株式会社ジョーズ・ラボ代表取締役/城繁幸
先日、「サラリーマンの生活防衛」という特集で某週刊誌の取材を受けたところ、記者からこんな質問をされてしまった。
「ユニクロやエイサーのような企業が、庶民の生活を苦しくしている悪の元凶ですよね」
まだまだこういう意見は多いようだ。
僕が大学進学した頃、パソコンは欲しかったが手が届かなかった。当時はNECが独自企画で殿様商売していたから、そこそこのスペックでモニターからプリンタまで一式そろえると50万近くしたためだ。
一方、現在使っているPCはネットのBTO企業から購入したもので、そこそこのスペックで10万程度に過ぎない。15年前と比べると実に40万近く値下がりしたわけで、消費者としてこんなに幸せなことはない。もちろん、差額の40万円は自分の好きなことに使えるわけで、少なくとも個人のトータルの消費は一円も下がらない。本当に良い時代になったものだ。いまどきPCに40万以上出したい人なんていないだろうから、きっと国民の大多数も同じ意見だろう。
ただし、アンハッピーな人も中にはいる。パソコンを作っている側の人たちだ。さすがに部品はすべて海外調達にシフトしているものの、ほとんど利益の出ない事業に成り下がってしまった。当然、人件費を含めたコストは引き下げ圧力がかかり、こういった業種に勤めている労働者は昇給も抑制される。個人的に、こういうケースは「キャリアのデフレ化」と呼んでいる。
よく言われるように、日本の問題点は、産業構造的にパソコン同様にコモディティ化しやすい製品が多いということ、そしてそういった事業から高付加価値の事業への転換が一向に進まないという点にある。本音では富士通もNECも利幅の薄いPCなんて撤退したいのだが、人が切れない以上、現状維持しか行なえない。かつてNECの事業部長時代にDELLのPCを部門に導入した武勇伝のある西垣氏も「10年は泥のように働け」と講釈を垂れる普通のおじさんになってしまった。他の製造業も似たり寄ったりだ。
従来、大手企業の賃金カーブは54歳あたりがピークだったが、朝日新聞の労使が40歳ピークに切り下げようと交渉中だそうだから、競争の激しい製造業なら35歳あたりに下がるのではないか。生涯賃金で言えば3割くらいは減るだろう。
そういう意味では、雇用調整助成金の支給条件を緩和するという現政権の選択は最悪だ。それは組織の新陳代謝を妨げるモルヒネにしかならない。国の政策にまったく期待できない以上、キャリアデフレ対策で個人が出来ることは、より付加価値の高い専門職か、中国との置き換えのきかないサービス職への転職しかない。
それができない大多数の中産階級にとっては、減っていく可処分所得に相応な安い製品を提供してくれるユニクロのような企業は、悪人どころか救世主である。
コメント
城氏の論考のような理解が、世論になってきた頃、日本の競争力の回復が期待できる頃になるだろう。
池田氏は先日の論考で
「デフレーションというのは一般物価水準の下落であり、ユニクロの価格が下がるのは特定の財の相対価格の変化である」
「労働市場の改革によって人材を再配分する必要がある」
と書いている。同感である。
競争では戦略的な資源配分が求められる。それは世帯においても同様であり、相対価格の下落は世帯での資源配分が見直されていることを示唆している。
可処分所得が変わらなくとも、価値が同じなら衣料費の占める割合は見直されたはずだ。混同してはならない。
グローバル化の問題は、時間当たりの移動距離の短縮による変化への対応力の問題である。
したがって、本質的な価値を除いてはグローバル化の”変化”によって揺さぶられ振り落とされる結果になる。
その代わりに本質を知る理解するための教育や通信を含めた情報への投資や本質的に質の高い生活への投資に資源の配分が高まる。
これが知識社会でありサービス業化へシフトするべき理由だと理解している。
根本的には、何が本質なのか見極める解像度の高い言語技術が求められる。そして、次に何に取り組むかが課題になる。
企業や世帯の課題を大きく分類すれば以下の3つであり、そのためには人材の再配分が不可欠である。
・本質的な価値以外を取り除くこと
・本質的な価値を新たに創出すること
・創出した価値が陳腐化するまでの時間を長くすること
デフレ論は「創出した価値が陳腐化するまでの時間を長くすること」への取り組みだと理解できる。
本来は”これから通用する価値”に対して行うものであり、”これまで通用した価値”に対して行うものではない。
ある特定のセクターや企業、または世帯が変化に対して抵抗する取り組み(時間稼ぎ)としては理解できるが、問題が大きくなることが懸念される。
ユニクロの取り組みは「本質的な価値以外を取り除くこと」により低価格を実現し、垂直統合や国内やグローバルへの積極展開により「創出した価値が陳腐化するまでの時間を長くすること」といえる。
ユニクロの現状は課題山積だと思うが、デフレ論よりは価値ある活動だといえるのではないだろうか。
大切なことは低価格化と「本質的な価値創出に取り組むこと」とを分けて捉えるということだ。
低価格化はグローバル化に対応する過程にすぎない。
大雑把に言えば、現状は無価値な要素までパッケージにして販売しているのだと捉えるとよい。
そして、価値ある要素を「価値が陳腐化するまでの時間を長くすること」を考慮せずに販売しているのだと捉えるとよい。
サービス化の本質である「価値が陳腐化するまでの時間を長くすること」への取り組みが軽視されている。
流行りのクラウドもこの視点で捉えるような言論があってもよいと思っている。
標準化やモジュール化とは「価値が陳腐化するまでの時間を長くすること」の意味上にある概念である。
したがって、モノづくりの製造業もサービス化できる。
たとえば、生産でも利用でも所有権を渡すと価値が陳腐化するまでの時間が短くなる。
水平分業でもサービス化の発想が有効である。
デフレ論によって問題から目をそらす前に、やるべきことは山ほどある。城氏のような言論を支持したい。
安くて良いものを提供するのが資本主義の原則です。
たしかに供給側にとって価格競争は避けたいものです。しかし、
経営者も労働者も消費者ですから資本主義の恩恵をうけているのです。
「ユニクロ型デフレ」なんていう人は小学校からやり直したほうが
いいのではないでしょうか。
公務員とかはまさに「デフレ化するキャリア」でしょうね。
法学部とか
>本音では富士通もNECも利幅の薄いPCなんて撤退したいのだが、
「10年3月期には、NECは富士通に1兆円以上の差をつけられる見通し」とのことですが?
