きのう総務省の「グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース」が開かれ、原口総務相の提唱する「光の道」についての本格的な議論が始まった。私は、NTTの民営化のときNHK特集で取材して以来、25年にわたってこの問題を見てきたので、「また始まったのか」という感じだが、簡単に問題点をあげておく。
提案の中で注目されるのは、「『光の道』の実現に向けて」と題したソフトバンクの提案である。これは以前から同社の提案している「光ファイバー会社」をNTTから分離するという案で、2年前から情報通信政策フォーラムでも何度も議論したが、賛成する意見はほとんどなかった。
根本的な疑問は、なぜ「田舎や離島にも100%」光ファイバー(FTTH)が必要なのかということだ。FTTHは手段にすぎない。目的は高速アクセスなのだから、無線でもいいはずだ。現在の都市工学では、光ファイバーのようなインフラの高度化は、地方中核都市などの「コンパクト・シティ」に集中すべきだという考え方が主流で、都市開発投資の効率化をはからないと、アジアの都市間競争には生き残れない。
「無線には限界がある。LTEぐらいではFTTHにはかなわない」という意見もあるが、それは現在の40MHzぐらいのケチな周波数を前提にした話だろう。地デジの帯域を大幅に削減して300MHzぐらいの帯域が利用可能になれば、FTTHに匹敵する無線通信は不可能ではない。それに人々の求めているのは、電話網のような「100%の帯域保証」ではなく、インターネット的な「それなりに速くて安いbest effortのインフラ」である。
競争政策としても、90年代に世界各国で行なわれたアンバンドリング政策は、日本を除いて失敗した。「日本の奇蹟」が起こったのは、孫氏の天才的な起業家精神があったからだが、奇蹟が2度起こるとは限らない。競争としてもっとも望ましいのは、有線と無線のプラットフォーム競争であり、FCCは「500MHz開放」を最優先の課題としている。
ソフトバンクは、光ファイバー会社には「政府の補助はいらない」というが、NTTが2000万世帯でも採算の合わないFTTHが、全世帯のメタル回線をFTTHに強制的に交換するだけで100%(5000万世帯)で採算が合うとは考えにくい。特に経費の大部分は、規模の経済のきかない土木工事である。100%を実現するには、政府の補助金が必要になるだろう。
それに「光ファイバーはいらない」という人のインフラまで強制的に交換するには特別立法が必要で、これは財産権を侵害する憲法違反になるおそれが強い。それよりも山間部や離島のメタル回線は放置して電話交換機を撤去し、無線のIPネットワークに切り替えたほうが社会的コストははるかに低い。現に途上国のインフラ整備は、ほとんどが無線である。
25年間「NTT問題」とつきあってきた私としては、またあの不毛な論争が始まるのは、まっぴらごめんだ。それは何年も審議会やら調査会やらを繰り返したあげく何も決まらないのが関の山で、どう転んでも官僚が仕切る国営インフラにしかならない。NTTの「再々編」も、分離するならドコモを完全分離して東西会社とプラットフォーム競争をさせたほうがいい。
日本最大のイノベーターである孫正義氏が、なぜいまだに固定回線にこだわるのか理解できない。今後のブロードバンドの主役は無線であり、iPadにはイーサネットさえついていない。有線・無線の多様なブロードバンドが共存する時代には、FPUや地デジなどの業務用無線を全廃して、すべての帯域を汎用の無線ブロードバンドにせよ、という提案のほうがずっと後藤新平の精神に近いと思う。
なお、この問題についてのツイッター討論を行なっている。
追記:専門家には誤解の余地がないと思うが、ここで問題にしているのは終端まで光にするFTTH(fiber to the home)であり、き線点までのFTTC(fiber to the curb)を否定しているわけではない。
コメント
災害対策などを考えても無線にしたほうが汎用性が高いですよね。有線に投資する資金があるなら無線に投資したほうが遥かに将来性が大きいでしょう。
それに人々の求めているのは、電話網のような「100%の帯域保証」ではなく、インターネット的な「それなりに速くて安いbest effortのインフラ」である。
これはどうでしょうか?
