ネット生保立ち上げ秘話(8)100億円の資金調達 - 岩瀬大輔

2010年06月01日 14:00

書生のような答えは要らない

「失礼ですが、万が一、御社が立ち行かなくなった場合、どうなるのでしょうか?例えば、我々にも追加出資が求められるようなことはないのか、心配しているんですがね」

新しい生命保険会社への投資をお願いをしている大企業の担当者からの質問に、僕は自信満々に答えた。

「今回の生命保険会社は株式会社ですから、株主には拠出した資本以上の追加出資義務はないはずです」

その担当者は、僕の答えに不満そうな顔をした。

「あのさぁ、岩瀬さん。そんな書生のような答えを聞きたいんじゃないんだよ。リアルビジネスの世界では、社会的責任というか、我々のような大企業がバックについてたら、当然に会社を存続させるために追加出資を求められる、というのが分からないかなぁ」

「え。。。」

回答に窮して困る僕を横目に、出口が助け舟を出してくれた。

「おそらく、そういうご心配は無用だと思います。これまで、生保が立ち行かなくなった事例は、放漫経営か、資産運用で無理をしすぎたケースしかありません。私自身も破綻した某社の社長に、『出口さん、一緒にロシアに石油掘りに行こうよ』と共同投資を誘われたことがあります。私どもは、決してそのような経営はしません」

「相場は100億」と言われる生命保険会社設立のための資金集めは、決して容易な道のりではなかった。


真っ白なキャンバスに描く

新生命保険会社の認可取得と資金調達のための準備会社である「ネットライフ企画」を設立してまもなく、僕と出口はホワイトボードを前に、「どこが理想の株主か?」ということを書き出していた。

二人で決めていたのは、少なくとも構想段階では、「一切の制約なく、真っ白なキャンバスに絵を描ききる」ということである。それは、留学中に学んだ「アントレプレナーシップ」という、起業家としての志の根幹にかかわることでもあった。

ハーバードビジネススクールでは、アントレプレナーシップを以下のように定義していた。

“Relentless pursuit of opportunity beyond resources currently controlled”

「現在、コントロール下にある経営資源にとらわれることなく、事業機会を執拗に追求していくこと」

自分が持っている資金や技術、知っている人材などに一切縛られることなく、「世の中に何が必要か?」ということだけを、ひたすら考え抜き、行動する。すれば、ヒトもモノもカネも、必ずついてくる、ということである。この学びは、非常に示唆があるものだった。というのは、我々はつい、自分の手持ちの駒で勝負をしようと思ってしまう。しかし、それに束縛されると、本当に大きなものは作れない。

だったら、まずは思いっきり大きな風呂敷を一旦は広げ、その理想像を作ることに挑戦した方がいい。あとから妥協するのは、簡単なことだ。それ以降、事業の構想を練るときは、一切の制約を取り払って考えることにした。

「主婦の味方」を株主に

我々が理想の株主として考える企業は、以下の5つの要素を兼ね備えている必要があった。

1. 消費者志向の新しい金融サービスを立ち上げる、という我々の理念に賛同してくれる
2. 革新的なサービスを作ってきた実績がある
3. 一般の顧客との接点を多数もち、新会社の顧客獲得を支援してくれる
4. 生命保険会社としての信用力を補完してくれる
5. 意思決定が迅速である

「なんとなくイメージ的に、電通とかドコモとかいるといいですよね。あと、企業としてのどっしりとした安定感を出すなら、東京電力とか」

「主婦の味方、というイメージなら、イトーヨーカ堂かなぁ」

「銀行も一行入ってもらった方がいいですが、どこだろう・・・リテール向けのネット銀行だったら、新生銀行がずっとランキング1位だったと思います」

「結婚、出産、住宅、転職。生命保険を考える人生の節々でお客さんに接点を持つとしたら、リクルートが最高だよね。」

「『ラーメンからロケットまで』の総合商社も、一社入ってもらってると安心ですよね。商社だったら、やっぱり物産かなぁ。うち、父も母も物産で、社内結婚だって言いましたっけ?子供の頃、職場訪問みたいな感じで連れて行ってもらいました。物産の関連会社になれたら、嬉しいなぁ。あ、そうだ、アメリカの伝説の投資家、ウォーレン・バフェットにも投資してもらいたいな。最低金額500億からだから、無理か・・・」