また、現在の中核事業であるコンピューター・システム構築やIT(情報技術)サービス分野では、
富士通<6702.T>が1990年に買収した英ICL社(現・富士通サービス)をテコに海外事業展開や
外国のIT企業買収に積極的で、ITサービスの海外売上高比率も32%に上るのに対し、
NECは国内での事業展開が中心で(ITサービスの海外比率は非開示)、
成長戦略に欠かせない同分野のグローバル化で遅れている。
コンピューターとIT、通信機器で日本を代表する両社の2000年代の売上高推移は、
ほぼ拮抗しながらもNECが上回ることが多かったが、07年3月期以降はコンスタント
に富士通が上回るようになった。10年3月期には、NECは富士通に1兆円以上の差をつけられる見通しで、
両社の体力差が明白になってきている。
再送:大型増資の日立とNEC、成否は新規分野の事業展開次第 (ロイター)
2009年11月16日(月)17時29分
http://money.www.infoseek.co.jp/MnJbn/jbntext/?id=16reutersJAPAN124877&qt=%25BB%25B0%25C9%25A9%25C5%25C5%25B5%25A1
>10年3月期には、NECは富士通に1兆円以上の差をつけられる見通しで、
http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/d877fb56cd2ec5819a801c5d38cc7b97
【課題はあるけど、従来どおり日本型雇用で行きましょう】
http://ameblo.jp/kane55/entry-10381021349.html
貧困を食い物にしてきた男に貧困の解決策を聞く与党・・。
そういえばこのテの論法はよくある手口。
何とかいう「悪」を仕立て上げて、貧困層の不満の矛先を逸らすやり方。
ありもしない「サダムフセインの大量破壊兵器」を言い立ててイラク戦争
に貧民を駆り立てたブッシュ政権のやり方。
NECは非正規雇用に最低賃金時給1000円を払う能力が無いし、
湯浅氏のほうも「もやい」の経営が非常に悪化している。
しかしながら公式にその事実を認めるのも彼らにとって非常に辛いところ。
でも自分も含めて人間誰しも欠点を抱えており、潔癖な人間などありはしない。
理想論ばかりを言い立てるのではなくて、どの辺で妥協するかの問題。
ユニクロやエイサーなどの低価格品は歓迎されるべきと自分も思う。
けれども最低賃金や税制などについては、池田氏の見解には賛同できない。
いくら急成長中とはいえ、アジアの国々は日本よりずっと貧しく治安も悪い。
「小さい政府の主意主張と理想」は、そうした「現実」を無視している。
アメリカは国民皆保険がないし、ヨーロッパの多くは重税福祉国家で「大きい政府」。
小さい政府が良いからといってブッシュ政権のアメリカと同じにするなら、
それこそ「希望は戦争」で憲法第9条の理念に合わない。となると日本にはモデル
となる「小さい政府」が無く、せいぜい「不要なことをしない政府」
(自民党谷垣総裁)あたりで妥協して、あとは問題点を洗い出していくしかない。
スパコン仕分けについては鳩山民主党の功績として素直に評価したいところ。
「問題解決ではなく問題発見の能力」(竹中平蔵)が求められる時代と思う。
ユニクロやエイサーなどは歓迎されるべき存在ですね。彼らを批判している人たちを見ると、80年代にアメリカの自動車産業の労働者が日本車を破壊するパフォーマンスをしていたのを思い出します。
その時駐車場に駐まっている従業員の車は日本車ばかりだったそうですね。
今ユニクロやエイサーを批判している人達と驚くほどよく似ていると思います。