日教組への御願い ー 日本を「日の丸」「君が代」を敬える国にしませんか? - 北村隆司

2010年07月09日 10:36

「ある都立高校長の反乱」への多数の反応を読んで、色々考えさせられました。幸い、相手を罵り合う論議は少数でしたが、日教組の方針を丸のみした論議と「自分勝手」を自由と混同した論議が多かった事は衝撃でした。

先ず驚いたのは、日教組が与えた影響は「日の丸」「君が代」反対論のみならず、「自分勝手」論を広げた点でも弊害が大きい事です。


侵略と差別の象徴である「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱の強制は、「思想・良心の自由を妨げる」と言いながら、スターリン、毛沢東、金日成等の独裁思想を支持するなど日教組の「自由勝手」主議そのものです。日教組の象徴的指導者である槙枝元文氏に至っては「北朝鮮は、搾取者がいないから、みんながよく働き、生活の不安は全くない。泥棒も殺人犯もいないから警察官もいない。強い軍隊を率いることは国の自主性を堅持するうえで欠かせない」と北朝鮮の軍国主義を賞賛して憚りません。

この様な指導者を持つ教員が「全体の奉仕者として日本国憲法を遵守し、法令及び上司の職務命令に従い職務遂行に当たる事を誓います」と言う宣誓書に署名しながら、職場の公式行事の場で職務命令に背いて平然としているのは当然かもしれません。

私は、国旗の掲揚、国歌の斉唱は、政治問題ではなく、国民のたしなみにの一つだと思っています。「たしなみ」はある程度の強制力を持って繰り返し教えないと身につきません。世界で愛される模範的な人間に成長する為には「たしなみ」は必需品です。子供にとっては一生一度の卒業式や入学式で、国旗掲揚や国家斉唱に反抗する先生方はたしなみの無い、卑しい人間としか思えません。

「国歌斉唱なんて人生で幾つもある退屈な儀式のひとつ。上司の説教や親戚の集まりの時のように時間が過ぎるのを待ってればいいんじゃないんですかね。」と言う「ケセラ、セラ」型意見や「神道で成長を祝い、キリスト教的な結婚式をして、仏教式で死んでいく、こんな国民性、最高だと思いませんか?」と、信仰や理念を食べ物かKY文字と混同する「フュージョン混乱」型の意見もたしなみの無い人の意見と言えましょう。

然し、「自由」と「わがまま」「強制」と「選択」の関係は非常に微妙です。

「宮崎県内でワクチン接種に同意していない農家が1戸残っていることについて、国家的な危機管理のいわゆる封じ込めというものに対する危機意識が足りない」として、農水大臣が、例外は認めずに殺処分の必要性を指摘した事などはその典型的な例でしょう。

一方、「良心」と「責任」の関係も複雑です。

宗教心も薄く、憲法も好き勝手に解釈する日本には、「聖書」や「憲法」に真実を誓う習慣も有りません。公務員として宣誓した教員は、きっと「自分の良心」に誓って宣誓したに違いありません。ましてや、「宣誓しないと教師になれないから」と言う理由で宣誓したとしたら、それこそ「思想と良心の自由」を冒涜した「嘘つき」に過ぎません。

自由の代償が如何に大きいかは、米国建国の父の一人であるパトリック・ヘンリーの「自由を与えよ、さらば死を」とか、福沢諭吉の「独立の気力のない者は必ず人に依頼する云々」と言う「独立自尊」の一節にも示されています。

自由を勝手とはきちがえる現象は、永い平和と繁栄が齎した「文化の頽廃」なのでしょうか?「頽廃」を広辞苑で牽きますと「文化が衰え、すたること。文化の気風が崩れること。」を意味し、頽廃は退廃とも書き「その不健全な気風」との説明もありました。

ひょっとして、「エコノミックアニマル」と言われながら頑張り続けた私共の世代が、憲法にある「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と言う規定の「文化的」と言う部分を忘れ、「最低限度の生活を営む権利」に集中しすぎた結果だとすれば、責任は重大です。

それにしても「ゆとり教育」がなくなったのは残念です。これは、「出来る以上に立派な人間を育てる」為の教養を涵養する意味で使った「ゆとり」が、教師にも生徒にも「楽」な教育と誤解した結果でしょう。

いじめや受験競争の激化を見るたびに,教科一辺道の教育を見直し、教養とたしなみを涵養する全人教育の重要さを痛感します。私事を持ち出して恐縮ですが、私が子供を預けた英国の全寮制パブリックスクールでは、いたいけな子供を「レデイーズ、ジェントルメン」として大人扱い(身の回りの事は全て子供自身にやらせると言う意味)する一方、厳しい躾教育や徹夜の山越え行軍などを通じて全人教育を施す厳しさにに強い印象をうけました。

日本の教育の失敗の3悪として、日教組、文科省、父兄会を上げる人が圧倒的です。主役3役が悪者では子供達もたまりません。犯人探しも意味がありません。此処で、日本人なら誰でも「なるほど」と思える「たしなみ」教科書として相田みつを師の「一生感動、一生青春」と言う易しくて深い書物を提案したいと思います。

仏教徒である同氏の著書が「政教分離」を規定した憲法に反さないのであれば、幼稚園から大学までの「倫理」教科書として父兄を含めて読み合わせ、共に学べる珍しい書物です。たしなみや礼儀は年齢や知識を超越し、老若男女が一緒に理解できる科目です。相田師の教えを謙虚に受け止めれば、「日の丸」「君が代」問題で角突きあわせずに対話が進み、意地悪で可愛げの少ない都会の親子も、地方に多い純真で感激を呼ぶ親子に変身する気がします。

パスポート無しで海外に出る事は出来ない以上、世界がグローバル化すればするほど、母国が必要になります。欧州、中東、アジアから難民として米国に来た私の友人達は異口同音に「無籍国時代」の苦難と「米国籍を得た」時の感動を語ります。日本国民が、政治的見解を離れて、母国とその象徴を、実の母の様に敬愛できる日が近い事を祈らずには居られません。

                 ニューヨークにて  北村隆司

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