携帯電話の周波数問題等について(補足と意見)― 向井 敬

アゴラ編集部

ここでは「事実上の標準(デファクト・スタンダード)」の考えに基づいて携帯電話の周波数問題等について技術的観点と費用観点より補足及び意見したいと思います。

どの周波数が世界共通なのか?
次世代LTEサービス用の周波数ですが、現在日本国内で割り当てられている(割り当て予定)の周波数は日本固有のものであることはこのサイトの読者の方は、池田先生等の記事で既にご存知の方も多いと思います。私自身も仕事上でこれに苦慮しており、それじゃ一体どの周波数が世界共通なのか?と問われれば、私自身現時点で答えられるのはLTE規格を作っている3GPPが公表する所のIMT Core bandである2GHz帯域及び拡張領域である2.5GHzが基本で、その他は現行GSMの850/900/1800/1900帯域や、北米で新たに割り当てが予定されている700MHz帯域がいずれはデファクト・スタンダードになるのでは?としかお答えできません。 


周波数切り替えは簡単ではない
例え日本固有の周波数を使ったとしても、周波数切り替えによってローミングは容易に可能だとおっしゃられる方が多いので、事実に基づき誤解を解きたいと思います。

現在販売されている多くのGSM端末は上記4つの帯域(850/900/1800/1900MHz)をカバーしており、WCDMA端末もIMT Core bandである2GHz帯域を始め、GSMと同じ4つの帯域がデファクト・スタンダードとなっており、日本で販売されているローミング可能な3G端末は何れも/何れかをサポートしています。

「チップにプログラムを組み込めば良いのでは?」などという、いとも簡単に実現出来るような記述が各所にありますが、 携帯電話のアプリケーション部(CPU+OS)はiPhoneやAndroid端末のように、近年ものすごい進化を遂げましたが、パソコンで言うところのモデムに相当する部分、特に無線部分に関しては実は基本的な構造/方式は数十年前から実現されているものとほぼ変わりません。 勿論部品メーカやプリント基板メーカの努力によりサイズはかなり小さくなったものの、無線部のプリント基板表面積を主に占める受動部品(フィルタ、デュプレクサ、アンプと呼ばれる部品)の構成は20年前のアナログ携帯電話の頃からそれほど大きく変わっておらず、またこれらは周波数依存の高い部品で、少しでも周波数帯域が異なると、その帯域のために部品一式を追加する必要がでてきます。 

また周波数や方式切り替えを行うソフトウェア部分に関しても、複数の周波数帯域や方式を行き来する切り替えが多ければ多いほど、「電波を直ぐ掴む」という動作が遅くなりますし、単に周波数を切り替えるだけでなく、掴んだ周波数がSIMカードに記載されている主契約キャリアのものか又はローミング契約のあるものか?という判断もその都度必要になります。 勿論これらの切り替えがスムーズに行われるために度重なる試験や相互接続性試験(IOT)が必要になり、それらの費用は1機種につき軽く億を超える金額となります。 

レガシーネットワークとの切り替えについて(方式の切り替え)
意外と知られていないところで、現在国内で販売されている主な端末、特に3GでWCDMAを採用しているソフトバンクさん、NTTドコモさん及びイー・モバイルさんの端末は海外で自動的に(手動もあり)GSM網とWCDMA網という方式を切り替える機能が付いています。(デュアルモード機能)これはユーザがネットワークを意識することなく、自動的にローミング契約のあるキャリアに切り替え出来るように追加された機能で、筆者の独断と偏見では恐らく日本製端末は世界一この機能が安定して動いていると信じております。 しかしながらこの機能を開発及び検証するには巨額のお金が必要で、実験設備は元より、世界中の国でこの機能の検証を行うだけで、1機種で簡単に数億から十数億の費用が発生します。 次世代LTEでは国内キャリア全てがサービス当初はレガシーネットワーク(現行サービス、WCDMAやCDMA 1X)との切り替えを想定しておりますが、残念ながらLTEにおいて日本以外の国でレガシーネットワークとの切り替えを想定している所が殆ど無く、結果的にLTE<->WCDMAデュアルモード端末用のプラットフォームが数少ない事態を招いています。 

考察及び意見
日本ではこれらの開発をSIMロック有で代表される端末メーカとキャリアとで協業を行うことで実現出来ているのがこれまでの実情です。 一方海外ではキャリアと端末メーカはSIMロック無しで分業しており、端末メーカ/プラットフォームベンダが個別にこれらの開発を行うため、少数特定メーカしか生き残れない状況となったのも事実です。 