出口と二人で、株主構成について想像を膨らませていった。

そうして、我々が新しい生命保険会社の株主として相応しいと考える理想の企業リストを作って、そこを当たっていくこととした。幸いなことに、マネックスの松本さん、あすかの谷家さんの信用効果は絶大で、大抵の企業でキーマンと思われる方に会うことができた。

最初にリストに加えたのが、リクルート、三井物産、セブン&アイ、そして新生銀行だった。

千本ノックの質問

「私もずっと前から、生命保険って何かおかしいなって思ってたんですよ。だから、バブル前の利率のいい契約だけ残して、あとは全部解約しちゃいましたよ。がはは」

プレゼンを前に、挨拶に伺った出資先候補の役員は、このように笑いながら話した。色々な企業を訪問してみて共通していたのは、皆が「今の生命保険業界は何かおかしい。シンプルで分かりやすい、正直な保険会社があったら、自分も今すぐ入りたい」という感覚を抱いていることだった。

プレゼンテーション資料に盛り込む内容は、投資委員会で提示した資料を元にして、以下のポイントを織り込んだものだった。
1. 生命保険業界での事業機会。いまなぜ、新しい生命保険会社が求められているか。
2. 我々の経営チーム。なぜ、この新しい事業機会を追求するのに、このチームが最適か。
3. どのような顧客に対して、どのような商品と価値を提供するか
4. 数値計画。この事業が、どの程度の規模にまで成長しうるか
5. 出資者にとってのメリットは何か

細かいプランは、この時点では何もなかった。そもそも、開業は1年から1年半先を前提にしていたし、答えがある訳ではなかった。

しかし、絶対に自信があったことがある。それは、生命保険業界が大きな構造的な課題を抱えていて、それを解決するようなソリューションを提供することができれば、自分と同世代の人たちに強く支持され、それは大きな社会的価値を生む、ということである。

「早速ですが、質問させてください。大手企業が同じビジネスモデルでネット生保に参入した場合、貴社としてはどのように対抗されるのですか。安い保険料は、どうやって実現されるのですか。お金をかけずに知名度を上げるという戦略は、どのように実現されるのですか。ネットで生保は売れない、という懸念についてはどのように思われますか。株式公開は何年目に考えられていますか。当社の本業にとってのメリットはなんですか。」

次から次へと投げかけられる質問に必死に答えていくのが、この資金集めのプロセスだった。初回、2回目とミーティングをしたあたりで、100くらいの質問をリストアップした資料を渡さられる。これに応える資料を丁寧に作成し、再びミーティングで追加質問が出される。そのようなステップの繰り返しだった。

各社の担当者はプロ中のプロなので、ミーティングではいくつもの厳しい質問が投げられる。宿題として持ち帰っては報告する、という作業が繰り返された。この作業を何度も何度も繰り返していくうちに、大抵の質問には答えられるようになっていた。追加で分析・調査した内容を手元に、出口と僕が掛け合い漫才のように説明をしていくと、ほとんどの担当者は、納得してくれるようになった。

事前に質問されそうなことを考えて、できる限り先回りして資料を準備するようにした。

あとから、出資を決めてくれた企業の役員に言ってもらえたことがある。

「初めてミーティングしたときに、とても感動したことがある。それは岩瀬さんが、我々が投げかけた質問のすべてに対して、事前に回答を用意していたこと。口頭で応えるだけでなく、補足資料がカバンの中から出てきた。分からないことは分からないと、正直に言ってくれた。ここまで考え抜かれた事業なら投資する価値がある、と考えた」

並行して金融庁との折衝を重ねながら、資金調達のための説明を続けていた。先立つものがなければ、会社を一緒に作るための仲間を雇うこともできないし、システムを発注もできない。2006年秋に本格的に始まったこのプロジェクトも、資料作りとプレゼンに追われているうちに、寒い冬を越え、少しずつ、暖かくなりはじめていた。

出口とともに迎える、初めての春が訪れようとしていた。

(つづく)
(過去のエントリー)
第一回 プロローグ 
第二回 投資委員会 
第三回 童顔の投資家 
第四回 共鳴   
第五回 看板娘と会社設立 
第六回 金融庁と認可折衝開始
第七回 免許審査基準

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岩瀬 大輔
ライフネット生命保険代表取締役社長

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