私などは「ベストエフォートと言う言い訳」に以前からうんざりしていますが…
ネットワーク速度
現在のネットワークのボトルネックは、最終顧客の回線速度ではなくて、サーバ側と途中経路の回線速度減速が障害となっている場合がほとんどです。 私はアゴラブック『ハイエク 知識社会の自由主義』を実速度6MbpsのADSL回線で全文読ませていただきましたが、快適に読む事ができました。 アゴラブックが読みにくい人の多くは海外から接続している人が多いと予想します。(アゴラブックのサーバが日本にあり、日米間では極端に回線スピードが減速する)
私が以前使っていたADSL回線は、閑散期の真夜中だと6Mbpsのスピートがでますが、学生の夏休初期の夜間などは極端にスピートが落ちて200Kbps以下(5年前の話)になる事もありました。 明らかにプロバイダー側の回線容量不足です。 消費者にとって最も大切な事は、実速度で2Mbps以上がコンスタントにでるかどうかです。(実速度で2Mbps以上あれば、日本から米国のネット動画CNBCニュースも快適に見れます。) Webクリエターも光-高速回線を前提としたコンテンツなど作りません。
結論は、ネットを職業としている人・光テレビ(高品質動画)が見たい人以外は、都市ネット環境はメタル回線で十分です。 iPhone・iPad・Android携帯はもちろん実速度で2Mbps以上あれば十分です。(携帯・WiFiは電波距離による減速が大きいので大きめの回線が必要) つまり『光の道』問題は、高品質テレビをネット回線で見るかどうかの問題だと私は考えています。
ベストエフォート100Mbpsは顧客宣伝用に有効ですが、本当にネット・携帯回線に必要なものは最低実速度2Mbpsなのです・・・?
この問題では私は池田先生とは意見を異にします。同じ会社なのだから当然じゃあないかと言われるかもしれませんが、私の考えも「たまたま」孫さんと全く同じで、基本的に光100%が最も合理的と考えています。
一番重要なことは、現在のメタルを一挙に光に張り替える工事を計画的にやり、二つのシステムを並行的に保守している現状を改めると、驚くほどの経済効果が出るという事であり、こういうことを今まで考えた人は居ませんでした。従って、同じ問題を繰り返して議論しているわけではありません。
無線か有線かという問題については、先週のICPFのパネルでも池田先生と一緒に議論しましたが、無線の限界についての皆さんの認識は甘いと言わざるを得ません。(周波数の確保も、常に種々の干渉問題と隣りあわせなので、快刀乱麻と言うわけには行きません。)
日本は海岸線に人口が密集しており、過疎地は山で電波の通りが悪いので、丁寧に計算していくと、各家庭に100Mbpsを確保する為には、殆どの場所で光のほうが安上がりと言うことになる筈です。これは単純に「計算」の問題なので、計算をしないで議論するのは意味がありません。
「一番重要なことは、現在のメタルを一挙に光に張り替える工事を計画的にやり、二つのシステムを並行的に保守している現状を改めると、驚くほどの経済効果が出るという事であり」
「日本は海岸線に人口が密集しており、過疎地は山で電波の通りが悪いので、丁寧に計算していくと、各家庭に100Mbpsを確保する為には、殆どの場所で光のほうが安上がりと言うことになる筈です。」
経済効果の総計よりもコストパフォーマンスが重要だと思います。人口密集地に光ファイバーを敷設するのは判りますが、過疎地にまで敷設する理由が理解出来ません。過疎地にまで100Mbpsを確保する必要があるのでしょうか?正直言って「過疎地にも都会と同様の郵便局のユニバーサルサービスを云々」と言っている亀井氏たちと同じことを言っているように感じます。