もし全ての端末のSIMロック解除なんてことになったら、これら機能を開発/検証するための費用負担はだれが行うのでしょうか? さらに端末の値段が上がり、結果的にユーザ負担となれば、ユーザがどのような判断を下すでしょうか? せめてデュアルモード端末用のプラットフォーム開発に費用が回せるように、少なくとも日本固有周波数のための開発費用の削減や、キャリア・コンセプトで作るSIMロック有り端末及びメーカ・コンセプトで作るSIMロック無し端末の共存共栄を真剣に検討すべきではないでしょうか? レガシーネットワークとの切り替えについては費用面も含め、要否を検討する必要があるかもしれません。 いずれにせよ一方的なSIMロック解除とか、周波数再編は既得権益だから出来ないとか言っている場合じゃないと私は考えます。
(向井 敬 シグナリオン・ジャパン株式会社代表取締役)

コメント

  1. MIC より:

    向井様
    真野です

    SIMロック強制反対、既得権的周波数固執反対という本質は、異議がありませんので、以下は開発側からの技術的コメントです。

    >特に無線部分に関しては実は基本的な構造/方式は数十年前から実現されているものとほぼ変わりません…

    とありますが、そうでしょうか?
    SFDRで、ソフトの書き換えだけでできるなんてことはありません。
    しかし、この10年の大きな変化は、直交変復調とダイレクトコンバージョン化という進化があります。
    確かに、アンテナ、BPF、LAN,PAについては、周波数依存性が高いのですが、従来のようなヘテロダインもへり、ダイナミックコンバージョョンができるようになったことで、その範囲が大きく減りました。
    もちろん、シングルバンドの製品より、デュアルバンドの製品のほうが、大変ですが、ゼネカバな送受信機ではなく、特定の方式、特定の周波数のデュアルは、実現性が大きく違います。
    ましてや、もちろん、UHFのHigh Bandと1.5GHZ/2.5GHzでは、RF部分は別になりますが、700-900のUHFであれば、かなりブロードなフロントエンド設計になっています。

    周波数に対する適応性は、充分に技術的にできます。

    それにしても、国内メーカー保護や既存キャリア保護のためにSIMロックが必要だという方向には、向って欲しくないですね。

  2. pyontiti0303 より:

    真野様

    早速のコメントありがとうございます。
    拝見すると長くHW開発に携わられていらっしゃるのが垣間見えます。

    私も元携帯電話プラットフォーム開発において、特に通信部のシステム検証を長く行っていましたので、仰ることはよくわかります。

    ご指摘通り、進化は直行変復調回路やDCのアンプ等で受動部品進化は遂げておりますが、問題は日本固有で割り当てられたLTE用周波数が、800/1500/1700MHzと飛び飛びで、直交性や相関を重んじるOFDM方式のLTEにおいては、フィルタやデュプレクサはともかく、アンプ(LNA/PA)が共通化できずに実装面積を喰うのと、CDMAと異なり、より低雑音で、よりダイナミックレンジの広い高価な部品を使うという点では、部品コストが上がるとみています。 また評価観点では周波数が多岐にわたれば、それぞれの周波数にて必要十分な試験やIOTを実行しなければならず、じつはこちらの方がお金がかかるのはご存知かと思います。 デファクトスタンダードになり得る周波数帯域の部品を使えば、選択肢も増え、適価で入手出来ますし、試験機材も競合するため入手性が良くなります。 固有周波数を使われると実は割高になるということが言いたかったのであって、技術的に実現が困難と申したつもりはありませんでした。 誤解させましたことをお詫び致します。

    デファクトスタンダードになり得る周波数帯域で勝負できるようになってもらいたいというのが公私共に願うところです。

  3. bobby2009 より:

    >もし全ての端末のSIMロック解除なんてことになったら、これら機能を開発/検証するための費用負担はだれが行うのでしょうか?

