。しかし日本で独禁法を強化するというとき、どう運用するかがむずかしい。ITゼネコンも携帯業者も、形式的には独禁法違反とはいえない。NTTは特殊会社として強く規制されており、分割することは可能ですが、これまでの経験では地域分割は失敗しました。
ITゼネコンや通信業界を水平分離することが効率的だというのは私も同感ですが、日本では行政の独立性が弱いので、アメリカのような企業分割は政治的に不可能です。NTTについては、むしろ「0種会社」に規制を最小化し、インフラを同じ条件ですべての業者に開放することを義務づけてプラットフォーム競争を促進するとともに、サービスは自由化したほうがいいと思います。このときNTTグループが支配的地位を濫用した場合には、普通の企業と同じように独禁法で取り締まればいいのです。
・・・というように政府の介入を最小化すべきだというのが多くの経済学者のコンセンサスですが、現在のIT業界の絶望的な状況をみると、政府の介入が必要なのかもしれないという判断に私は少し傾いてきました。通信・放送業界全体を水平分離する「情報通信法案」も、換骨奪胎されて精神規定になりそうな形勢です。NTTは「2010年から検討する」として先送りした経営形態についての議論を、封印してしまいました。「変更すると今より有利になることはない」との(正しい)政治的判断からです。
今の古い産業構造が変わらないと、10年以内に日本のIT業界は、中国やインドにも抜かれて壊滅するでしょう。彼らが過去からの経路依存性によって新しい産業構造に適応できないなら、行政がその経路依存性を断ち切ってイノベーションを促進する政策も選択肢の一つです。この点では、情報通信法の規制を強めて、NTTも放送局も含めてインフラとサービスの水平分離を強制することも一つの選択肢だと思います。
このように行政が特定の産業構造を強制する政策は、IT産業全体をゆがめるリスクが大きい、という批判は承知しています。しかしIT業界がグローバルな階層構造になる流れは、ここ20年ぐらい続いており、見渡せる将来について変わる兆候はみえません。政府が一時的に「外科手術」を行なう代わり、水平分離後は規制を撤廃して自由競争にゆだねる「出口戦略」を担保しておけば、弊害は避けられるのではないでしょうか。もっともこうした企業分離は政治的にきわめて困難なので、よくも悪くも実行不可能ですが・・・