「郵政改革の基本方針」に伴う懸念 - 池尾和人

池尾 和人

今週の火曜日(10月20日)に、「郵政改革の基本方針」が閣議決定された。私は、先々週の記事でも書いたように、現行の郵政民営化の制度設計には欠陥があると考えているので、制度設計を見直すこと自体は必要なことだと判断している。しかし、もちろん問題は、どのように見直すかという中身である。ところが、「基本方針」の決定に先立って、この重要な見直しのあり方について深い議論が(少なくとも国民の目に見える形では)行われたようには思われない。


実際、「郵政改革の基本方針」の内容は抽象的で、どのような制度設計を想定しているかは不明である。にもかかわらず、「基本方針」の名のとおり、大きな方向性は打ち出している。そうした方向性に沿って制度の再設計を行ったときに、郵政事業のあり方はどのようなものになり、国民にとっての利便と負担のバランスはどのようなものになるかが早急の明らかにされなければならない。

政治主導は大いに結構だが、だからといって制度設計に関しての詰めた議論を国民にみえる形で行わなくてもいいということにはならない。また、そもそも制度設計に関しての詰めた議論なしには、郵政民営化の見直しが望ましい成果を上げることも期待しがたい。それゆえ、現政権(とくに亀井静香担当大臣)と次期日本郵政社長に内定した斎藤次郎氏のイニシアチブによって、制度設計に関しての詰めた議論が国民にみえる形で早急に行われることを強く要望しておきたい。

その上で、以下では「基本方針」に関連してとりあえず私が気にかかった点について指摘しておきたい。

「基本方針」は、国民の共有財産である郵便局ネットワークの維持・活用を強調している。私も、郵便局ネットワークは国民の共有財産であり、有効活用される必要があると考えている。しかし、郵便局ネットワークは国民に利便性を及ぼすものであると同時に、その維持にコストを必要とするものでもある。このコストをどのようにしてまかなっていくかの展望が示される必要がある。3事業一体で業務を続けていれば、自ずと採算がとれていくといえるような容易な経営環境に郵政事業がおかれているとは考えがたい。

要するに、前の記事でも指摘したように、郵便事業については、電子メール等が急速に普及し、信書の利用はどんどん減少していっている状況があり、都市部で利益を上げてそれで地方の赤字を補填するといったことも段々に難しくなってきている。郵貯事業が収益を上げているのも、潜在的にかなり大きな金利リスクをとっているからで、国債金利がこのまま低位安定を続けることが絶対条件になっている。もし国債の更なる増発等を契機に金利上昇が起こると、郵貯は巨額の評価損を計上することになりかねない。

このように独立採算によるコスト負担が段々と難しくなっている状況では、いかに便益があるといっても、郵便局ネットワークを現状のままで丸ごと維持するということでは、直接的な国民負担を必要とすることになるリスクが大きい。換言すると、郵便局ネットワークの規模と配置の見直しは不可欠になると思われるが、それをどのような基準で行うかは、制度再設計にあたっての最も基本な論点の1つになるはずである。この基本論点に関する政府の答えを知りたい。

その際に、公社時代の末期に取り組みが始まったが、未だ実現していない(旧特定)郵便局改革を断行するの否かは明確にされなければならない。すなわち、(旧特定)郵便局の局舎は、その郵便局長の自宅を賃貸している場合が少なくないが、そうした場合には郵便局の配置を機動的に見直すといったことは不可能になる。コンビニをみればよく分かるはずだけれども、人の流れや集まる場所は数年で大きく変化することがあり、それに合わせて機動的に出店と廃店(配置の見直し)を行っていかなければ、高い利便性は維持できない。

本当に国民にとって利便性の高いものとして郵便局ネットーワークを維持していこうというのであれば、機動的な再配置を行っていくことが必要なはずである。そのためには、局舎の買い上げなどの(旧特定)郵便局改革が不可欠なはずであるが、それをやる予定があるのか否か。こうした制度設計の詳細を曖昧にしたままでは、1つの失敗を別の失敗で置き換えることにしかならない懸念が払拭できない。是非、政府の答えが知りたい。

なお、「基本方針」は、郵便だけではなく、郵貯・簡保についてもユニバーサル・サービスを義務づけるとしている。現金の入手という問題は残っているものの、ネット銀行が存在し、生命保険もネットで買える時代になっている中で、郵貯・簡保にユニバーサル・サービスを義務づけることがどれだけの国民の便益向上になるのか。その便益増はゼロではないことは明らかだが、それに伴う費用増を確かに上回るといえるものなのか。こうした点について、何か試算のようなものがあるのだろうか。

ユニバーサル・サービスが3事業すべてに義務づけられると、郵便局ネットワークを縮小させることはより困難になる。それだけ既存の郵便局がリストラされる恐れは少なくなるだろう。しかし、その裏側で発生する費用は誰がどう負担するのか。郵政改革の目的は「郵政事業を健全に維持・発展させ、国民経済に貢献する(少なくとも負担をかけない)」ことである。かりに(旧特定)郵便局長の既得権益は維持されることになっても、国民負担を発生させることになれば、改革は失敗だということにならざるを得ない。

コメント

  1. hogeihantai より:

    郵便、預金、保険、三つとも民間の事業と競合します。私企業が失敗しないとは言えませんが、少なくとも郵政三事業の競合民間会社は熾烈な競争に勝ち残ってきた企業です。官営の事業が制度設計をどう弄ろうと民間会社と競争して勝ち残れるか否か、問うまでもありません。ユニバーサルサービスについては、民間でも宅配便は実現しています。僻地に於ける預金と保険については農協で提供できます。従って、どうしても官営で三事業のサービスを提供する理由は見当たりません。