    素朴な疑問ですが、W-CDMA端末を世界で販売しているノキア、サムソン、ソニエリ等のメーカーは、国内端末の半分から1/4の値段で多機能端末を世界中で販売しています。開発と検証の費用は、端末価格に盛り込まれていると推測されます。海外メーカーがやっている事が、国内メーカーにとって「すごい負担」になる理由とは何なのでしょうか。

  4. henachoco_e より:

    ちょっと、松本さんのポジショントークはヒドイですね。
    携帯に関しては周波数の割り当ても含めて完全な自由競争ではないでしょう。これが、周波数の割り当てを競争入札でやるなり、解放するなりするんであれば、自由なビジネスモデルを選択すりゃあいいんでしょうが。。
    個人的には、W-CDMAはじめ血を流しながらやってきたdocomoが言うんなら(心情的に)理解できますが、ソフトバンクさんがコレ言うかなって感じです。。

  5. pyontiti0303 より:

    bobby2009 さん

    >海外メーカーがやっている事が、国内メーカーにとって「すごい負担」になる理由とは何なのでしょうか。

    少し説明が長くなりますが、出来るだけ判り易くするために砕いたつもりなので、ご容赦ください。

    これまで日本国内のメーカは日本国内のキャリア向けに端末を提供することで日本国内市場において商売が成り立つようにお互い持ちつ持たれつの関係でここまで成長しました。 しかしながら海外(フィンランド、韓国等、スウェーデン)では国内需要ではそれほど利益が見込めないので、最初から世界市場を狙っており、結果的にはそれが実現出来たところがbobby2009 さんが挙げられている会社だと思います
    。 
    少し雑な例えかも知れませんが日本国内に現時点でも約10社前後の携帯端末メーカがある人口約1.3億人の日本国内市場と、ノキア、サムソン、ソニエリ、モトローラ、LG、アップル、RIM、HTCの8社で約66.7億人の世界市場で比べれば、規模の論理でいえば、大きなパイをもつ海外メーカは既に必要十分な開発力と設備を持っているので負担なんてちっぽけなものですが、小さなパイで国内でひしめき合う日本メーカにとっては相当の負担になります。 

    例えばですが、1方式の端末の適合試験に使用する試験機器は安く見積もっても1式5億円は下りません。 それに見込み販売台数が10万台だと仮定すると、単純計算でこの試験機器の費用回収を行うのに1台当り5,000円の負担になります。 その他端末にはその他ハードウェア費用及びソフトウェア費用もかかりますから、推して知るべしといったところです。

    最近合併や協業が増えているの原因の一つはここにもあると思います。

  6. bobby2009 より:

    pyontiti0303さん、丁寧な説明有難うございます。1方式の試験機器が安く見積もっても5億円という事ですが、これは欧州や中国でも同じと考えて良いのでしょうか。また1回購入すれば、方式が同じ機種なら使い回しはできるのでしょうか。シンセンにも零細規模の携帯メーカーあるようですが、とてもそんなに高額な試験装置が買える会社には見えなかったもので、その点を疑問に感じました。

    販売台数については、日本は人口1.3億人の市場にパナソニック、シャープ、東芝、三菱、富士通、NECの6社もあります。普通だと過当競争で利益圧縮され、メーカーの統廃合が起こって当然かと思います。グルると、既にNEC・カシオ・日立の3社が統合したようです。今後、統廃合はもっと進むのでしょうか。

  7. pyontiti0303 より:

    bobby2009 さん、早速のコメントありがとうございます。

    >これは欧州や中国でも同じと考えて良いのでしょうか。
    はい、同じですが、中国はご存知の通り、「山寨機」問題でコピー携帯電話や、怪しげな端末が大量に出回っていますが、これらの端末はこのような試験機器を使って認証を通すという考えは毛頭ありません。 善し悪しは別としてもこれらに費用には無関係です。

    >また1回購入すれば、方式が同じ機種なら使い回しはできるのでしょうか。

    はい、相互認証(GCFやPTCRB等)の試験が通れば、後は国別の電波法やEMC/安全規格をパスすればいずれの国でも販売可能になります。(日本の場合はJATEとTELEC) GSMが多くの国普及した一因として相互認証の制度があったからともいわれています。 但し概して端末の原価は下がっていますので、試験コスト用を削るのに各メーカや躍起になっていますし、「山寨機」に至ってはそれすら実施せずに激安価格を維持するという訳です。(中国におけるIMEI番号の発行方法にも問題があります)

    >シンセンにも零細規模の携帯メーカーあるようですが、とてもそんなに高額な試験装置が買える会社には見えなかったもので、その点を疑問に感じました。

    零細規模のメーカのためにテストハウスと呼ばれる試験機器を貸し出したり、試験そのものをサポートしたりする会社が存在しますが、やはりそこそこの費用はかかるので、実質は上記のように実施していないところも増えています。