「普通の会社」にならないための全力疾走 - 『成功は1日で捨て去れ』

池田 信夫

★★★☆☆ (評者)池田信夫

成功は一日で捨て去れ成功は一日で捨て去れ
著者:柳井 正
販売元:新潮社
発売日:2009-10-15
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よく成功した経営者の自伝ほど役に立たないものはないという。成功の秘訣を、経営者が自分で的確に分析できるとは限らないからだ。しかし著者の『一勝九敗』は、繊維の小売りという衰退産業の2代目だった著者が、世間の常識にさからって製造直販を手がけ、中国で海外生産するハイリスクの事業を語っていておもしろい。本書はその続編で、ユニクロが日本の代表的な企業として認知されてからの話なので、それほどのスリルはない。

ただ経営者が読んで参考になるのは、既存の大企業が失ったチャレンジ精神を著者が持ち続けている点だろう。いったん社長の座を譲った後継者が安定成長路線を取り始めると更迭し、自分がふたたび社長になったり、フリース・ブームが去って減収減益になっているときに海外展開を拡大する冒険的な経営は、オーナー企業にしかできない。野菜の直販などの新事業も、半分以上は失敗したことを著者は正直に告白する。

いま著者の目は、グローバルなナンバーワンになることに向いている。ライバルは国内の同業者ではなく、GAPやH&Mだ。小売りの世界も総合的なGMS(スーパーマーケット型)から特定の商品に集中する「カテゴリーキラー」に移り、最近はユニクロのような製販一体のSPAが主役になり、グローバル10位以内に入らない企業は衰退するという。ここではもうサービス業と製造業という区別に意味がなく、小売業は「内需産業」でもない。

グローバル企業というとMBAが経営しているようなイメージがあるが、本書にはそういう理論はまったく出てこない。著者も「理論だけで売れる商品はつくれない」と言い切り、つねに成功体験を捨てて変化し続けることがユニクロのアイデンティティだという。これもいうはやさしく行なうは難い。普通の大企業では、ROEとかEVAとかいう財務指標をあやつる官僚が経営の中枢を握りがちで、そういう「株主資本主義」を盲信すると、ソニーのように普通の会社になってしまう。

著者に一貫しているのは、世間の常識とか経営学の理論などを信用せず、自分の経験とセンスだけを信じてそれを実行する突破力と、失敗したらすぐ撤退するスピード感だ。ただ、こうしたオーナー企業の強みは、アップルと同様、オーナーのカリスマ性に強く依存しているので、著者に負けないパワーをもつ後継者を育てられるかどうかが、ユニクロが成長を維持する上でもっとも重要だろう。その答は、まだ出ていないようだ。